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ようこそこの悪辣非道な異世界へ  作者: 上原シオン
[1.狐目美人は腹黒い]
10/16

レイド

 足音を殺しきった自信はあった。

 塀の上からさらにフックを投げて、豪邸の屋根にひっかける。ロープを頼りに静かに外壁に張り付き、一度耳を澄ませる。

 ……盗賊たちの話し声は中庭の方に集中している。

 あの魔弓士のお姉さんには悪いけど、もう少しだけ囮になってもらおう。


 手近な隙間から侵入する。事前予想では窓の鍵を開けて侵入する手筈だったけれど、魔弓士のお姉さんが屋根の一部を丸々吹っ飛ばしてくれたので非常に楽だった。

 これが軍の要塞だったら見回りの兵士が警戒に当たってたりするんだけど、相手がアマチュア同然の盗賊で安心した。向こうは獲物を狩った直後だから、気が緩んでいるのだ。

 でもまあ、普通こんな伏兵がいるとは思わんわな。思考の死角をありがたく活用させてもらおう。


 忍び足で邸内を探る。


「……たっくよぉ、皆お楽しみだってのに、何で俺らだけ」

「まあまあ、早く済ませちまおうぜ。オラ、入れ!」


 近くから二人分の人声と、くぐもった呻き声、それに何かを殴りつける音がした。動悸を抑えつつ、身を翻して柱の陰へ。

 ……階下だ。ビンゴかもしれない。


 俺は素早くナックルダスターを取り出し、右手に嵌めた。そしてブーツの隠し鞘から覗くアタッチメントに、ナックルダスターの握りに空いた孔を押し込む。引き抜くと鞘からは細身のナイフが現れる。

 分解式トレンチナイフってわけだ。扱いやすくて重宝している。


 背後に警戒しながら俺は階段下を窺う。

 物置のような部屋に、二人組の盗賊が何かを押し込めていた。

 いや、『何か』じゃない。『誰か』だ。

 手足を拘束され、口を封じられた、あの冒険者の男だった。


「オラ、暴れんじゃねーぞ。震えながら神にでも祈ってろ」

「よし、これで終わりだな。はやくあのエルフの体を味わおうぜ」

「いや俺ここにいるわ。こっちの方がいい」

「げぇー! お前そっちの趣味かよ!」


 要らない情報を聞いた…………。

 しかもこのままだと冒険者の貞操もピンチだ。やったぜ。ななじじゅうよんふん――いや言ってる場合じゃない。

 向こうから人数を分散してくれるから、都合はいいけどね。


 小鹿のように震える哀れな冒険者の男に、盗賊がじりじりと近づく。

 その無防備な背中を襲うのは容易かった。

 背後から忍び寄り、左腕で首をロック。逆手に構えた右手のナイフの刃を喉笛に添える。


「声を上げたら殺す。いいな」


 盗賊の耳元に、俺は低く感情を抑えた声で囁く。


「[宵闇の狼]の人数とそれぞれの武器を教えろ。不審な真似をすれば、わかるな」

「わ、わかった! 人数は18人、武器は剣と短剣とクロスボウ、それにマジック・ジャマー!」

「お前を除いた17人はどこにいる」

「お、大広間だと思う、エルフと小さい女の子を捕えたってんで、皆で処遇を話し合っている最中だ」


 そうか、よく考えたらあの二人には『お楽しみ』以外の使い道もあるんだよな。身代金とか。

 ……むしろ盗賊クランとしてはそっちが本命か。それなら、まだ剥かれてないかもしれない。


「わかった。聞きたいことはおおよそ聞けた」

「だ、だろ? はやく放してくれ」

「ああ、今『解放』してやるよ」


 俺はナイフを横に引いた。

 血飛沫が上がり、盗賊が叫ぶ。しかし喉の傷から空気が漏れ、叫び声にならない。

 その頃にはもう俺は盗賊の手足の腱を断ち切って心臓に刃を突き立てていた。悶える暇すら与えない。

 大量の血を噴き出しながら徐々に冷たくなっていく盗賊を、俺は無感動に眺めていた。


 ひどいことを、とは思わない。自分のしていることに対する恐怖も、興奮もない。

『作業』なのだ。

 プロになれば誰でもわかる。余計な感情を挟まないのではなく。その『作業』を数えきれないほど反復し、慣れ切ってしまえば、そもそも余計な感情なんて存在しないのだ。


「さて。あんた、また会ったな」


 冒険者の男を縛る縄をほどき、さるぐつわを切り裂く。


「き、君は、ミステリア商会の」

「そうだ。ミステリア姉が心配して、俺を寄越したんだよ」


 半分嘘だった。

 ミステリア姉が俺を寄越したのは事実だが、目的は全く違う。

 そもそも冒険者たちの安否など、あのお姉さんは欠片も興味がない。


「あんた、動けるか」

「歩く程度なら、なんとか。だが武器がない」


 舌打ち一つ。仕方ないので大振りのナイフを一本貸す。


「後で返せ。それと、これを」

「これは……?」

「爆薬だ。これであんたたちが侵入してきた地下通路。あれを爆破してほしい」

「ば、爆破!? そんなことをしたら、逃げ道が」

「ああ、塞ぐんだよ。盗賊どもをこの檻に閉じ込めるのさ」


 最悪俺だけは来た時と逆の手順で逃げられるし、塞いでおくに越したことはない。

 ただし魔力妨害波はまだ有効だから、魔法は使えない。よって退路を塞ぐには、物理的な手段を講じる必要があるのだ。


 ――あの魔導器、確かミステリア姉が細工してるんだよな。

 まだまだ魔力妨害波は途切れないはず。ありがたい。


「あんたを陽動に使わせてもらう。どうせ消耗してるだろ、盗賊どもは全部俺が獲ってやる」

「だ、だが」

「だらだら話してる猶予はない。仲間を助けたくはないのか? リスクは俺が背負ってやるってんだ、つべこべ言うな。動けるな?」


 まだ何か言いたそうだったが、一睨みすると黙って走り出した。

 対魔獣戦なら信用できるかもしれないが、こういうときの中堅冒険者はなかなか頼りない。

 ため息をついて俺も動き出す。残り17人。取り囲まれるのは避けたい。

 各個撃破だ。戦力を削いでいこう。

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