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九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
2/48

*第壱話 助けた狐のあやかし様

 

 「そっちに行ったぞ!」


 「手負いだ! 麓へ追い詰めろ!」


 黒い影が草原を駆け抜けた。木々はざわめき、烏は不吉な声でギャーギャ鳴いている。


 「狐火山を母様(ははさま)に!」


 「九百鳥居を潜らせるな! ヤツを仕留めるチャンスだ!」


 恐ろしい言葉が森中に響き渡った。伸びる影法師、宙に浮かぶは紫色の狐火、追われる妖しい者は「参ったな」と左足の枷を睨んだ。


 「外すヒマさえ与えんとは、余程、私を葬りたいらしいな狸共め」



          *         *          *



 「ん~~」


 小鳥が(さえず)る朝のしじま、空は雲一つなく春風が天を吹き抜けている。私は大きく背伸びをし、澄んだ酸素を体内に送り込んだ。


 「……よいしょ、っと」


 名残惜しいが時間はない。リュックを抱え直し、制服を整え、振り返らず家を出た。


 (十六年、……ありがとう)


 ここへ帰ることは二度とない。


 ほんの二週間前の話だ。私――、狐塚菊理(こづかくくり)は両親を交通事故で喪った。頼れる親戚や兄姉もおらず諸々の手続きはすべて独りで済ませ、高校も中退、携帯電話も解約、あれよあれよと身ぐるみ剥がされ今現在居場所まで失ったのだ。


 「やっていけるかな、私……」


 ぼろぼろの肉体で精神は支えきれない、正直、休みたい。でも現実は待ってはくれない。


 「今日中に仕事、見つけなきゃ」


 私は二週間前の新聞に挟まれていた求人広告のチラシを握り締め歩を進めた。まず目指すは隣町だ、温泉の老舗旅館で住み込みアルバイトの面接場に向かう。


 (離れ難いなあ……)


 見慣れた青田の広がる風景、何度も歩いた砂利道、何もないド田舎で不便さは否めないところだが自然や人情に富んでいた。大学進学や就職で何れ都会に上京する意思であったものの、いざ離れるとなると寂しい。


 (急だし……、まったく望んでいない形だし……、学歴を求められるいまの厳しい社会で高校中退――もお考えるのヤメヤメ!)


 次々と不運が重なり、つい悲観的な方向に思考が傾いてしまう。こういったときこそ冷静に、頭の中を一度リセットする勇気も大事だ。


 「あと一回くらい深呼吸を――」


 不安が呼ぶ焦りに流されてはいけない。気を取り直そうと立ち止まった瞬間、どこかしらか激しく争うような動物の鳴き声がした。


 「……こっち、だよね」


 ちらり、横目で見やる。それは古い民家が並ぶ方面に向かって右側の、細く小さな小川を挟んだ森――狐火山からだった。危険漂う中は薄暗い。


 「――ッ! ――ッ!」


 再び鋭い鳴き声がし、ガサガサ、葉が蠢き陰が走る。


 「いまの、って……」


 一瞬、垣間見えてしまった。長い口元、縦型の瞳孔、数回遭遇し逃げた経験があるあの生物は『狐』に違いない。


 「取り囲まれてた……、ぽい?」


 先程の光景が脳裏を過る。動物同士の小競り合いにしては危機迫る雰囲気だった。


 (まあ、人が襲われてるワケじゃ……)


 ないけれど心配なる。しかし自然界を生きる野生の喧嘩だ。自分に仲裁はできない。


 ――と思った矢先だ。


 突如、小川に狐が落ちてきた。バシャリと盛大な水飛沫が上がり、同時に四匹の動物が狐の周りに着地する。


 (ビッ……、クリしたああ!)


 あまりの衝撃で心臓が潰れかかった。胸に手を当て、物理的な方法で跳ねた鼓動をおさえつける。そしてゆっくり一点に視線を投げた。


 (……やっぱり狐だ。あっちは……)


 狐と共に降ってきた動物を直視する。尖った耳に特徴的な目の黒模様、初めて見る『あれ』は狸だ。狐に牙を剥き、威嚇する表情は至極恐ろしい。


 「――っ!」


 刹那、束の間の睨み合いの均衡を狸が狐に飛びかかり破った。一遍に噛みつかれ、狐が暴れる。


 (うう、酷いな……)


 鼻息荒い狸は容赦がない。反撃の隙を与えず、狐に攻撃を畳みかける。数で不利な狐はただ耐え忍んでいた。負けじと吠える姿は勇ましい。


 (えっと……、えっと……!)


 戸惑いで凍った手足、自分の優柔不断な一面が浮き彫りにされる。だけど助けるかどうかの判断に躊躇いはない、つまりは助けない選択肢はなかった。


 「あ、あった!」


 私はきょろきょろ辺りを見渡し、手頃な棒を右手に掴んだ。そのまま震える指先に力を入れ、勢いで小川に踏み入り、ぶんぶん空気を切りながら狸を追い払う。


 「こ、こら狸! 正々堂々と勝負しなさい!」


 半分は勢いだった。狐を背に庇い援護する。水で濡れた靴や靴下、乱れる制服のスカート、形振りなど構っていられない。油断は禁物だ。


 「んぅもっ、いい加減に……ッ!」


 必死に応戦する。が、狸は小柄ですばしっこい。掠りもしない。


 すると突然、一匹の狸が咆哮した。


 「ウギューン!」


 直後、四匹揃って森に退散する。どうやらこちら側が勝利を制したらしい。


 「ハア……」


 私は安堵のため息を漏らしつつ、ふらふら陸に上がった。そこへ狐が擦り寄ってくる。


 「……いいのいいの、お礼は」


 私は大人しい狐の頭を撫で、何気なく目線を下げた。傷だらけの身体、されど一番重症なのはトラバサミで肉が抉られた左足である。これは狸でなく、明らかに人間の『悪戯心』よって負わされた傷だ。


 「狩猟禁止道具でしょ……」


 私は門型の金属部分が合わさる部分を両手で抉じ開け、狐の足を開放してあげた。継いでミネラルウォーターとハンカチを取り出し、傷口を洗って軽く縛る。


 「……狐さん雑な手当てでごめんね。私、両親が死んで家も失って……職探しに行く途中なの。お互い……、頑張ろうね。大丈夫、きっと治るよ元気でね」


 そう言ってそそくさ狐と別れた。急がねば始発バスに間に合わない。


 「待ってお嬢さん」


 「――え」


 はて、私は誰に引き止められたのか? 走り出す寸前、低い声音を遠くに聞いたのが、この日の最後の記憶となった。


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