神様は飛び級に悩む
「とびきゅう?」
ルピナスは 何それおいしいの? と言いたげな表情で神梛の目を見つめている。
「飛び級とは、歳に合った級より上の級に特定の条件を満たした者があがる事を意味する」
携帯電話を見ながら神梛はルピナスに説明しているがどうやら携帯電話のネットワーク機能を使って飛び級の説明を見て、話しているようだ。
「あの、よく分かりません」
申し訳なさそうに身体を縮めてルピナスは小さな声で言った。終わりに近づくにつれて消えそうな声になっていくが、部屋全体が静寂に包まれているのでかろうじて聞き取る事が出来た。
「そうか...」
神梛は幼いルピナスにどうやって"飛び級"の意味を説明するか頭をかかえる。 賢いルピナスなら多少の難しい言葉は理解できるはず。いや、ルピナスの事を上に見すぎている。ここは年相応の説明をしてやらないと、などとルピナスの知能レベルにどれくらい合わせればいいのか悩む神梛を見ながら出されジュースとドーナツをほおばるルピナスがいた。
「よし。ルピナス、今からお前でも分かるように説明する。しっかり聞いとけよ」
いつも真面目な顔だが、いつもよりいっそう真面目な顔をする神梛につられてルピナスもドーナツをほおばる手を止める。
「あるところにカメさんがいました。カメさんはいつも何をやっても友達より遅くなってしまいます。カメさんはある日、ウサギさんとかけっこで勝負をして負けてしまった。その事をウサギさんが友達に言ってしまいました。友達はみんな『足の早いウサギさんとかけっこで勝負なんかするからいけないんだ』と言ってカメさんを責めます。カメさんは絶対にウサギさんより速くなって皆に認めてもらおうと思い速くなれるように勉強をしました。勉強した結果、カメさんはお兄さん、お姉さんと同じ速さになる事ができ、ウサギさんにかけっこで勝つことができましたとさ。どうだ、分かったか?」
飛び級を説明する筈がだいぶ飛び級からそれた物語になってしまったが神梛にとってこの説明が最善だったらしい。その証拠に今の神梛は自信にみちあふれていた。
「なんとか分かりました。分かったのはいいんですけどウサギさんにかけっこで勝ったあとカメさんはどうなったんですか?」
「うっ、カメさんか、カメさんは…あの後もっと勉強して、自信がつきすぎてあるゲームのお姫様をさらうク○パと言う悪者になってしまったよ」
「飛び級をするとカメさんみたいに悪者になるんですか?」
ルピナスの疑問にとっさに答えた結果、できてしまった飛び級のブラックな印象(欠点)を鋭くルピナスにつかれて神梛の顔を汗がつたう。
「ルピナス、そこはあまり突っ込まないでやってくれ」
神梛の願いが届いたのかルピナスは静かに頷いた。
「飛び級をやって良いことってあるんですか?」
「良いこともある。悪いこともある。聞きたいか?」
神梛はルピナスを見つめる。見つめられたルピナスは無意識に手を握り締めている。
「聞きたいです」
「そうか。まず、良いことから言う。飛び級をすると将来的に優位な立場に立てるという点、飛び級をすると飛ばした級に使うはずの学費を払わなくていいので節約できるという点だな」
「節約できるんですね」
「節約できるんだ。これは保護者にとっての良いことだな」
「続けるぞ」
「はい」
「飛び級の悪いことは、周囲となじめなくなる可能性があるという点だ。特にルピナスのように飛び級する以前から周囲となじめてないと飛び級した後はほとんどが周囲となじめなくなる。飛び級、するか?」
神梛が低い声音で問う。まるで生きるか死ぬかの決断を迫られているかのようにルピナスは神梛の低い声音から感じた。
「考えてもいいですか?」
「あぁ。出来れば春までに答えてくれるといい」
そう言うと神梛は席を離れた。
リビングに1人残されたルピナスは握り締めた手に力を入れ、黙ってうつむくばかりだった。