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九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
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(第弐話 あやかし様と野狐


 「おや……、菊理がいませんね」


 「あん? 菊理? そういや、そんな人間いたな。腹満たして帰ったんじゃねえの」


 興味なさげ返す金狐に銀狐はやれやれと首を振り、縁側で寛ぐ喜雨麿の傍に駆け寄った。


 「喜雨麿さま、菊理がおりません」


 「よい。庭園におる、散歩だ」


 「左様で……。ですが喜雨麿さま、見る限り庭園に菊理はおりませんが」


 銀狐の言葉に喜雨麿は庭園に視線を投げる。確かに、そこに先程までいた菊理の姿はない。


 「世話の焼ける」


 眼光鋭く、喜雨麿はのらり、立ち上がった。



          *         *         *



 「……広いなあ」


 視線を巡らせる。食事を終えたいま、私はひとり曠然たる庭園にいた。一か八かで喜雨麿に頼んだところ、『屋敷内を出ない条件』ですんなり散歩の許可が得られたのだ。


 「はあ、本当に私ここに住むの?」


 清々しい空を見上げ、嘆息する。完全にキャパシティーを超えた状態、この短時間で物事が進展し過ぎだ。


 (……狸に襲われてる狐を助けて、それが九尾の喜雨麿で、何の因果か気に入られて屋敷に住む羽目に……、挙句……)


 彼は恩返しとやらで、私を帰す気はないらしい。行く当てのない私にとってこれは不運なのか幸運なのか、相手があの狐火山の『妖狐』だからわからない。


 「……いい人、……いや狐、なんだケド」


 私は自分がどうすべきか考えながら、春の匂い漂う樹木の下を歩いた。見事な木漏れ日にぼろぼろの精神が癒される。


 刹那、蚊の鳴くような声が聞こえた。


 「……ヤ。……イ……」


 「なに……?」


 「……ウ。……ウ」


 「――……?」


 辺りは静かだ。だけど、うまく耳に届いてこない。誰かいるのだろうか?


 (……喜雨麿?)


 私は一定の歩調で更に奥へ進んだ。


 苔むした反り橋を渡り、自然の織り成す幽玄の美に見惚れつつ九段の石段を上り、朽ちかけた木の鳥居を潜る。直後、急激に身体が冷えた。震える肩、澄んでいた空気も心なしか生臭い。


 (太陽の光も……)


 遮断されている。視界が開けた陰の世界は、薄暗さが不気味だ。


 「……ちょっと屋敷と離れちゃったかな」


 「……オイデヤ、オイデ……キュウヒャクトリイ、オイデヤ、オイデ……」


 振り返る寸前、今度は鮮明に濁声が聞こえた。誓って言う、声の主は『喜雨麿』ではない。


 ならば、いったい――。


 (ま、まま、まさかね……。いない、いない、有り得ない)


 脳裏を掠めた『アレ』は非現実的で非科学的なものだ。声質から察するに、きっと迷子の老人であろう。


 (うう……よ、よし!)


 何事も勢いが大事だ。私は生唾を飲み、身体をバッと反転させた。


 「――お困りです、か……って嘘!! ええ!?」


 思わず二度見する。想像の“アレ”でも“老人”でもない、予想外の動物がそこにはいた。愛くるしい『子供の狐』だ。


 「アソボウ……アソボウ……」


 「やっぱりキミ、だよね」


 声の出所は狐で間違いない。


 「オイデヤ……、キュウヒャクトリイ、……オイデヤ」


 「喋る狐……」


 ビックリしたものの、喋る小狐は『彼ら』のお陰で多少の免疫がある。もし“アレ”であったら失神していたに違いない。


 内心ほっとした。瞬間、身体が後ろに引っ張られる。


 「――いけない子だね、菊理」


 「……っ」


 風で靡く単衣と長い白髪、気配なく現れた人物は菊の香り纏う喜雨麿だ。私の腰に細い腕を回し、ぐっと距離を縮めてきた。


 「喜雨麿、ちょ、イタッ、……い!」


 「無断で屋敷を出た罰だよ」


 「……ッ」


 怒りを含んだ紫の瞳に息が詰まる。二の句が継げない。


 喜雨麿は力を緩めぬまま、鋭い語気で小狐に言い放った。木々が騒がしくなる。


 「立ち去れ、幼き野狐(やこ)と言えど加減はせんぞ」


 「――ッ、――ッ」


 小狐の足音が一瞬で遠退いた。同時に私の身体が開放される。軋んでいた骨は折れていない、無事だ。


 「菊理」


 「……はい」


 名前を呼ばれ返事をする。案の定、説教が始まった。


 「屋敷を出、何故、野狐を追いかけた?」


 「や、野狐……? 一般的な狐の……」


 「狐火山に一般的な狐はおらん。野狐は人間に害を及ぼす、野良の狐だ。何故、追いかけた?」


 再度、問われる。正直に答えるしかない。


 「……声が聞こえて……、確かめに」


 「ほう。狐火山にいる自覚がない阿呆(あほう)なのか? 狐火山を狐疑しない阿呆(あほう)なのか? どっちだ」


 「……うっ」


 どちらも否定できない。狐火山に疎い私が危険性を軽んじていたのは事実だ。


 「よいか菊理。野狐は人を手招き、九百鳥居にて惑わせ、時に心の蔵を喰らう」


 「……心、蔵……を」


 (喰らう……)


 想像するだけで恐ろしい。私は己の浅はかな行動を反省した。自分が情けない。


 「然れど今回は許そう」


 「……本、当?」


 「私は心配で怒ったんだよ、菊理」


 喜雨麿の指が頬を撫でる。儚い眼差しで見下ろされ、私は素直に謝った。加え礼も述べる。


 「……ごめんなさい。助けてくれてありがとう」


 「さあ、帰ろう」


 喜雨麿は優しい笑みを浮かべ、私の手を引いた。温かい掌に安心感を覚える。来た道を戻る足取りは酷く軽い。


 「帰って勉強だよ、菊理」


 「――へ? 勉強?」


 告げられた単語に首を捻った。もちろん意味は知っている。つまり何の、だ。


 「うん。狐火山、善狐、野狐、他……そうだ銀狐を菊理の教育係につけよう」


 「ええ!? いいよっ、すぐ出て」


 「銀狐は賢い。案ずるな、菊理」


 「案ずるも何もッ、ねえ私、長居するつもりな」


 「遠慮はいい。私たちは家族だよ」


 (……喜雨麿って)


 実はタチが悪い。私の話は完全無視、また有無を言わせず決められたのだった。


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