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九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
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(第伍話 客人のあやかし様


(す、すごい……)


 先日の野狐事件を数に入れない限り、自分の足で屋敷の外に出たのは初めてだ。


 (大きい屋敷だな、って思ってたよ。思ってたケド)


寥郭たる敷地面積に頭が痛い。玄関と表門の石の鳥居まで四百メートル以上あった。通り沿いは屋敷林が立ち並び、ぎっしり玉石垣が積まれてある。


 「ねえ喜雨麿? 喜雨麿は(おさ)だから、お金持ちなの?」


 我ながら低俗な質問だ。でも一度、口に出してしまったものは引っ込めれない。


隣をちらり見上げる。自分と手を繋ぐ喜雨麿は、直球でぶつける私の素朴な疑問に笑った。


 「ハハハッ、さあ? 勤めを果たした分は貰うが生憎、私は金銭に興味がなくてね。金銭管理は銀狐任せだよ。――菊理、足元に気をつけて」


 語調に偽りは感じ取れない。あやかしと人間の価値観の違い、と言うよりただ金銭に淡白で本当に“興味がない”のだろう。


 「あ、うん」


 淡々と告げられ、私は頷いて九段の階段を下りた。霧が深い。


 「結界の霧だよ。九百鳥居の先、あやかしの住む範囲は霧で覆われている」


 「ちょっと不気味で怖いね」


 一応は前に進んでる。だけど墨芥子の姿は見えない。喜雨麿の手さえ目視できない。世界は真っ白だ。


 「大丈夫、私がいる」


 「……うん」


 きゅっと手を握られた。辺りは寒いが喜雨麿の掌は温かい、安心を覚える。恐怖感が薄れていった。


 (えーっと? 前後、左右、どっちにいま曲がったのかな……)


 暫く黙々と歩行する。進行方向がわからないため、すべては喜雨麿頼りだ。


 不意に私は金狐と銀狐の苦言を思い出した。口端がぴくぴく痙攣する。


 ――ヘマすんなよ菊理。


 ――くれぐれも余計な行動は慎んで下さいね菊理。


喜雨麿の傍にいても油断は禁物だ。『もし』があってはならない。


気持ちを引き締め一歩を踏み込んだ。すると突然、視界がパッと開けた。


「菊理、着いたよ」


「わあ!」


 一面の野菜畑に歓声をあげる。広大な景色は、まるで一枚の絵画だ。


 「きたか。喜雨麿さま、ご足労頂きましてありがとうございます」


 「…………」


 怪しい、あやしい、人物に出迎えられた。黒い狐面をつけている。


 (確か腰の……)


 「墨芥子さん、狐面……」


 「うるさい、いちいちツッコむな。あと、接尾はいい。畏まった動作、(へりくだ)った物言いは嫌いだやめろ。いいな」


 「は、はあ」


 力強い雰囲気、性格が変わった。真っ直ぐ私を射抜く墨芥子は――別人だ。


 「…………」


 私は無言で彼に近づき狐面を取る。目が合うや否や、彼は一瞬で赤面した。


 「やっ、やめろ!! これがねえとまともに女と喋れねえんだよ!」


 (同一人物だよね)


 凄まじい勢いで狐面を奪われる。いそいそ顔を隠す彼は墨芥子本人だった。狐面着用理由が可愛い。


 「うん、良かった。誰か化けてるのかと思っちゃったよ」


 「フフフ……、よい判断だ菊理」


 「き、喜雨麿さま! 菊理ッ、次は許さねえぞ!」


 「はーい」


 憤る墨芥子に軽い返事をし、私は思いっきり酸素を肺に送り込んだ。懐かしい土の匂いが鼻を抜ける。


 「喜雨麿は裾が汚れちゃうから、ここで待っててね! ちょっと見学!」


 「あまり遠くへ行ってはいけないよ」


 「うん!」


 喜雨麿の承諾を得て、私は畑の通り道に向かった。色々な種類の種が植えられている。生き生きした野菜たちはみんな元気だ。


 「こっちはキャベツでしょ。こっちはタマネギ……アスパラガスにトマト……、あっちは」


 「あっちの列はスイカだ。八月頃が収穫期になる」


 やんわり声を重ね、墨芥子が答えてくれた。あやかしは気配を消すのが上手い。


 「……案内役を仰せつかった。俺の畑だしよ」


 「ごめんね、ありがとう」


 継いで言われ、礼を述べる。墨芥子は「別に」なんて素気ないが、首元が赤みを帯びていた。


 「お前、野菜は好きか?」


 「えっ、うんまあ」


 唐突な問いに首を縦に振る。墨芥子はぽりぽり狐面の頬を掻き、「そっか」と言葉を紡いだ。


 「喜雨麿さまにちょろっと聞いたぜ。お前、狸共追っ払って喜雨麿さま助けてくれたんだってな? 喜雨麿さまの恩人は善狐の恩人だ、好きな野菜好きなだけ持ってけよ」 


 「ええ!? そんなっ、いいよ! 充分いっぱい貰ってたし!」


 「遠慮すんな。いいっつってんだろ、おら一緒に選んでやる。ああ、ネギは? 塩とオリーブオイルで蒸せば美味いしぜ」


 墨芥子は私を意に介さず、長ネギのある位置に駆け、屈んでネギを指差した。厳つい狐面が微笑んでみえる。


 (はあ……、反則だよね)


 諦めのため息が零れた、断れない。結局は押し負け、私はたくさんの野菜を抱えて帰る羽目になったのだった。


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