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九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
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*第柒和 あやかし様からの贈り物

 

 「喜雨麿、膝が痺れてきた」


 「だめ」


 「一時間は経ってるよ?」


 「だあめ」


 「うう……」


 許諾が得られない。「罰だからね」とごろり、私の膝を枕に寝返りを打つ喜雨麿は至極ご満悦な様子だ。


 (……一日こんな調子なのかな)


 真新しい記憶――昨日、喜雨麿とでかけ迷子になったことを思い出した。あれは彼の言いつけを破り、場を動いた自分が悪い。


 もちろん帰って早々に説教をされ、“罰”を与えられたのだ。


 ――反省の色が窺えるね。私の傍を半日離れない罰で許してあげよう。


 それが現在の状況である。私はいま縁側にて彼の補助に徹していた。


 「体勢つらくない?」


 「快適だよ」


 軽やかに即答される。閉じた目の睫毛が長い。


 「喜雨麿、睫毛もちょっぴり紫色だね」


 「嫌いかい?」


 目元に指を添えた私の手を握り、喜雨麿が瞼を持ち上げた。薄い紫の瞳と視線が絡んだ。


 「ううん。綺麗だよ、髪とお揃いで」


 「嫌いなんだね。好きと言ってくれない……好きとね」


 「好きだよ」


 露骨に催促され「好き」だと答える。単に言い回しの問題でへこまないでほしい。


 だが、喜雨麿は眉尻を下げたままだ。不満げに口元を歪めている。


 「他に好きなところは?」


 「他に!? ええっと……他に……あるようん、えっとね……」


 予想外の問いに、しどろもどろに私は口籠った。いっぱいあるけれど何故か出てこない。


 「はあ……、無いんだね」


 「あるよ! あります!」


 今日の喜雨麿は意地悪だ。わざとらしいため息に急かされ、私はもごもごと答えた。


 「えっと、……ぜ、全部?」


 「全部か、ふうん」


 曖昧な語尾になってしまい、喜雨麿の反応が冷たくなる。慌てて私は一つ一つ口に出した、恥ずかしいがやけくそだ。


 「や、優しいところでしょ。心配してくれるところでしょ。あま、えさせてくれるところでしょ」


 「フフッ……」


 指折りに数え言っていると、喜雨麿の肩が小刻みに揺れた。こちらは真剣なのに酷い。


 「……乙女の純情をからかわれた」


 「まさか。必死な菊理が可愛くてね、つい。ありがとう、私も全部だよ」


 「……例えば?」


 逆に同様の質問をする。喜雨麿はきょとんとし、間を置かず告げてきた。


 「華奢な身体、温かく柔らかい手、真珠の肌、澄んだ目、小さい鼻、ふっくらした唇、狐色で癖っ毛ある髪質、菊理は頑張り屋で天真爛漫な女の子……私に安らぎをくれる。全部が好きだよ」


 「…………ッ」


 駄目だ敵わない。赤面ものの台詞だ。


 (あやかしは羞恥心がないの!?)


 耐えられず顔を背ける私に、喜雨麿はクスクス笑いつつ掌にキスしてきた。ちゅ、とリップ音が鳴る。


 無防備な部分でダイレクトに熱が伝わってきた。かかる息が生々しい。


 「喜雨、麿っ! なっ、いまっ、何でキスしたの!?」


 「可愛くて、つい」


 「つ、ついついってね!! 喜雨麿の『つい』は心臓に悪いよ!」


 私は十六歳で日本人だ。友好的キスする文化に慣れていない上、「つい」でキスされては心臓が保たない。寿命が縮まってしまう。


 「(てのひら)は初めて?」


 「どこも初めてだよ!」


 間髪を容れず暴露した。


 「安心したよ。あったら……、フフ、殺意が湧くよね相手に」


 「……あ、安心した私も」


 破顔一生した喜雨麿が恐ろしい。笑みが真っ黒だ。


 「私以外の男にさせないで」


 「誰もしないよ」


 「約束」


 喜雨麿が小指を立ててきた。子供の頃やる約束を誓う行為だ、懐かしい。


 「はいはい」


 頷いた私は喜雨麿の小指に自分の小指を引っかけ、「ゆびきりげんまん」とまじないを唱え上下に振る。


 「ゆびきった!」


 「――さて、ちょっと待っておいで」


 「喜雨麿?」


 指が解かれたと同時に喜雨麿は自身の部屋に行き、数秒程度ですたすた戻り私の膝に再び寝転がった。


直後、目の前に淡い紫陽花色の一本簪が差し出される。丸い狐の透かし影絵で零れた鈴と小菊が愛らしい。


 「えっと……?」


 「昨日、これを取りに行ったんだよ。私が妖力を注いでいる、菊理専用のお守りだ。貰ってほしい」


 (そっか、あのときこれを)

 説明を聞いて納得した。私は厚意を邪険に扱えず、有難く受け取る。


 「あ、りがとう。すごく素敵な簪……、大事に使うね」


 「()い子、()い子。じゃあ私は一眠りする、離れてはいけないよ」


そう言って喜雨麿は私の手首を掴み、簡単に意識を途絶えさせた。実は睡眠不足だったのかもしれない。


 「……おやすみ、喜雨麿」


 私は喜雨麿の頭を撫でる。穏やかな空間、涼しい風が酷く心地良かった。


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