表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

閉館を忘れた日 ②

 彼の話は、とても不思議なものだった。


 「俺の国は、最初はごく普通の国だった。

 王である父が、そのまま俺に譲ってくれた国だ。

 俺は、ある日、その国をもっと大きくしたいと思った。誰一人として飢えることのない、豊かな国にしたいと願った」


 俺は、彼はどこかの会社の元社長とかで、そんな例えを使っているのだと思った。

 しかし、彼はとにかく真剣に話すものだから、俺はなんの不思議もなく、その話を聞いていた。


 「まずは、隣の国の領土を奪うことにした。曾祖父の時代には、我が領土であった場所だと聞いていたからだ。それを取り返すことには、揺るぎようのない正義だと俺は思っていた。

 幸運なことに、また不幸なことに、俺の軍隊は強かった。誰もが、自らの命を顧みずに戦った」


 俺は、時計の音が気になって仕方がなかった。

 時計? 

 その時、ボーンと。古時計がなった。

 そして、鳩が飛び出してきて、カッコーと鳴いた。

 ああ。もしかして、あれは鳩ではなく、カッコーだったのだろうか? と、妙なことに気がついた。

 あるはずのない秒針の音が響き続ける。


 「次々に領土を奪っていった。多くの人間を殺した。自分の家臣も……。必要だと思ったからだ。

 とにかく、途方もなく領土を広げることができた。

 この世でもっとも大きく、最も強い国となった。どこまでもゆけると信じた。

 しかし、最後は、自分の家臣に毒を盛られた。そう。……そこですべて終わったんだ……。

 そして、その国もなくなってしまったらしい。

 俺は、俺は……、ただただ豊かな国にしたかったんだ。永遠に、誰も苦しまず、飢えず、幸せな国に……」


 「それは、無理でしょう」


 俺は、なぜかわからないがそう言ってしまった。

 彼は、俺に睨むような視線を投げつける。


 「……なぜ、そう言い切る?」


 しまった、怒らせてしまっただろうか?


 「なぜって、……そういうものだからです……。正直、よくわかりませんが」


 なぜ、俺はこんなことを言ってしまったんだろう。


 「……そうだな。そうかもしれない。だが、わからない。だから、俺もその答えを探している……。だからこうして旅を続けている」


 彼はコーヒーをゆっくりと飲み、カップが空になると、


 「主人、世話になった。わがままな注文を聞いてくれてありがとう」


 と言って席を立った。

 会計を言うと、そんなに安くていいのか? と、首をかしげていた。

 ドリンクとホットサンドのセット、それにデザートで八百五十円。割と普通だと思うのだが。

 俺は、彼を見送ることにした。

 彼は玄関前のスタンド付き灰皿を見つけると。


 「店主、わがままついでに、紙巻煙草をわけてもらえるか?」

 

 と聞いてきた、

 いちいち大げさな人だなぁ、と思いながら、ポケットからエコーの箱を取り出し、一本差し出した。

 二人で黙ってタバコを吸った。

 もう、空は白んでいる。いつのまにか雨は上がっている。そして、息苦しいほどの霧が立ち込めている。

 

 「次は、どこへ行くんですか?」


 俺はそう尋ねた。


 「ここも寒くなってきた。暖かい方へ行こうかと思う」


 「それはいいですね」


 「でも、暖かいと、つまらないことが一つある」


 「え?」


 「……寒いほうが、コーヒーが美味い」


 俺は思わず笑ってしまった。


 「なあ、ご主人……」


 彼は最後に、とてつもなくカッコイイことを俺に言ってくれた。


 「人生はどうしたってわからないことばかりなんだ。だから、それを知ろうとする。知ろうとするから、進む。進めば迷う。だけど、迷わなければ、俺はここに辿り着いてないし、あんなにも美味いメシとコーヒーにありつけなかった」

 

 俺は、とにかく盛大に笑ってしまった。

 なんだ、この旅人は道に迷っていたのか。


 「お気をつけて。またのご来店、お待ちしております」


 「……主人。本の礼だ。これを……」


 彼が差し出してきたのは、古い懐中時計だった。

 高そうな物なので断ろうとしたが、押し付けるように彼は俺の手にそれを握らせた。


 「これは?」


 「ただの時調ときしらべだ。ずっと遠い世界の……」


 「なるほど。世界は広いんですね」


 「ああ。存外広いぞ。我が軍でもそのすべてを征服はできなかった」


 俺は、また笑うことにした。

 彼は、またあの大きなバイクに跨り、去っていった。

 去り際に、ナンバープレートがチラリと見えたが、それは見慣れた文字ではなかった。

 エンジンが低く唸り声をあげ、ヘッドライトが霧に浮かび上がり、稲架木並木はさぎなみきの向こうへ向かってゆく。

 彼はどこからきて、そしてどこへゆくのだろうか。

             

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ