閉館を忘れた日 エピローグ
まだ時間に余裕があったので、俺はまた遠回りをすることにした。
出湯温泉入口の交差点から、やまびこ通り入口に向かう。
五十ccの軽快なエンジン音が冬の空に吸い込まれてゆく。
それほどの勾配ではないのだが、このオンボロバイクは苦しそうに唸る。
このオンボロは旧友の家の納屋に埃をかぶっていた物を、タダ同然で譲ってもらった。なんとなく、バイクに乗ってみたいなあ。と思ったからだ。
黄色い、ホンダのカブというやつで、なかなかに可愛げのある相棒だ。それでも、
やはり、いつか大きなバイクに乗ってみたいなあ。とも思った。
峠道をひたすらにくねくねと登ってゆく。
草木が湿気った匂いが、なんだか懐かしい。
やまびこ通りの頂上に着くと、俺は誰もいない展望台に寄りかかり、麓の自販機で買ってきた缶コーヒーをダウンジャケットのポケットから取り出した。
ずいぶんぬるくなっていた。
本当は熱いコーヒーが飲みたかった。……恐ろしく熱いやつが。
あの夜の不思議な来訪者は何者だったのか、それはわからない。
もしかしたら夢だったのではないか?
そうも思ったが。あの日以来、カウンターの隅にある、”貸出中”のレターケースの中には高橋 歩の『人生の地図』の貸出票が入ったままだ。
そして、俺の手元には古びた懐中時計がある。
それは、今もしっかりと時を刻んでいる。
俺は、展望台から遠くを見た。
山間に点在する小さな家々の向こうに広大な田園風景。巨大な鉄塔に架かる高架線。冬の空気はとても澄んでいて、新潟市内のビルまではっきりと見えた。
ここからは見える景色は、いったいこの世界の何分の一なのだろうか?
急にそんな思いが頭をよぎった。
俺は、これから、いつもの店に行く。俺が店長を務める、図書カフェ”寄道堂”。
そこで俺は開店準備をし、店を開け、今日も多くのお客を招き入れる。
時々、長針も短針も秒針もない文字盤と、その小窓から覗く憂鬱そうなカッコーを見上げる度に、あの不思議な夜の出来事と、去っていった旅人の事を思い出すのだろう。
何もない日もあれば、少し嬉しいこともある。失敗して落ち込むこともあれば、また不思議な経験をすることもあるのかもしれない。
そういう日々が続いてゆくこと。それが、きっと俺の旅なのだ。
彼が俺に言ってくれた、あのかっこいい言葉は、そういう意味なのではないかと解釈することにした。
心の中で、俺は俺の人生の地図を広げ、いったい自分はどれくらい進んだのかと考えた。
そして、その旅路のどこかで、バッタリと彼と再会できる気がしてならない。
その時、彼は、彼の探しているというその答えを、ちゃんと見つけられているだろうか?
俺は、カブのエンジンをかけ、下りの道へ向かった。
今日もエンジンは絶好調。
どこへでもゆける。
そんな気がした、