風の唄声
「ラスベルだと?」
ラスベルと聞いた一同は驚きを隠せない。冒険者から身を引いて数十年が過ぎた。今では、伝説として語り継がれるのみで、その偉業の数々をその目で見た者は少なくなっている。片腕を失ったラスベルが、今更何が出来るのか。しかも八十を超えているのだ。
「ラスベル殿は、冒険者から身を引いた身ではあっても、剣を離した訳ではありません。今でも少年達に稽古を着けていると聞いています」
「何が稽古だ……。子供の相手と獣人族とは違うのだぞ?」
もっともな話だった。一線から身を引いてから時間が立ちすぎている。しかも、片腕を失ったとなれば、獣人族と戦う事など到底出来ない。
ラスベルが若者の隣に立ち、黙って一同を見渡す。若者以外は不安げにしている様が見て取れた。
「話は聞きました。冒険者の行方が分からなくなったとか……。」
そこでラスベルは隣に腰を下ろす若者へ視線を移す。その若者は、続きを話すようにと頷いた。
「ご存知のように、私は確かに片腕を失い、身を引きました。ですが、皆様の心配は無用と言っておきましょう。何故なら、私は幾度となく死線をくぐり抜けてきた豊富な経験があるからです」
この言葉には、誰も反論出来ない。
義勇兵のように、隊列を組みながら陣形を重視する戦い方は他国との戦闘に向いている。そして冒険者の場合、少人数でパーティーを組む戦い方を得意とする為、どのような戦局にも対応する事が出来るのだ。
「では、フェルナンド様。獣人族の砦に偵察を出します。人選はギルドでよろしいですかな?」
「うん、ラスベル殿に任せるよ。ここから先はキミの仕事だからね。」
そう言ってニコリと笑うと「そうだ、この僕が責任を持って全面的に協力するよ。アルベルト・フェルナンドの名に誓ってね」と続けた。
「フェルナンド様……」
「気にしなくていい。これは、エステリアの危機でもあるからね」
ラスベルは、アルベルト・フェルナンドにゆっくりと頭を下げた。