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九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
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(第肆和 兄弟のあやかし様


 金狐と屋根の掃除をし私が予習を終えた昼時、銀狐が折り良く買い物から帰ってきた。それから二人と昼食を済ませて、三十分後、予定通り私の部屋で銀狐との勉強会が始まる。


 「――聞こしめせ」


 「まあまあですかね」


 まず開始早々、昨日の宿題の三雲祓詞を唱えさせられた。緊張で途中噛んだものの、一定の評価に私は小さな拳を握り喜んだ。


 「やった!」


 「菊理、“まあまあ”で満足してはいけませんよ。明日、明後日、忘れていたら意味がありません。毎日、勉強の初めに御復習いします。いいですね」


 「……はい」


 尤もな意見に首肯せざるを得ない。ただの暗記はすぐ忘れてしまう特徴がある。受験勉強と感覚が似ていた。


 「さあ菊理、今日は妖狐以外のあやかしについて教えますね」


 「あ、う、うん!」


 私は急いでノートを広げ、鉛筆を持って態勢を整える。しっかり書きとめなくてはいけない。


 「お願いします」


 「はい、では」


 こちらの準備を待ち、銀狐が説明に移った。私に気遣ってか、ゆっくりな口調だ。


 「狐火山にいるあやかしは妖狐ですが、狐火山の後方にある岩狸山(いわだぬきやま)のあやかしは妖狸(ようり)と言います。向かって右隣にある蛇沼岳(だぬまだけ)のあやかしは妖蛇(ようだ)、蛇沼岳の後方の鋼鼠山(はがねねずみやま)のあやかしは妖鼠(ようそ)、向かって左隣の三日月兎山(みかづきうさぎやま)のあやかしは妖兎(ようと)です」


 「……ようり、ようだ、ようそ、ようと……、じゃあ喜雨麿を襲った狸って」


 「はい。岩狸山の妖理です」


 私の語尾を奪う形で銀狐が告げてくる。細まった眼光は棘々しい。


 「えっと……ねえ銀狐、あのとき見た狸は野生の姿だったよ? まさか妖力が低い子供だったり?」


 私は恐る恐る訊ねた。もし幼い子供だったとすれば――やはり自分の良心に悖る。


 「妖力が低い子供は獣姿と言いましたが菊理、妖力が高く形を獲得したあやかしは変化が自由自在なのです。喜雨麿さまの獣姿を見たでしょう? 貴女が遭遇した妖狸は優に二千を超える立派な“あやかし”……、菊理、貴女の道徳心、親切心、同情心につけこむ“あやかし”は巨万といます。野狐で学んだでしょう、見た目や年齢であやかしの善悪を判断してはいけません。死にますよ」


 「うっ、……はい。ごめんなさい気をつけます」


 銀狐に諄々と言い諭された。先日の一件を思い出す、言い返せない正論だ。


 反省の弁を述べる私に銀狐は「宜しい」と頷き、淡々とした語調で話を続けてくる。私は緩んだ指に力を入れ、再びカリカリ鉛筆を走らせた。


 「人里や異界と繋がる狐火山の九百鳥居同様、他の山にも鳥居があります」


 「鳥居……」


 「はい。狐火山と岩狸山を繋ぐ八百鳥居、岩狸山と蛇沼岳を繋ぐ七百鳥居、蛇沼岳と鋼鼠山を繋ぐ六百鳥居、鋼鼠山と三日月兎山を繋ぐ五百鳥居です」


 「へえ……」


 狐火山の九百鳥居と異なり、他の鳥居は初耳だ。興味はあるけれど決して顔に出さない。


 「潜る際、その地の(おさ)の許しは必要ありません。ですが命の保証もありません、すべて自己責任です」


 「……わかり易いね」


 危険な鳥居だ。絶対に迷い込みたくはない。


 「どこも結界が張ってあり空間は捩じれています。人間は辿り着けませんが……、菊理、余計な行動は慎んで下さいね」


 そうジト目で銀狐が苦言を呈する。すっかり私は問題児だ。


 「大丈夫だよ!」


 「菊理の『大丈夫』が私は不安ですよ」


 「失礼な……」


 ため息交じりに返され、ムッと眉間に皺を寄せた。だけど嫌味は感じ取れず、素直に言葉を受け取る。


 「やっぱり銀狐って優しいよね」


 「……いきなり何ですか」


 「ううん、私にとってはいきなりじゃないよ。私が屋敷に住むことで喜雨麿の心配したり、会って間もない私の分まで美味しいご飯用意してくれたり、喜雨麿の言いつけとはいえ私の教育係になってくれたり、銀狐は優しい」


 「…………」


 「……銀狐?」


 ぺらぺら語っていた私は、突如、何の反応も示さず黙り込んだ銀狐に首を傾げた。何か彼の気に障る発言をしてしまったのだろうか。


 (……謝ったほうがいいかな)


 異様な雰囲気だ。何とか空気を変えたいと思考する、が刹那、銀狐が沈黙を破った。


 「あ、いえ……すみません、少々、驚いていました」


 「え?」


 「優しいなど、初めて言われました。ありがとうございます」


 「あっ、ううん」


 (何だ……、照れてたんだ)


 頭を垂れる銀狐の、狐耳の内側が淡い桜色だ。私はほっと息を吐き、笑って告げる。


 「私のほうこそ、ありがとう。昨日、幽霊騒ぎで仕事させちゃってごめんね……」


 「いえ構いません。菊理そろそろ休憩にしましょう、桜餅はお好きですか?」


 「好き!」


 「作った甲斐がありました」


 甘い物とハンバーグは大好物だ。間髪を容れず答えた私に銀狐はふわり表情を和らげ、腰を上げながら「せっかくです、板間で頂きましょうか」と加えて言った。


 「うん! じゃあ私、金狐呼んでくるね!」


 私はスッと立ち上がり、金狐のいる座敷へと急いだ。銀狐の手作り桜餅を早く食べたい。


 「……順応性があり天真爛漫、金狐が気を許すはずですね」


 口元に手を添え、銀狐が独りごちる。彼の満面の笑みは、誰もいない部屋で零されたのだった。


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