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九百鳥居のあやかし様  作者: 咲之美影
第一章 ~狐火山編~
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(第肆和 兄弟のあやかし様


 「さあ喜雨麿さま」


 「ずるいわよ! アンタさっき喜雨麿さまにお注ぎしたじゃない!」


 「ちょっと! 返しなさいよ!」


 言い争う妖狐(おんな)たちは、退屈げな喜雨麿を挟んで祝い酒を奪い合う。両者一歩も譲らない。


 とある屋敷にて場は祝宴で盛り上がっていた。飛び入り参加もあり、余興で一差し舞っている。


 「…………」


 「ああっ、喜雨麿さま! お待ちに!」


 無言で朱の杯を置き、喜雨麿が席を外した。引き止める妖狐(おんな)の声は届いていない。


 「喜雨麿さま、どちらへ?」


 「やるべきことは終えた。私は帰る、あとは良きに取り計らえ」


 そう声をかけてきた妖狐に伝え、喜雨麿はひとり賑やかな屋敷を去った。



          *          *          *



 カラン、と乾いた鈴が鳴る。澄んだ音は穢れがない。


 「ただいま菊理、今日は楽しく過ごせたかい?」


 逢魔が時、喜雨麿は帰ってきた。縁側に座る私の隣に腰かけ、開口一番、透き通った声音で訊ねてくる。


 「おかえりなさい。私は金狐と屋根掃除したり銀狐と勉強したり、美味しい桜餅食べたり、お陰ですごく楽しい一日だったよ。喜雨麿はどこに行ってたの?」


 私は一日を振り返りながら答え、喜雨麿に聞き返した。喜雨麿は何も言わず、私の肩に頭を乗せくる。ふわり漂うは、酒の香りだ。


 一瞬ドキリとした数秒前の自分を殴りたい。


 「……酔ってるでしょ。お酒、飲んでいたの?」


 「いや、勧められたんだよ」


 次は応じてくれた。


 「友達に?」


 「いや、友達じゃない」


 喜雨麿は苦く笑い、私の顔を覗き込んだ。そして瞼をゆっくり細め、正解を口にする。


 「狐の嫁入りだったんだよ。長の務めでね、祝言は途中で抜けてきた」


 「狐の嫁入り……」


 (あっ、お昼の通り雨……)


 人間の立ち入れない狐火山で篝火や松明が見えたらそれは狐の花嫁行列、狐が多く住む狐火山に纏わる伝承だ。それに因んでか空が晴れていて日が照っているのに、雨が降る所謂――異様な天気雨をこの地域では『狐の嫁入り』などと呼んでいた。


 「ああ。まだ若い妖狐のね」


 「本当にあったんだ……」


 「私の存在で真実味が湧くだろう?」


 驚く私の腰を抱き寄せ、至近距離で喜雨麿が薄ら笑う。人間と異なった風貌、妖艶な眼差しは一際、あやしい。


 狐火山に実在する妖狐だ。


 「……近いよ喜雨麿」


 二人の間に隙間がない。彼は妖狐でも幾千歳の老体でも性別は男、私はぐいぐい胸元を押した。


 「拒まないで菊理」


 「……ッ」


 喜雨麿の息が鼻先にかかる。慈しむような囁きに身体が固まって動けない。


 刹那、目元にキスされた。


 (冷たい唇……)


 嫌悪感はない。気持ち悪さもない。不思議と心地良い気がする。


 短いキスは静かに終わった。


 「良い子に留守番していた褒美だよ」


 「っ、……ど、うも」


 甘い空気に声が上擦ってしまう。急に羞恥心が襲ってきた。恥ずかしさで身体が火照る、あちこち熱い。


 「菊理の傍は安心する」


 「……な、にそれ」


 脈打つ心臓の鼓動を必死に落ち着かせていると、喜雨麿が再び私の肩に頭を乗せ身体を預けてきた。横目で表情を窺えば、至極穏やかな面持ちで微笑んでいる。


 (……ダメ、だ)


 引き剥がせない。と思った矢先、割烹着姿の人物が現れる。先程まで料理場にいた銀狐だ。


 「喜雨麿さまお帰りなさいませ、お勤めお疲れ様でした。夕餉の準備が整いましたが召し上がりますか?」


 (銀狐ありがとう!)


 「ほら喜雨麿、ご飯だって!」


 「……仕方ないね、頂こう」


 単衣の袖を引っ張って促す私に、喜雨麿は渋々のっそり立ち上がった。風で長い髪が揺れる。


 「おいで菊理、いこう」


 「う、うん」


 辺りが暗くて頬の照りはバレていない。私は赤面したまま、差し伸べられた手を握り返したのだった。


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