暗死闇葬霧隠れユージ
地響きと共に、地下通路が崩落する。
駆け寄る足音。三人分のそれを背後から狩ってゆく。
叫び声。ざわつき始める邸内。
冒険者の男が逃げ出した、という情報が回る。それは俺の存在を隠す心理的な煙幕になる。
かくして隠形は露見しない。陰から陰へと、一人、また一人と姿を消してゆく。
何かがおかしいと[宵闇の狼]が気づいた頃には、残党は七人まで減っていた。
「くそっ!」
「わけがわからねえ。どうなってやがる……?」
大広間の扉。閉め切られたその向こうからかすかに話し声が聞こえる。
「……冒険者の男が千切っては投げ、千切っては投げしている。そういう風に見える」
粗野な盗賊たちに混ざって、唯一冷静さを感じさせる声。
いつかの[宵闇の狼]渉外の声だ。
「だが、明らかに騒ぎの大きさと死人の多さが釣り合っていない。これはやられたね――」
声の向きからして、呼ばれている気がする。
頃合いかな。
「鼠がいるよ。しかも化け物じみたヤツさ」
俺は派手に扉を蹴り開けた。
瞬時に内部を見渡し、配置を確認。
まず目に入ったのが中心の魔弓士のエルフと回復術師の女の子。装備ごと服を剥ぎとられ、下着姿で縛られてはいるが、乱暴された形跡はない。割とギリギリだったかもしれない。
その捕虜のそばに二人。左三、右二。合計七。
――いける!
中心の一人が慌ててクロスボウを構える。
次の瞬間にはそいつの眉間に小さな短剣が突き刺さっていた。
「がっ……」
短剣の出所は俺の右腕だった。
ミステリア姉からもらった、仕掛け付きのガントレットだ。手首近くの部品を中指で引っ張ると、バネ仕掛けのストッパーが外れて短剣が飛び出す仕組みになっている。スペツナヅナイフと似たような構造だ。
消音性が高く、不意打ちには持ってこい。
このガントレットは俺が最も信頼している暗器の一つだった。
残り六。
「この野郎!」
左から殺気。やはりクロスボウ。顔は恐怖に彩られている。
魔法が使えないから当然か。
盗賊もアサシン同様、足がつくことを恐れてあまり魔法を使わない職業ではある。だが正面切っての戦いになればその限りではないし、やはり全く魔法を使わない戦いに慣れている様子はない。
魔法を一切使えない前提で、ずっと対人戦に特化して戦ってきた俺とは違うのだ。
クロスボウの射線を読み、左腕のガントレットで弾く。盗賊の顔が引きつる。
「く、来るな!」
矢を避けるように右へ。斬撃をかいくぐりながらナイフを抜き放ち、一人仕留める。同時に先ほど殺した男からクロスボウを奪った。クロスボウの装填には時間がかかる。鹵獲できると強い。
「うっ撃て! 撃て撃て撃て!」
恐慌状態に陥った盗賊たちが一斉に俺に狙いをつける。
咄嗟にスライディングして矢を躱す。今度は俺の番だった。
「ひぃ!」
「動くなよ」
攻守交替。狙いをつけて放った矢は一人の盗賊の心臓を貫く。
残り四。
「怯むな! やっちまえ!」
剣を構えた盗賊三人が突進してくる。
マトモにやり合うつもりはない。
俺は流星錘を取り出した。先端に錘を結わえたロープ。簡単に作れる割に破壊力が高く、応用も効く、これまた便利な暗器だ。
流星錘で先頭の盗賊の足を絡め取る。派手にこけたあと、後続の二人が巻き込まれてしっちゃかめっちゃかになった。
そこに小爆弾を放り込む。導火線に火のついた、とびきりホットなやつだ。
残り一。
「鼠、そこを動くな!」
鋭い声が飛んだ。[宵闇の狼]渉外だ。
見ると回復術師の女の子の首に短剣が突き付けられている。震えて涙を流す下着姿の女の子ってエロいなと、場違いな感想が脳裏をよぎった。
「これ以上動けばこの子の首を刎ねる。武器を捨てろ」
「へえ。そうかい」
面白いので足を止め、ナイフを捨ててやる。
「そうだ、それでいい。次は両腕を上げて――」
ほんの僅かな気の緩み。女の子の首から、ナイフが離れた瞬間だった。
「まあ、ガントレットは左腕にもあるからねえ」
盗賊の額は即席のダーツボードになった。どちらかと言うとダーツではなくナイフ投げだが。
ずるり、と彼の身体が崩れ落ちる。辺りはひどく静かになった。
周囲を探り、残党がゼロになったことを確認してから俺は二人を拘束するロープを切り裂いた。
そうだ、あれも回収しなきゃな。マジック・ジャマー。あれ回収しないと面倒なことになるぞ。
「あっ、あの!」
盗品を物色していた俺は、その声に振り向く。回復術師の少女だった。
手で胸元を隠し、ほんのりと頬を染めながら彼女は呟く。
「あなたの……お名前は」
「私も聞きたかった。あなた、素晴らしいわ。冒険者? ぜひ私たちとパーティを組むべきよ」
魔弓士のお姉さんもノッてきた。しかも下着の紐を指でひっかけ、胸元を強調して誘惑してくる。
「あー……大変ありがたい話なんだが……」
俺は頭を掻いた。
名前は言えない。申し出に乗ることもできない。
今の俺は後ろ暗い裏の人間、アサシンだから。……そしてなぜか、笑顔でエグいオーラを放つミステリア姉が脳裏に浮かんだから……。