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九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
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*第捌和 白狐のあやかし様

 

太陽が地平線に溶ける夕暮れ時、屋敷にお客様が訪ねて来た。白い狐耳を生やす狐火山の妖狐だ。


 「へえ銀狐、お前は僕を追っ払うんだね。悲しいよ」


 「いえ……すみません、ですが喜雨麿さまは『火急でも出直せ』と申しております」


 「アイツ何様かな、懲らしめていい? いいよね、僕は許されるよね」


 「お待ちになって下さい」


 内玄関で銀狐が対応している。墨芥子と異なり、砕けた関係ではないらしい。


 (御偉いお狐様かな?)


 私はこっそり覗き見た。


 癖っ毛な白髪の髪型はソフトリーゼントショートで、白い瞳に白い肌、優しい顔つきは大人の余裕を感じさせる。優れた容貌で漂う空気は上品だ。


 (……ラッキーカラー、とか?)


 服装も全身、白でまとめられていた。真っ白の袴に羽織り・羽織り紐、角帯、腰紐、雪駄、足袋、白扇、すべて同色だ。少々、眩しい。


 「僕は明日、明後日、明々後日、弥明後日、びっしり予定があるんだ。変更不可だよ」


 「ですが……」


 「はいはい、お邪魔するね」


 銀狐の肩を押し退け、客が内玄関の間を突き通ってくる。私は焦って踵を返す、が遅かったようだ。


 「おやおやこんばんは、人間のお嬢さん。お名前は?」


 「はあ」


 「……こ、こんばんは。狐塚菊理って言います、初めまして」


 (ごめんなさい)


 手首を掴まれ動けない。私はため息を吐く銀狐に心中で謝り、おずおずと彼に挨拶をした。随分身長が高い妖狐で、身長の低い自分は見上げてしまう。


 「若い娘だ、初めましてだね。会えて嬉しいよ」


 「菊理。こちらは幸福を齎す善狐の代表、千と七百年を生きる白狐、白藤(しらふじ)さまです」


 本人に代わり、銀狐が紹介してくれた。私は「千と七百!?」と動揺する、だが個人的な感情は表に出さない。


 「白藤さま、私もお会いでき」


 「さあさあ畏まらず、こちらで話をしよう。銀狐、茶を」


 「え? いや、ちょ、ええ!?」


 言い終わる前に白藤にぐいぐい腕を引っ張られ、私は銀狐に助けを乞う間もなく座敷に強制連行された。


 対面で座るや否や、質問攻めだ。


 「菊理は何歳かな?」


 「じゅ、十六歳です」


 「いつ狐火山に?」


 「さ、最近です」


 「喜雨麿の恩人だってね」


 「――え」


 (何で……)


 知っているのか。思わず返答に窮する。


 「私は善狐代表でね、自然と事細かな情報が耳に届くんだ。数人の妖狐の報告によれば九百鳥居にいた人間の女の子を喜雨麿が『恩人』と言い連れ帰ったと――、キミで相違ないね菊理」


 「……はい」


 諄々と説き聞かされ、私は躊躇いがちに首肯した。口ぶりから白藤は事実を確かめるべく、自分に会いに来訪したんだと悟る。一瞬で緊張が増した、心臓は爆発寸前だ。


 (どうしよう)


 冷や汗が止まらない。不安で肩を縮めると、白藤が一笑した。


 「ハハッ、僕は責めていない。善狐は徳を重んじ助けてくれた人間に恩返しする一族、アイツは良い判断をした。菊理、喜雨麿は善狐一族の長、善狐を代表し礼を言おう」


 そして深々と頭を垂れる。善狐の代表は温和で物腰が柔らかい。


 「いえっ、どうか」


 「でね、菊理」


 頭を上げて下さいと言いかけた寸前で、上半身を起こす白藤に話題を切り替えられた。真剣な眼差しで射抜かれる。


 「僕は恩の内容を探る野暮しないよ。――ただココは人ならぬあやかしが集う狐火山、人間の菊理が長々留まっていい場所じゃない。わかるね……?」


 「あ……、はい……」


 告げられた言葉は尤もだった。でもハッキリ言われると胸が苦しくなる。所詮、私は恩人の皮を被った余所者に過ぎないのだ。


 「菊理、人間の寿命(じかん)は短い。大切な時間を狐火山に縛られてはいけないよ。……きっと長居した分、別れはつらくなる」


 そう語尾につけ足す、白藤の目は切なさを帯びていた。まるで経験者の語りである。


 「……はい」


 彼は決して私を邪険に扱ってなどいない。ハの字に下がった眉尻が何よりの証拠だ。


 沈黙が落ちるものの、突然、乱暴に開く襖の音で破られた。視線を移せば不機嫌極まりない、喜雨麿がそこに立っている。お盆を持つ銀狐も一緒だった。


 「……白藤貴様、誰の許可を得て私の屋敷におる。目敏いヤツが、失せろ」


 「僕を無視するお前の許可はあってないものだろ、ねえ菊理?」


 「や、あの……」


 私に同意を求めないでほしい。喜雨麿の鋭い目配せに頬が強張る。


 「気安く名を呼ぶな無礼なヤツめ……。銀狐、菊理を奥に」


 「はい。菊理、いきますよ」


 銀狐はお盆を座卓に置き、か細い声音で促してきた。私に拒否権はない。


 「……うん、失礼します」


 「またね、菊理」


 白藤に軽くお辞儀し、足早に退室する。その間際で垣間見た喜雨麿の横顔は怒りで満ちていた。


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