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お話し好きなお客 エピローグ

 万代橋を渡ると、雪がちらつきはじめた。

 道行く人々の殆どは、マスクやマフラーで顔の半分をすっぽりと隠している。まるで、心を閉ざすことで強烈な冷気から身を守っているような無味な表情ばかりだ。

 歩き疲れたのと、少し小腹がすいたので大手チェーンのコーヒー屋に入ることにした。

 席に着くと辛抱たまらず、買ってきたものを紙袋から取り出した。

 定休日を利用して、今日は新しい蔵書の仕入れにきたのだ。

 ネットで注文すれば楽なのだが、やはり本を選ぶという行為は、実物を手にとってみないと味気ない気がするのは、俺も歳をとったということなのか。

 取り出したのは、流行のラノベだった。

 常連の若い主婦達や、地元の女子高生からのリクエストがあまりに多かったので、観念して仕入れることにしたのだ。もちろん理由はそれだけではない……。

 『ソードアート・オンライン』、『Re:ゼロから始める異世界生活』、『ゲーマーズ!』。

 とりあえず話題のタイトルを適当に見繕ってみたのだ。

 俺は、パラパラとページを捲ってみる。

 なるほど、これは確かに勉強になる、かもしれない。

 彼女は気に入ってくれるだろうか?

 ぜひ、また来店した時に読んでみて欲しいと思った。

 彼女の名前を聞きそびれてしまったことを、俺は激しく後悔した。

 彼女の作品を読んでみたいと思ったからだ。

 試しに、彼女の語ってくれた話から、思い当たるキーワードをネットで検索してみると、明治時代の女流作家に行き当たった。

 そんなばかな、そんなはずはない。と、思いながらも、なんとなくわかる。

 彼女も、あの夜の、あの彼と同じなのだ。

 確かなことはわからない。

 もしかしたら、二人とも、夢うつつな俺の頭の中にだけ現れた幻なのかもしれない。

 しかし、俺の店のカウンターの隅に置かれたレターケースの中には、確かに『人生の地図』と、『指輪物語』の貸出票が入っている。

 俺の勝手な想像だが、

 彼らは、この世界とは違う場所を、旅している者達なのだと思う。

 人としての人生を終えたその後で、どういう理由でかはわからないが、何かを探求し続けることを選んだのだ。

 おそらく、そういう世界が、この宇宙のどこかには存在しているのだ。

 随分、荒唐無稽だ。まるでそれこそラノベではないか。

 それでも、俺は彼女が去っていった世界の景色を思い出すたび、胸が苦しくて仕方がない。

 荒涼とした砂漠のような場所に、凛として立つ後姿は、果てしなく寂しそうに見えた。それと同時に、凄く頼もしくも見えた。

 俺は思う。彼女が作家であり続けることを覚悟した瞬間から、彼女の心はあの景色の中を旅し続けているのだと。

 何もない。どこまで行っても何もない荒涼とした大地が続いてゆくだけの世界。しかし、だからこそ、彼女は彼女だけの世界を作り上げことができるのかもしれない。

 色彩に満ちた世界を。

 剣や、魔法、亜人や魔物が闊歩し、神話に登場するモンスターが存在する。荒唐無稽な主人公が、溌剌としたヒロインが、悪に染まりきった悪役が、魅力的なサブキャラやモブキャラが、とにかく大騒ぎする世界を。

 彼女は作りたいと願ったのだろう。

 俺はバッグからノートパソコンを取り出した。

 書いてみたいと思った。

 忍耐と、根性。彼女はそう言った。たぶん、俺に最も足りなかったものだ。

 俺も、もしかしたら、やっと何もない道を歩き出したのかもしれない。

 可能性は無限大だ。

 ただ、今書きたいと思った衝動。

 それは、ひどく浅ましい動機だ。

 俺は、彼女が再び、図書カフェ”寄道堂”を訪れる時。何もない世界に歩き疲れて、またあそこに立ち寄った時、

 また、……笑ってくれたらいい。

 ただ、そう願う。

 キーボードを叩き始める。

 久しぶりのこと過ぎて、うまくいかない。つらい、苦しい。やはり、俺には才能なんてない。またその事実を思い知らされる。でも、それでも、

 店内の喧騒の中、俺は一人、想像力の世界へ旅立ってゆく。

 地図も時計も必要としない、果てしない世界に。

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