最後の手段 その1
漸く辿り着いた魔王城。
次々と襲い来る凶悪なモンスターとの連戦で満身創痍の勇者一行。
底をついた体力と魔力を回復するため、彼らは魔王の部屋の手前に何故かあるセーブポイントで休む事にしたのだが。
「くそ!これじゃ魔王を倒せない」
勇者は拳を地面に思いきり叩き付けた。思ったより痛かったので若干後悔したが、今は仲間を失った悲しみに浸る大事なシーンなので我慢した。
「僧侶が死んだのは、勇者のせいじゃないわ」
言葉では落胆する勇者を慰める女戦士だったが、内心ではホッとしていた。陽も直に暮れる。
後はこのまま町に戻って教会で僧侶を生き返らせれば、今日の冒険はお開きになるだろう。夜からの大事な合コンに間に合わせる為、敢えて僧侶を守らなかったのは正解だったようだ。
しかし、そんな彼女の思惑に水を指す男がいた。召喚士リッチャードである。
「我が勇者よ、案ずる事はない。僧侶が抜けた穴は、僕が最後の手段を使って見事埋めてみせようじゃないか」
リッチャードは得意気にそう言うと、それっぽい杖を使い、それっぽい五芒星の魔方陣を大理石の床に描き始めた。
「何をする気よ?リチャード」
万が一、合コンを邪魔するような行動に出るのなら、彼にも消えて貰わねばならない。
「リッチャード、ね」
謎の魔方陣を完成させ口許に薄い笑みを浮かべると、リッチャードはマントを翻して叫んだ。
「これから行う儀式は古より続く召喚魔術のなかでも秘術中の秘術。
究極にして最強の禁忌。異世界英雄召喚さ!」
「…いや、無理だから」
自信満々のリッチャードに向かって、二人は同時にツッこんだ。
何処からか冷たいすきま風が両者の間を吹き抜ける。
「む、無理じゃない!
最近、色んなパターンで流行ってるし、絶対イケるハズだ!」
「残念なお知らせだ、リッチャード。
その設定はとっくに飽きられている」
リッチャードが異世界のラノベを愛読している事は知っていたが、まさかここまで病が進行していたとは。勇者は頭を抱えて塞ぎ込んだ。
「ヤらせてくれよ、勇者!いや、性的な意味じゃなく。
僕に異世界英雄召喚をヤらせてくれよ!」
「どっちも無理だ、諦めろ」
リッチャードの実力は勇者も認めている。不可能だから言っているのではない。
むしろ、成功する可能性があるから反対しているのだ。性的な意味ではなく。
「か、仮に英雄ってのを呼び出す事が出来たとして。
本当にそいつは…その。役に立つの?」
戦士が僅かに頬を染めながら尋ねた。もし男性の英雄が召喚されたなら、ヒロイン枠の女僧侶亡き今。自分にもひょっとしてワンチャンあるかも知れない。そう気付いたからである。
「おいおい、お前まで何を言い出すんだ。
第一そんな都合よく、僧侶の代わりが務まる英雄が召喚されると思ってるのかよ?
ゴリラみたいな筋肉親父が出てきたらどうすんだ」
「…この際、容姿は問わない」
適齢期を過ぎた戦士に怖いものなどなかった。恋愛フラグの他にもう一本、起つものがあれば十分なのだ。無論、性的な意味で。二人のアレな性格を熟知している勇者は、これ以上止めるだけ時間の無駄だろうと悟った。もし、おかしな英雄が召喚されてしまった時は、モンスターと間違えた事にして倒してしまえば良い。元々異世界の存在なのだから、何をしても罪に問われる事はないだろう。
勇者もそこそこアレな性格だった。
「お前たちがそこまで言うなら仕方ない。
ヤれよ、リッチャード」
徐にズボンを脱ごうとするリッチャードに魔方陣の方を指差すと、照れ笑いを浮かべて何時もと異なる響きの召喚呪文を詠唱し始めた。若き天才召喚士の額に珠のような汗が浮かび、全身が時おり痙攣を繰り返す。彼の魔力に呼応するかのように五芒星からは蒼白い輝きが増幅され、室内を細かな光の粒子が乱舞し、ぶつかり合って弾け飛んだ。その度に大気が震動する。
そうして眼前に映し出される視た事もない風景の数々は、次の瞬間には天に昇って流星群の一筋へと変化した。いま正にこの空間は時空の壁を越え、異なる世界と繋がっていると言うのか。
勇者は英雄召喚術の成功を半ば確信していた。やがて極大の光流は天地を結ぶ螺旋の渦となって魔方陣に降り注ぎ、眼も眩むような閃光を発したかと思うと、一気に魔方陣の内側へと収束し始めた。
「英雄さん、いらっしゃーい!」
目映い光の奥に英雄の姿を確認したリッチャードが、嬉々として叫ぶ。戦士も固唾を呑んで見守っている。もしかしたら本当に、魔王を倒せる強力な助っ人を召喚出来たのか。
乗り気でなかった勇者でさえ、この時ばかりは期待に胸を踊らせたのだった。
一歩、二歩。召喚された英雄がゆっくりとリッチャードの前へと進み出る。後の召喚者と英雄が互いの名を名乗り合えば契約は完了だ。と、皆がそう思った時。予期せぬ異変が起きた。
召喚されたばかりの英雄が力尽きるように床に倒れ、微動だにしなくなったのだ。
「どういう事だ?!」
リッチャードに向かって勇者が叫んだ。
問われた召喚士の表情は放心し、蒼白く凍り付いている。
彼にとっても予想外の出来事だったのだろう。
そんな二人を尻目に、すかさず戦士が走り寄り英雄の安否を確認した。
「大丈夫、息はあるわ。眠っているだけみたい」
その言葉を聞いた召喚士は、安堵の溜め息と共に冷たい床に両膝をついた。全魔力を注ぎ込んだ乾坤一擲の英雄召喚魔法。ここで失敗などして堪るものか。呼び出した英雄のステータスを確認すべく、リッチャードは判定呪文を唱えた。
『トリセツ』
英雄の周囲の空間に詳細なパラメーターが表示される。
「さて。回復スキル持ちなら申し分ないんだけど」
名前、性別、健康状態、職業、スキル、各種ステータス。諸々の情報を注意深く確認していく。
「おい、何か解ったか?」
現れた英雄がうら若き乙女だったので、勇者の顔は緩みっぱなしだった。
しかし、それとは反対にリッチャードの表情は徐々に険しさを増していく。
彼はパラメーターから忌々しげに目を逸らすと、力なく呟いた。
「…この召喚は、失敗だ」
その言葉に耳を疑う勇者たち。
「この子は回復要員じゃないのか?」
恐る恐る勇者が尋ねると、リッチャードは首を振った。
「それどころか、英雄かどうかも疑わしいよ。
まず、問題なのが職業だけど」
リッチャードはパラメーター表示を反転させ、二人にその目で確認するよう促した。
「契約、社員?」
「社員の意味は謎だけど、既に他の契約によって縛られている可能性が高い。
次に性別」
リッチャードが指先で触れた部分が瞬時に拡大する。
「男の娘。…ん?」
二人は困惑した表情でリッチャードを見上げた。
「二人ともよく見て。
その人はれっきとした男だよ」
そう言われてまじまじと観てみると、頬にはうっすらと髭が生え、光沢のある長い金髪はウィッグ。胸にはパット入りのブラジャーが装備されていた。
「お前と言うヤツは!」
怒りに拳を震わせると、勇者は激昂してリッチャードの胸ぐらを#掴んだ。
「どんな役立たずが召喚されても、可愛い女の子ならそれでいい。
正直、さっきまでの俺はそう思っていた!僧侶の色気のない法衣で萌えるのもとっくに限界だったし、目を覚ます前にこっそりミニスカのなかを覗こうとすら画策していた。
だが、その中身が男となると話は別だ!論外だ!
よりによって何てモノを呼び出してんだよ、お前は!いいか?!あのおぞましい玉付きモンスターをさっさと送り返せ!今すぐに!元の世界に強制送還するんだ!」
「そ、それが、出来ないんだよ」
苦しそうに咳き込みながら、リッチャードが答える。
「何でだよ!」
腕の力を強めながら、勇者は尚もリッチャードに詰め寄った。
「やめて勇者!リッチャードを責めないであげて」
戦士は勇者を片手で軽く捻ると、リッチャードには握った拳の親指を縦に付き出し、にっこりと微笑んだ。
「まさか、お前」
勇者の嫌な予感は的中していた。戦士は女装癖すらあっさり受容出来るほど、結婚に貪欲になっていたのだ。
「男の娘だって男は男!それに同じ人間よ!そもそも、こっちの都合で異世界召喚したのは私達の方じゃない!勝手に呼び出された英雄にも、英雄の股間に付いてるモノにも罪はない筈だわ!」
「お前は事の重大さが何にも解っていなーーいっ!
俺はなぁ。俺はもう少しで、アイツの股間の勇者とご対面するところだったんだぞ!」
「…なんて羨ま、もとい。品性を疑う台詞かしら。
そこはせめて娘の彼のムスコとか」
「解った、解ったから!もう、喧嘩するなよ。二人とも」
乱れたローブの襟を正すと、リッチャードは『ジカンデ・スーヨ』と短く唱えた。
眠り続ける英雄の頭上にデジタル時計を模した数字が浮かび上がる。
【召喚残り時間 五分】
「残り、五分?」
頷くリッチャード。
「英雄召喚魔法は術者の魔力に応じた、超短期契約みたいなんだ。
僕の今の魔力じゃ召喚出来ても五分が限界。
逆に言えば、五分経過するまで絶対に消す事は不可能なんだよね」
しかし、勇者は直ぐに矛盾を指摘した。
「でも、召喚してから五分なんてとっくに過ぎてるだろ?」
「まだ仮契約の状態なんだよ。だから制限時間も減らないし、ああやって眠り続けているのさ」
リッチャードが『オスナヨゼターイ・ゼタイニオースナ』と唱えると、もうもうとした湯気が立ち上る巨大な浴槽が姿を現した。
「古文書によれば熱湯に英雄を入れて、派手なリアクションで目覚めさせる必要があるらしい」
湯加減を確かめようと指を突っ込んだ戦士だったが、一瞬でその手を引っ込めた。
「あっつッ!かなりの高温だけど、火傷とかしないのかしら?」
「抜かりはないよ」
リッチャードは微笑むと『コロスキッカー』と唱えた。熱湯風呂のすぐ横に細かく砕かれた氷の山が出来上がる。
「これで火照った身体を冷やせば良いのね?」
「ご明察。さて、これで準備は整った。彼女、いや。彼の目を覚ましてあげよう」
「ついでに男としての目も覚めないもんかね」
勇者はやれやれと肩を竦めると、戦士と共に英雄の身体を抱えて湯船へと放り込んだ。すると。
「あっだーーーーッ?!あつッ?!あっつッ?!あっぶッ?!」
物凄い勢いで全身を何度も仰け反らせ、野太い叫び声を上げながら男の娘が浴槽から飛び出したのだった。
「ついに目覚めたか、異世界の英雄よ!」
リッチャードが大袈裟に畏まって語りかけたが、英雄には耳を傾ける余裕など一ミリもなかった。
真っ赤になった全身を冷やすべく、氷の山に腹からダイブする。
「つべたッ?!さっぶ‼あっつッ!さっむ?!」
もう何を言ってるのか解らない。恐らく、本人も解っていない。
何とも言えない不毛な時間だけが過ぎて行った。一分経過。
【召喚残り時間 四分】
「英雄よ。掴みはもう、その辺りで充分かと」
リッチャードが遠慮がちに声を掛けると、濡れた衣服を気にしながら男の娘は漸く三人に気付いたようだった。
「…あ、あなた方は?それに此処は一体、何処なんですか?」
幾分か声のトーンを上げ、怯えた表情で辺りを見回す。
「異世界へようこそ。僕は召喚士のリッチャードです。で、早速ですが説明してる時間も無いので、貴方には僕らと一緒にこれから魔王と戦って欲しいのです」
「あー。それはちょっと厳しいかもです」
男の娘は両手を素早く合わせると、ごめんなさいのポーズをした。
「え?厳しい、とは?」
残り時間を気にして自然と早口になるリッチャード。
【召喚残り時間 三分三十秒】
「いや、ハハハ。これがまた、お恥ずかしい話なんですけど」
何がおかしいのか急に破顔する男の娘。その態度に苛立った勇者が近くの壁を足で思い切り蹴った。
「わぁ、ビックリした!リッチャードさん。あの目付きの悪い人は何者ですか?」
大きな音に怯える異世界の英雄。
「驚かせてすみません。彼がこの世界の勇者です」
相手が男となるとクズ同然になる勇者は、仲間の目にも痛々しく見えた。こんな男にこの世界を救わせて良いものだろうか。二人は真剣に悩んでいた。
「それは大変、失礼しました。僕の名前は八乙女英雄。えいゆうじゃなくて、ひでおです」
その言葉に、英雄以外の全員がポカーンとした。
(いや、ベタかよ!)
と言うツッコミすら忘れるほど、彼らは世界の平和とか魔王退治とか仲間の犠牲とか、そう言った過去の出来事がとてもちっぽけに思えてしまったのだった。しかし、ヤる事をヤらなければこのまま帰る訳にもいかない。
「…あの。英雄様」
戦士は英雄の前にモジモジと歩み出ると、彼の澄んだ瞳を真っ直ぐに見詰めて目を潤ませた。
「英雄様は、その。これは私の友達がって言うか、た、例えば。例えばの話なんですけど!
どんな凶悪な魔物も戦斧で可愛く真っ二つに出来ちゃう女の子とかって、どう思いますか?」
「物騒だと思います」
「で、でもっ!全身に返り血を浴びて高笑いしながらですよ?!」
「相当怖いです、それ」
「敵を斬り殺す以外に何の取り柄もない女の子って、不器用過ぎて放っておけないって思ったりした事は?!魔獣の肉をレアで貪るようなワイルド系女子もまた愛くるしいかもと、高熱が出た時なんかにうっかり想像した経験は?!」
「今までもこれからもありません」
-完敗だ。自らの長所を全否定された戦士は、ガックリと肩を落とした。
【召喚残り時間 一分三十五秒】
「…英雄さん。僕の未熟な召喚魔法でモブでザコい貴方に大変なご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした。深く反省しています」
リッチャードは英雄に向き直ると深々と頭を下げた。結局、彼は英雄でもなんでもなく、異世界で平和に暮らす一般人に過ぎなかったのだ。そんな無能な彼を英雄と勘違いして巻き込んでしまった事に、リッチャードは心底胸を痛めていた。
「…いや、あの。どちらかと言うと今の『モブでザコい』って発言の方を、やや重点的に反省して欲しいんですけど。まぁ、僕もいい経験になりましたし、気にしないで下さい」
男の娘である点を除けば、英雄はとても好青年だった。
「それにね。もしかしたら、こんな僕でも頑張って生きていれば、いつかは本当の『英雄』として召喚される日が来るかもしれない。なんて思ったりもしてまして」
照れ臭そうに微笑むと、英雄は大きな瞳を輝かせた。
【召喚残り時間 四十秒】
「それで、その時の予行練習と言う訳では無いんですが、ひとつお願いがあってですね。
あの、本物の魔王って言うのを一目見せては貰えませんか?元の世界に戻ったら友達に自慢したいんです」
リッチャード達は彼の願いを快諾した。魔王の間と廊下を一枚隔てた禍々しい漆黒の大扉をそっと開き、リッチャードは玉座を無言で指差した。遠くからでも伝わって来る心臓が握り潰されそうなほどドス黒い重圧に、英雄はごくりと生唾を飲み込んだ。
そして、興味本意で扉の奥を覗いてしまった事を心から後悔した。リッチャード達は、あまりにも愚かだ。大馬鹿者だ。…あんな、あんな化け物に生身の人間が勝てる訳ないじゃないか!
英雄は恐怖で目眩がした。既に自分の魂は肉体の檻を離れ、邪悪な魔王の供物として捧げられているのではないかと言う錯覚にすら陥りそうだった。
それこそが矮小な己の唯一の存在意義にして、受け入れるべき正しき運命。
そして救済ではないかとさえ本気で思えた。
【召喚残り時間 十秒】
「おっと。闇の波動に呑まれてはいけませんよ」
朦朧とする意識のなか、英雄はリッチャードの声を聞いた気がした。リッチャードの魔力によって形成された仮初めの身体がどんどん軽くなり、光の粒子となって大気に綻び始める。
「あっ、あなた方は!あんな化け物を相手に本気で?!」
英雄は渇ききった喉の奥からやっと、それだけの言葉を絞り出した。
返事はなかったが、勇者達が光の渦の向こうで微笑んだ気がした。眩しい閃光に目が眩み、天地が急速に回転と明滅を繰り返した後。徐々に慣れ親しんだ五感を取り戻すと、英雄は現実世界のベッドでゆっくりと目を開けた。
「…たった五分の、異世界召喚か」
或いはただの夢だったのかも知れない。それほどまでに短く、儚い経験だった。
ミニスカートを脱いでスーツに着替えると、英雄は朝食を済ませて扉を開けた。朝陽が全身に降り注ぎ、一般人でどうしようもなく雑魚い自分にも温もりと勇気を分け与えてくれる。
-どんな世界にも『魔王』はいる。僕らの生きるこの世界にも。
「今日から僕も、本気の勇者見習いだ」
英雄はそう呟くと、しっかりとした足取りで階段を駆け降りた。
一方、その頃。
「英雄さん、行っちゃったね」
僅か数分間の出会いだったにも関わらず、一行の胸には確かな思い出と一抹の寂しさが去来していた。リッチャードは足元に数本落ちていた金色の人工毛を拾い上げ、魔術書の一ページへと挟んだ。英雄本体から切り離された物質はリッチャードの魔力の続く限り、その形状を維持出来る。
つまりそれは若き召喚士の命が長き眠りを迎える日まで、共にある事を意味していた。
「あら、勇者。いま何か隠さなかった?」
感傷に浸りながらも両手を後ろに回して不自然なカニ歩きをする勇者を、戦士が見逃す筈もなかった。
「な、何でもねぇよ」
目を左右に泳がせながら、仲間達と距離を取ろうとする勇者。
「どうせまた、一人で食糧のつまみ食いでもしてたんでしょ!」
言うと同時に疾風の早さで背後に回り込むと、戦士の力強い腕が勇者の両手を哀れな野兎のように吊し上げた。
「…ちょっと、あんた。これって」
天に向かって高々と掲げられたのは、淡いピンクに純白のレースが眩しい英雄のブラジャーだった。
二人の背筋に寒気が走る。
「ち、違うんだ!これにはちゃんとした理由が」
「ええい、お黙りッ!」
震え声で弁解する勇者から下着を奪うと、戦士はそれを穢らわしいとばかりに力一杯ぶん投げた。
赤い彗星ならぬ桃色の流星となった英雄のブラは、三倍の速度で開けっ放しになっていた扉を通り抜け、玉座に鎮座する魔王の頭部にふわりと着地した。魔王の防御力が2上がった。
「ちょ、お前どうすんだよ!あんなもん魔王に装備させて。
アイツにも一応、威厳とかイメージってもんがあるんだぞ?!」
「知らないわよ!
そもそも勇者が歪んだ性の捌け口に、あんなモノを利用しようとするからじゃないの!」
「誰のナニが歪んでるって?!」
「あんたのナニは歪むほど大きくないでしょ!」
「へーえ!見た事あんのか、見た事あんのか?
今すぐ俺のマグナム見せたろかぁッ?!」
勇者は今にもズボンを下着ごと引き下げそうな勢いで言った。
「フッ、そんな豆鉄砲じゃ鳩の一羽だって撃ち落とせやしないわよ。
大体、あんたは何時も、何時も」
『…な…よ』
突如、地鳴りのような声が響いた。
「あん?何だって?!」
「何やってるんだ、二人とも!
早く逃げないと魔王が‼」
リッチャードの警告も虚しく、三人は魔王の操る闇の波動によって、玉座の前へと引きずり込まれていく。まるで自身の身体が強力な磁石となってしまったかのように、勇者達は魔王の誘いに抗う術を持たなかった。
『…浅ましきも、愚かなる人の子よ。
吾が眠りを妨げし、その所業。地獄の黒焔に焼かれながら、あの世でとくと…?
とくと、後悔するがいい‼』
僅かな違和感を頭部に感じつつ、言い終えるや否や、魔王は特大の火炎球を三つ放った。
怒号と悲鳴。人間の皮膚の焼ける、嫌な臭い。魔法の光と武器の発する火花が、矢継ぎ早に戦場を駆け抜ける。激痛に足を引き摺りながら、勇者はそれでも懸命に剣を振り続けた。
力の差は歴然。その上、何時もピンチの時に仲間達の体力を回復してくれる僧侶も今日は居ない。
状況は最悪だった。魔王は久しぶりの獲物を弄ぶように、醜悪に尖った爪と鋭い牙で仲間の四肢の引き裂き、それを旨そうに音を立てて喰らった。吐き出された仲間の頭部と共に獣のような絶叫が響いたが、それが自分のものだと気付いたのは全てが終わってからだった。
そこから先の事は、よく覚えていない。目の前の未来は死神の手で絶望の色に染められていた。
怒りと汗と、血と涙で、何にも見えやしなかった。そんな悪夢から目が覚めた時。
仲間は全滅しており、勇者はひとり教会のなかで神父と対面していた。