夢の境目
ようやく朝が来た。扇風機の羽音が鳴り響く部屋の中、僕はただ闇に抱かれていた。いつからだろう。ブ~ンと飛んできて二の腕にとまった蚊を叩き潰したのはついさっきのことだったか。それも分からない。
「まただ。夢を見たんだ」
「今度は何を見たの?」
「いつもと同じおじさんが来たよ。あと二日で死ぬ、ってさ。毎晩眠りにつくと、『あと二日の命だ』って、言い続けられるんだ」
「ふーん。ずっと死にたがってたからよかったじゃない。」
「ああ、うれしいよ。僕はこの世に何の希望も持っていない。夢もなけりゃ、金も友達もいない。仕事もしないで一日中真っ暗な部屋で、何をすることもなく座っているだけさ。薄っぺらい壁の向こう側から、他人の笑い声が聞こえてくると、すぐさま手元に置いてあるナイフで首をかき切りたくなるよ。あれ?僕はいつから声を出して出ないだろうってね」
「だから私がいるじゃない。そうやってすぐ寂しくなって、誰かに構ってもらおうとするんだから。でもそんなあなたが好きよ」
「ありがとう。僕はあと二日で死ぬ。待ちきれなくて身体がうずくよ。残り僅かの命だ。今日は何をしようか?」
「カレーライスが食べたい」
「ああ、いい空気だ。きしきしと地面を鳴らして一歩ずつ足を進めて、僕の真上だけに空がある。ここは実に狭いが、居心地の良いサイズだね」
「ねえ、そんなことより、私電車に乗って遠くに行きたい」
「どこに行こう?」
「チェ・ゲバラに会いに行きましょう」
「今日も手が小刻みに震えて、床には私の髪が毛虫みたいに這っている。プチプチプチプチ。脳髄にはずっと足音が響いているの。あの人がここに来るのよ。また、やっと会えるんだわ」
「イかれちまったのかい?」
「安心して、ナチュラルハイよ。口紅を塗らなくちゃ」
彼女の唇、カッターナイフが横断した。
「ねえ、ピクルス漬けたの。あなたが食べたいって言ってたから」
「うれしいよ。僕の好きなガーキンスがたくさんある。チーズも漬けたのかい?おもしろいね」
「それは私の親指。ほら、見て」
彼女の手、左薬指以外の指は風通しがよさそうに揺れていた。残された指にはキラリと指輪が光っている。
「これだけは外せないの。誰からもらったかは忘れてしまったけど…」
「今日は何をしようか?二日って短いようで果てしなく長い。退屈しのぎには丁度いいのかもしれないけどさ。毎日、毎日、出口がない」
「俺が絞めてあげようか、首を」
「痛いのはご免だなあ…。僕は臆病だから歯医者にも行けなくて、今朝前歯が抜けたよ。歯槽膿漏って怖いね」
「愉快だね、それじゃあ煙草もろくに吸えないだろうに」
「気が滅入るよ。だから牛乳と一緒に飲んだ。」
「アメージング!相棒、乾杯。スコッチとムルポンだ。さあ、これを飲んで眠れ。ずっと眠れてないんだろう?」
【END】




