閉館を忘れた日 プロローグ
鬱陶しいポツポツという音に目を覚ますと、それは雨だれの音だった。
俺は少々焦りながら館内を見渡す。
来館者はいないようだ。
壁掛けの時計を見上げると、長針も短針も秒針もない文字盤が目に入った。
ああ、そうだった。この館内に何故か三つもある時計はすべて、すでに現役を引退したモノばかりだ。
永遠と悠久に時を忘れた箱の中、曇った小窓には鳩が寂しそうな顔をしている。
腕時計を見ると、すでに二十三時を少し過ぎていた。
だいぶ寝てしまったようだ。
俺は席を立ちあがり、図書館の中をぐるりと見て回った。
図書館といっても、ここは古民家を図書館風に改装した、いわゆる図書カフェというやつだ。
図書カフェ”寄道堂”。それが俺の店の名だ。
実際に京都に存在する、私設図書館というお店を参考にさせてもらった。
念のため、四列ある本棚の陰まで確認して回ってみたが、やっぱりもう誰もいないようだ。
もう定時を過ぎているため、閉館の札を出そうかとも思ったが、ひとまずタバコが吸いたかったので外に出ることにした。
冷たい小雨が降る夜だった。
少し向こうに見える国道の稲架木並木には、街灯がポツンポツンと立ち並んでいる。
雨で煙るその明かりは、なんだかどこか別の世界へと誘う行灯のように見えた。
軒下でタバコをくゆらせながら、こんな日に出歩く人はいまい。と思ったときだった。
国道から、こちらへ向かってくるヘッドライトが見えた。
どうやら、それは車ではなく、
バイクのようだった。