表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
4/48

*第弐話 あやかし様と野狐

 

 「学校の制服、濡れただろう? 私も若女の服を勝手に着替えさせる常識知らずじゃない。菊理が起きてから着替えを、とね」


 「大丈夫、靴下だけ脱げば平気だよ」


 喜雨麿の言葉を遮り、私はモノトーンストライプで膝上丈の靴下と、ついでに黒いブレザーも脱いだ。黄色いリボンにモノトーン柄のシャツ、同様のスカート、すっきりした格好となった。


 (頑張って受験して受かった憧れの制服、一カ月弱しか着ないの勿体無いもんね)


 もう暫くこの制服を着ていたい。そう思い身形を整えていると、突如、喜雨麿が私の手首を掴んだ。


 「準備はできたね。さあ菊理、おいで」



          *          *          *



 『さあ菊理、おいで』


 『あ、いや、ちょ、っと』


 『こっちだ』


 『――待っ!』


 『さあさあ』


 あれから私は喜雨麿に右手を引っ張られ、頼んでもいない屋敷の案内をしてもらった。茶の間、納戸、小間、湯澱、坪庭、中庭、庭園、兎に角どの場所も無駄に広く回るのに苦労したことは言を俟たない。


 (疲れた……)


 そして現在、私は板間にいる。中央に囲炉裏があり、ご飯、茶碗蒸し、玉子豆腐、ひじきの煮物、鮭の南蛮漬け、貝の吸いもの等の朝食が並べられていた。何とも味わい深い暖かな空間だ。


 「銀狐が作ったんだよ」


 ふわり菊の香りが鼻を掠める。まじろがずに見ていた私の頭を撫で、左隣に座る喜雨麿が教えてくれた。


 「銀狐さんが……」


 「銀狐で構いません」


 彼の名を呟くと同時に割烹着姿の本人が現れ、土間に面した下座に金狐と隣り合わせで着座する。一人は正座、一人は胡坐、やはり似ても似つかない兄弟だ。少し面白い。


 「さて全員が揃った。動植物の命で私たちは生きている、感謝し頂くとしよう」


 「頂きます」


 喜雨麿の合図で金狐と銀狐が手を合わせ、それぞれ好きな料理に箸を伸ばし始めた。カチャカチャと皿の音が鳴る。ごく自然に響く程度で、だ。


 (久しぶりだな、誰かと食べるの)


 二週間、ずっと孤食だった。語ると長い妙な経緯でここに連れて来られたけれど、寂しく一人で取る食事より断然に楽しい。


 「……い、ただきます」


 遅れて手を合わせた私は、まず貝の吸いものを選んだ。塩と醤油の調整が絶妙で美味しい。頬が落ちる。


 「――ヒアッ!?」


 刹那、背筋がぞわぞわした。粟立つ肌、何かが自分の背中を這っている。ひたすら上下に、擽ったくて堪らない。


 「な、……に?」


 そろり、振り返った。数回瞬き、いま一度確認した。間違いない、これは毛先が薄い紫の――尻尾だ。


 「ビックリしたかい? 私の尾だよ、普段は妖力で消している」


 「……ハア、心臓に悪い」


 悪戯な調子で言う喜雨麿にため息が零れる。確かに彼は狐だ、尻尾がない可能性は低い。


 しかし普通の狐と妖狐はワケが違った。


 「いち、に、さん……、九本?」


 尻尾が九本もある。扇状の尾は宛ら孔雀だ。


 「私は九尾だからね」


 「喜雨麿は九尾だから九本……、じゃあ」


 私の視線は正面の二人に向いた。彼らは何本あるのか訊ねようとした矢先、ご飯を頬張りつつ金狐が答えてくれる。


 「俺らは三本あんぜ」


 「……三本」


 あんぜ、と言われても妖力とやらで隠された尻尾は見えない。が、彼らは『三本』なのだろう。


 「――いいですか、菊理」


 徐に銀狐が口を開いた。名前を呼ばれ、短く頷く私に銀狐は言葉を継いだ。


 「妖狐も皆、野生と不変で初め尻尾は一本です。長い年月をかけ妖力を増し、それによって尾は裂け、一本ずつ尾が増えるのです。金狐と私は三本、他の妖狐も尾の数は様々、最終的な尾の数は九本になります。ですが修行を積み三千世界を渡れど、資質ある妖狐しか九尾となれないのです。因みに現九尾は喜雨麿さまお一人です、故に妖狐一族の(おさ)であらせられるのです」


 単調な口調で簡潔に要旨を述べられる。素朴な疑問が浮かぶ前の回答だ、有難い。


 「成程……私、凄い御狐さま助けちゃったんだね」


 「尾の異なる理由、理解できましたか?」


 (……いい狐さんだな。さっきは……、ただ単に……、(おさ)の喜雨麿が心配だったんだ)


 先程の光景を思い出した。


 ――なりません喜雨麿さま! 彼女は人間! 屋敷に住まわせるなど!


 「菊理? 再度、話しましょうか?」


 無知である私に銀狐は丁寧な姿勢だ。表情の変化は殆どないものの、透徹した銀色の目は真剣で、飾らない彼自身の優しさが伝わってくる。


 私は首を振りながら、礼を告げた。


 「ううん大丈夫、銀狐のお陰でわかったよ。ありがとう」


 「礼には及びません」


 そう言って銀狐は茶を啜る。素気ない返事も『彼らしさ』だ。


 「ほら菊理、冷めてしまうよ」


 「あ、うん」


 喜雨麿に促され、再び箸が――止まった。口元に『山芋の梅しそ和え』が迫ってくる。


 「はい、お食べ。私の好物だ」


 もちろん、犯人は喜雨麿だ。和らぐ目元が艶めかしい。


 (……お食べ、って待ってくれてるケド)


 絶対に無理だ。「あーん」的な行為の羞恥に耐えられず、目配せで目の前の二人に助けを求めた。


 「喜雨麿さまのご厚意ですよ、早くお食べなさい菊理」


 だが想いは届かず、銀狐に一刀両断される。金狐に至っては、「鼠の天ぷらうめえ」と他人事だ。


 (~~ええい! しょうがない!)


 渋々、私は食らいついた。梅の爽やかな風味が鼻を抜ける。


 「()い子、()い子」


 喜雨麿は満足げな面持ちだ。人生初めての「あーん」体験に感動はない。


 「……完全に子供扱いされてる」


 「十六は餓鬼だろ」


 金狐が横槍を入れてきた。私はムッと反論する。


 「十六歳は大人だよ! 金狐……、さんだって十代後半でしょ……! 自分を餓鬼だって思ってるの!?」


 「バアカ、『さん』はいらねえよ。つうか俺が十代後半? ハッ、お前の視界やべえんじゃねえの」


 鼻で笑われた。金狐は言葉遣いが荒い。


 「……じゃあ、いったい何歳なのよ」


 「四百九十九歳」


 問うと即答される。予想外の三桁にきょとんとした。


 「私は五百歳です」


 「……あ」


 (そ、そっか……)


 銀狐が『冗談』の空気を一瞬で払う。彼らは人間の容姿に酷似したあやかしの狐、自分の『測り』と異なって当然だ。


 「……ねえ喜雨麿、喜雨麿は」


 「忘れたよ。幾千歳、かな」


 語尾を攫い、喜雨麿は苦笑した。流石に「若いね」などと返せない私であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ