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九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
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*第肆和 兄弟のあやかし様


 両親を喪い、家を失い、隣町の温泉旅館へ住み込みアルバイトの面接に行く道すがら狐火山の九尾の狐を助け、挙句、諸々の事情で九尾の屋敷に住む羽目になり、野狐に攫われかけたり幽霊を誘ってしまったり、兎角するうちに私の非現実的で心臓に宜しくない一日は終わった。


 けれど、また一日の幕が上がる。


 「……お腹減った」


 ぐおーと鳴るお腹の音で起きた。何やかんやで二週間まともに寝ていない上に昨日の一連で精神的・体力的に限界を超えた私は途中リタイア、昼食、夕食、共に食べていない。


 回復した身体は正直で『食』を求めている。私は適当に服を着替え、ぺたぺた長い廊下を歩き板間まで直行した。


 囲炉裏にはすでに朝食が並んでいる。味噌汁やいりこの佃煮や鮭の香ばしい匂いが刺激的だ。


 「美味しそう」


 「おや丁度、起きてきましたか。おはようございます」


 私が入口で止まって眺めていると、銀狐が木製の丸盆を手に四人分のお茶を運んできた。無論、割烹着姿である。


 「おはよう、銀狐」


 「ああ菊理、起きてきたねおはよう。こっちにお座り」


 喜雨麿と金狐も揃っており、私はぽんぽんと自分の隣を叩く彼の横に「おはよう」と腰を落ち着かせた。全員が昨日とまったく同じ場所、私の定位置は喜雨麿の右隣で決定らしい。


 「金狐もおはよう」


 「ふあ~あ」


 金狐は欠伸交じりに短く応える。ぞんざいにあしらわれた。


 「さて全員が揃った。動植物の命で私たちは生きている、感謝し頂くとしよう」


 「頂きます」


 喜雨麿の合図で銀狐と金狐が手を合わせ、それぞれ好きな料理に箸を伸ばし始める。私は既視感を覚えつつ、手を合わせ、寝起きの覚束無い箸使いで彼らのあとに続いた。まずは味噌汁だ。


 赤味噌の塩気と風味が堪らない。暫くは各々が黙々と箸を往復させる。


 「ご馳走様でした。銀狐のご飯は美味しいね」


 そしてあっという間に朝食は終わった。三人に負けじと私も、ご飯、おかず、すべて間食だ。ご飯粒ひとつ残していない。


 「ありがとうございます」


 「今日のお勉強、何時かな? 予習しなきゃ……」


 「私は午前中買い物に行きますので、午後にしましょうか。はい菊理、熱いですよ。舌を火傷しないで下さいね」


 「うん、わかった。ありがとう」


 銀狐は答えながら緑茶を淹れてくれる。ゆっくり一口飲み、緑茶特有の渋い香りを堪能した。


 (ほっこりする、やっぱりみんなで食事って楽しいな)


 流れる空気は柔らかい。そんな例え難い雰囲気に浸っていたら、突如、湯呑を置いた喜雨麿が立ち上がる。


 「喜雨麿?」


 名前を呼べば、薄い紫の瞳が私を見下ろした。必然的に見上げる私に、喜雨麿は少し膝を曲げ申し訳なさげに微笑んだ。


 「菊理ごめんね、私はちょっと用事があって屋敷にいない。なるべく早く帰るよ」


 「そっか……、行ってらっしゃい。気をつけてね」


 正直、喜雨麿がいないのは寂しい。不安だ。だけど、私は送り出すしかない。


 「()い子、()い子、いい子にお留守番しているんだよ」


 喜雨麿は私の頭を数回撫で、銀狐に目配せする。頷く銀狐は「鳥居までご一緒します」と告げ、無駄のない動きでてきぱき片づけを済ませた。


 「菊理、私も喜雨麿さまと一緒に出ます。午前は金狐と屋根の掃除をお願いします。世宗は感心ですが成る丈、ひとり行動は慎んで下さいね」


 「え? ちょ、銀狐……ッ」


 「はあ!? 聞いてねえぞ!」


 銀狐の言葉に私と金狐は狼狽する。


 「喜雨麿さま、参りましょう」


 「ああ」


 言った本人は私と金狐を完全無視だ。喜雨麿に声をかけ、止める隙も与えず二人で場を去った。


 「…………」


 訪れる沈黙、気まずさで声を発せない。だが、金狐は変わらぬ口調で問うてくる。


 「おい菊理、屋根掃除の経験は?」


 「……ううん」


 私は首を振った。嘘はついていない。


 「マジかよ。ったく、俺様についてきな」


 「ちょっ、待ってよ!」


 金狐は言うや否や、一人、どこかへ向かった。私は慌てて背中を追う。女性に配慮しない男――妖狐だ。


 「おい菊理、のろのろすんな」


 「っとに待って、金狐!」


 「ほらよ、遅れんじゃねえぞ」


 「わわっ、わ!」


 辿り着いた先は屋敷の裏手だった。雑に投げられる手箒をあわあわ宙で掴まえて、一刹那、私は二連はしごを慣れた足取りで上がる金狐に息を飲んだ。速い、速すぎる、数秒とかからず上り切った。


 (これ銀狐が言ってた掃除だよね、頼まれた以上は私も頑張らなきゃ……)


 迷ってはいられない。一段目の踏桟に右足を乗せ、二段目に左足、三段目に右足、と私は下を見ず必死に上がる。


 「へえ、根性あるな」


 「……ッ、どうも」


 屋根上で金狐が待っていてくれた。私は瓦にしがみつき、落ちぬよう中腰になる。高いところは苦手でないものの、奥底の恐怖心は拭えない。


 「菊理いいか。お前は瓦のヒビとズレを見つけ次第、俺に大声で報告しろ。で、ソイツでゴミを掃え。俺はちゃちゃっと全体を見て回る。気イ抜くなよ、風に煽られっぞ」


 「大丈夫、わかった」


 金狐の指示に従い、私は掃除を開始した。慎重に移動を繰り返し、己の任務に集中する。時折の突風が厄介だ。


 「――お、ちっと割れてんじゃん。お、こっちもじゃねえか。瓦二枚いるな」


 刹那、金狐の独り言が耳に入ってきた。熱心な仕事ぶりが伝わってくる。


 (案外、真面目な部分も――)


 あるのかもしれない。そう何気なく彼のいる方角を見、私は信じられない光景を目の当たりにした。


 「う、そ!? やだ! 金狐!!」


 金狐が屋根の端に立ち、地上に片足を踏み込んだのだ。私は無我夢中で走り、彼の腕を――握り損ねてしまう。


 「キャアアア!?」


 バランスを崩した私は当然、落下した。現実はドラマや映画の如く上手くいかない。


 ――死んだ。死んでしまった。


 「イッ、テテ! おい馬鹿菊理! 急にオメエはよお! 死にたがりか!?」


 「…………」


 否、どうやら死んでいない。前後に揺さ振られる視界、眼前で金狐が憤っている。


 「クッソ、着地し損ねた。ダセエ」


 「わ、わわ! ごめん!」


 金狐はスーツの上着を脱ぎ、シャツの袖を捲って真新しい切り傷を舌先で舐めた。咄嗟に庇ってくれたのだろう、通りで痛みがないわけだ。


 「ちょ、あっ、舐めちゃダメ! 黴菌が!」


 私は急いで自分の部屋に行き、急いで金狐の元に戻って消毒液をかける。継いで絆創膏をした。


 「……ハア。お前、冗談じゃねえぞ。ハシゴはテメエ用で俺様に必要ねえモン、って色々、妖狐のことナメすぎだっつの! ちったあ無い脳ミソで勉強しやがれ!」


 「いえ……、はい、左様でしたか。……ごめんなさい。妖狐の生体に詳しくなくて……逞しいですね」


 金狐に睨まれ謝罪する。早とちりした自分が悪い。


 「絆創膏――」


 「ダッ、ダメ! 助けてくれたお礼! 昨日も幽霊騒ぎで多分仕事増やしちゃったし……ッ、全部まとめてありがとう!」


 「――ぶッ、ハハハッ! 何だそりゃ! ヒイッ、腹筋が捩れる……! お前天性の馬鹿ッ、大馬鹿! ハハハハ! おもしれえ!」


 絆創膏を外すのを止め、捲し立てて言う私に金狐が大笑いした。ヒイヒイ、呼吸困難に陥っている。


 「な、何で笑うの……ッ!?」


 「ツボッた! ブハッ!」


 「……もうっ!」


 目尻の涙を拭う金狐の笑いは収まらない。私は頬を膨らませ、金狐の絆創膏をベリッと剥がしてやった。


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