表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
13/48

*第陸和 あやかし様とおでかけ


 「おはよう菊理、今日は菊理の日用品を買いに行く日だよ」


 スパン! と勢いよく襖を開けられた。犯人は喜雨麿だ。何度「声をかけて入って」と訴えても守ってくれない、絶対に覚える気がない。


 「……ん、んん? 『行く日だよ』ってまた勝手に……、いま何時……お店開いてないよ」


 虚ろな目で枕元の時計を確認した。針は四時を指している。出発には早い時間だ。


 「銀狐、支度を」


 「御意」


 「あ、ちょ、や、銀狐!? きゃああああ!」


 喜雨麿の指示で銀狐が突如現れ、布団を捲り、「準備しますよ」と言い放った。こうして私の一日が幕を開ける。



          *         *         *



 「ふあ~あ、土産よろしくな」


 「お気をつけて」


 「行こうか菊理」


 「行ってきます!」


 東の空が赤く染まる時刻、留守番組の銀狐と金狐に手を振り、私は喜雨麿と一緒に屋敷を出た。今日は二人でおでかけだ。


 (勝手に喜雨麿が決めてた予定だったケド、久々のショッピングは楽しみだな)


 気持ちと連動して、カラン、コロン、と下駄が鳴る。これは今朝、銀狐が着つけてくれた浴衣とお揃いの下駄だ。浴衣は暗闇でも映える淡い紫色の菊模様でカゴ付き巾着も同様、朱色の半幅帯は品のある華やかな変わり結びがされていて可愛い。


 「浴衣、異界の呉服屋で拵えさせたんだ。素敵だね似合ってるよ、銀狐に任せて正解だった」


 「ありがとう喜雨麿、銀狐は本当に多才だなあ……。祭り以外で浴衣着たの初めてだよ私」


 柔らかい表情で言われ、頬がちょっぴり熱を帯びた。私は照れながら礼を告げ、手を繋いでいないほうの浴衣の袖を軽く上げる。


 「(いず)れ着物も拵えさせるよ」


 取り敢えず二十着は必要だね、とにっこり細めた喜雨麿の目は本気で恐ろしい。私は慌てて断り、ふと頭に一つの単語が浮かんだ。


 「にっ、二十!? い、いいっ! 要らない!! 着物って高価そ……あっ、まさか恩が――」


 「恩返しじゃない」


 「う……ッ」


 被り気味で否定される。私は的が外れ押し黙った。


 喜雨麿の笑う気配がする。絡ませてきた指先は冷たい。


 「私が好きでやっているんだよ、菊理」


 「……野狐の件で助けてもらったし、他にも色々……、充分、恩返しされてると思うよ?」


 仮だけど居場所をくれた、危ない場面で護ってくれた、甘えさせてくれた、喜雨麿を妖狸から助けたことは事実だけど見返りが多すぎだ。


 「恩返しは別だよ」


 「……じゃ、じゃあ考えてくれたの?」


 私が屋敷に半ば強引な形で迎えられた当初、喜雨麿は「恩返しは後程、考えるとしよう」と言っていた。それを思い出し聞き返してみる。


 「焦る必要はないだろう? 菊理は身寄りがおらず家がない。ならば私の屋敷でゆっくり先行きを見据えればいい」


 「…………」


 つまり答えは「NO」だ。しかも痛いところを突かれた。反論ができない。


 会話が途切れる。が、一瞬で沈黙は終わった。


 「――さあ、着いたよ」


 喜雨麿が到着を知らせる。同時に霧が晴れ、突如、目の前に眩しい光景が広がった。色彩豊かな提灯が灯す世界は幻想的だ。


 「わああ! 山車だすごい! 私てっきり狐火山を下りて、街のお店に行くんだとばかり!」


 「私は妖狐だ、忘れていたかい?」


 「……そ、そうでした」


 喜雨麿の言葉に納得する。思えば喜雨麿は狐火山の妖狐、人間の前に姿は晒せない。


 「ここは年中、祭り雰囲気でね。四百店はあるかな、店の種類も様々で面白いよ」


 確かに屋台の看板は多種多様だ。祭りでお馴染みの金魚掬いや面売りはもちろん、民芸品や絵画、家具や衣服まで立ち並んでいる。


 「早く回ろう! あっちがいい!」


 「はいはい」


 私は喜雨麿の手を引き、近場の“くるくる風車”に入った。看板の名前通りではない、自分好みの服屋だ。


 「動きやすい服、欲しかったの!」


 「ふうん?」


 「あっ、カーゴパンツ!」


 きょろきょろ視線を巡らせ、黒いリボンベルトのカーゴパンツを発見する。カジュアルなデザインで普段着に丁度いい。


 けれど、喜雨麿は反対だった。


 「ダメ、菊理はこっちがいいよ」


 「……動き難い服だよ、それ」


 意に沿わない、フラワーシフォンワンピースを差し出される。ふわふわした裾は膝上丈だ。


 「こっちになさい」


 喜雨麿は不満がる私に、再度、やや命令口調ですすめてきた。「ね?」と長い爪で鼻をつんつんされる。


 「……はあ」


 諦めざるを得ない。私はため息を吐きつつ、カーゴパンツと交換で受け取った。


 「あとはうーん。こっちとこっち、よし決まりだ」


 「ああ! 一人で決めないで! 喜雨麿!」


 喜雨麿は私の意見を聞かず、カットフレアスカートやバルースカート、数枚の無地Tシャツカットソーを選び支払いに向かう。躊躇いのない背中が何とも男らしい。


 (っていやいや!)


 私はバックを探り財布を手に掴んだ。そして急いで追い、勘定場にいた喜雨麿に訊ねる。


 「いくら!?」


 「――ん? ああ菊理、あやかしの世で人間界のお金は使えないよ」


 「つ、使えないの!?」


 「使えないね」


 けろり、爆弾を投下された。唖然とする私に喜雨麿は微笑んだ。


 「今日は私に甘えなさい。品物は後日、屋敷に届くよ」


 「う、ん……。どうも……、ありがとうございます」


 (今日は、って)


 いつも、な気がする。そうは思うものの、私は遠慮がちに有難く厚意に甘えた。


 (だって払えないんじゃ甘える他……、参ったな。お金使えないんだ……)


 この先、狐火山にいる限りずっとだ。募る金銭面の不安は如何ともし難い。


 「菊理、おいで」


 「あ、うん!」


 (帰ったら銀狐(お母さん)に相談しよう)


 一人での解決は無理だ。私は自分を呼ぶ喜雨麿の元へ駆け、次の店に足を進めたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ