表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第二章 マイカ共和国 討伐編
9/83

格差社会の弊害

―――――



 翌日、俺はベッドの上に座り込んだまま朝を迎えた。

 ちょっとした確認の為だ。

 案の定、深夜に起きている間中、睡魔が襲ってくることはついぞなかった。

 飯を抜いたが空腹感もない。


(あまり考えないようにしていたが、こうして実感すると……別にショックでもないな)


 当初の目標としては大きな問題のない形で周囲と関わって生きていこうと考えていた。

 ルースの店で硝石を見た時も敢えて触れなかった。

 この世界に不幸を撒き散らすような真似をしたくない。

 俺は言わばこの純白の世界に投げ込まれたウィルスのようなものだった。


(むしろあの魔物、俺はあっち側の生物なのだと直感でわかる)


(そして、そこに安心感がある)


 俺がこの銃のことをパティにばらして、それであいつの変わりに魔物を倒してやって。

 あいつは喜ぶのだろうか? 救われるのだろうか?

 そんな筈はない。

 自分自身の無力感に苛まれて余計に惨めな思いをして追い込まれるだけだ。


(俺が我が物顔で蟻の巣を弄るようにこの世界で力を振るい、何もかも解決してしまうことに意味はない筈だ)


 半日かけてメニューを確認し俺はある機能に目をつけた“インテンション”……これならば。

 間違っているのはわかっている。

 だが俺は運否天賦に全てを委ねるほど、人間が出来てはいない。


「タウ……起きてる? あと服着てる?」


「パティか、今開けます」


「だからその名前で呼ぶな!」


 閂を開きドアを開けると、すっかり顔色の良くなったパティがそこに立っていた。

 パタパタと部屋に入るとシーツをはたき大げさに咳き込み声を上げる。


「こほっ! 酷い部屋に泊まってるのねぇ」


「外で話しましょうか?」


「いや、ここでいい……ほらサンドイッチ貰ってきたから

 昨日何も食べてないんでしょ? 女将さん心配してたよ?」


(困るなこれは……)


 パティがこちらに気を使う度に決心が揺らぐ。

 しかしここで何もしなければ、彼女は十中八九成人前に命を落とすだろう。


(何が“見送ってやる”だ、やはり俺にはそんなことは出来ない)


「パトリシア、ちょっといいかな?」


「えっ……な、何」


 俺はパティの首筋に手を伸ばし脊椎に触れ、インテンション機能を使用する。


「痛っ!? 何か刺されたぁー!」


「大丈夫ですか?」


「ちょっとここ蚤とかいるんじゃないの、痒い!」


「シーツは毎日変えてくれてる筈なんですけどね、ベッドはただの板張りだし」


 俺は内心総毛立ちながらも平静を装いベッドに腰掛け、パティの持ってきたサンドイッチに口をつける。

 中身は予想した通り、アケビジャムだった。


「それになんか暑いし……ぼーっとしてきた」


「少し休むといい、今水を貰ってきますから」


「いや、いい……ここにいて……ちょっと疲れた、だけだから」


「そうだな、休めばきっと良くなる。パトリシア……すまない」


 俺は今、この少女の運命を大きく狂わせたのかもしれない。

 ミュレーと共に彼女を説得して、復讐を捨て新しい道を歩ませる事が出来たのかもしれない。

 しかしそれも もう手遅れだ……約1時間後、寝ぼけ眼の目を擦りながらパティは目を覚ました。


「あれ…私寝てた? どのくらい?」


「30分ぐらいかな?」


「はぁ? 何で起こさなかったの!?」


「いえ、今部屋に戻ってきた所で丁度君が……」


 起きた傍から大慌てで宿屋を飛び出し、途中何度も足をもつれさせながらギルドへと向かう。

 ギルド内では既に冒険者達の姿は疎らでほとんどの依頼札は取られてしまった後だった。

 俺は周囲を見渡すと彼女の姿を捜すと、弓を担いだミュレーの姿が目に入った。


(広域アナライズで捉えてはいたが、本当にいるとは)


「ミュレー!? 何の用? 今更戻らないわよ、あたし」


「別にそういうつもりで来た訳じゃないわ、討伐に行くには3人必要なんでしょ?」


 パティはミュレーの思いがけない言葉に思わず頬を綻ばせる。

 だが、これはおそらく単純に協力するという意味合いではないだろう。


「依頼は先に受けておいたから、ゴブリン3体いけるわよね?」


「え? さ、3体?」


「討伐依頼の中で一番難易度が低そうだったのは、これだけだったの。丁度3人いるから1体ずつ引き受けましょう」


 それまで青褪めていた顔が1体ずつと言う言葉を聞いて安心したのか、元の顔色を取り戻していく。

 目的地の途中までは手配された馬車に揺られ、森の手前で停車。

 そこからは徒歩での移動になる。

 俺は広域アナライズを用いて前以て索敵を行うと、不味い事態に陥ったことを確信した。


(ALW-011が5体もいる……それに加えて遠方にALW-007という個体)


「洞窟に屯しているらしいから、そこまで直線距離で向かうわ。ミュレー、斥候お願い」


「わかった、先導するから着いてきて」


(予定を狂わせるのは危険かもしれない、念の為2匹間引くか……)


 最後尾に着き、外套の中で銃を動かすと照準をつけ2回引き金を引く。

 無事敵を倒す事が出来たが、他の魔物が警戒したのか慌しい動きで警戒しているのがわかる。


「最近人里を襲っているのなら、まだ警戒心が強いかもしれない……慎重に行きましょう」


「そうね、ここから私とタウはハンドサインでいきましょう」


(不意打ちの心配はないとはいえ、緊張するな)


 やがて開けた場所に出ると魔物達の姿が見えてきた。

 背後を庇いあうように円陣を組んで周囲を警戒している……ここまでの知能があるのか。

 パティがハンドサインで俺がミュレーの傍で待機するように命じ、パティは慎重に側面に回りこむ。


「ミュレーさん、あなたの攻撃を合図にパトリシアが動きますので何時でも撃って下さい」


「……はい」


 ミュレーがショートボウを引き絞り矢を放つ。風を切る音を立てて矢は固まっていたゴブリンの1匹に命中した。


「肩に!?」


「では前に出ます」


 3匹のゴブリンが一斉にこちらを向き、2匹がこちらへと向かってくる。

 全員で向かってこないのか? やはりこいつらはどこかおかしい……あまりにも動きが統率されすぎている。

 2匹を先にしとめたのは正解だったかもしれない。


(いざとなれば銃を使うか)


「……もらったっ!」


 俺の視界の脇からパティが飛び込んでくる、潜んでいた場所からはかなりの距離があった筈。

 瞬く間にゴブリンの1体の喉笛から鮮血がほどばしる。

 虚を突かれたゴブリン達が互いに背後を庇いあう。成る程分かり易いな……だが分かり易過ぎる。


 左手に握った銃でゴブリンに止めを刺し、よろけた所を右手のナイフで振り払う。

 良い具合に腹部へとナイフが入り、腸を抉り出す。


「離れて!!」


 ミュレーが合図を送ると俺とパティは射線から飛び退く。

 続いて弓から放たれた矢が背後を晒していたゴブリンの腰椎に突き刺さった。


(ナイスアシスト)


「私がやるっ!!」


 パティの振るうショートソードが吸い込まれるようにゴブリンの喉笛を掻っ切る。

 ゴブリンはよたよたとバランスを崩すとその場で膝をつき、つんのめるように頭を擡げ動かなくなった。


「割りと簡単でしたね」


「今の見たっ!? ねぇ今の!?」


「はぁ? 何をです?」


 パティが興奮気味に捲くし立てる、おそらくインテンションが既に効いていたのか。

 効果のほどを俺が知る術はないが、先ほどのパティの動きは人間離れしたまさに達人の動きだった。


「こうね! ぶぁーっとなって! こいつらの動きが遅くなったの!!」


「パティ、大丈夫!? 随分興奮してるけど?」


「そうそう、ミュレーの撃った矢も止まって見えたのよ!!」


「それは……ひょっとして?」


 俺は知ったような口で顎に手をそえて考える素振りを見せる。

 ミュレーは先ほどの光景が信じられないのかぽかんとしたまま、パティの興奮は冷めやらない。


「何? タウは何か知ってるの!?」


「えぇ、俺も仲間内から聞いただけの話で眉唾物だったんですが。秘められた能力が解放された剣士は相手の動きが止まって見えるようになるとか……」


 ちなみにこれは嘘ではない、インテンションは人間の脳機能の解放。

 すなわち潜在能力の覚醒をうながす。

 何らかの副作用があるのを危惧していたが、この様子では無いようだ。

 だが、パティを人体実験のモルモットにしたようで気分が悪くなる。


「秘められた力!? 当然ね!」


 前言撤回、褒めたら図に乗るタイプだこれ。いやわかってたけど。


「……パティ!」


 パティの背後の茂みから音を立てて大型犬。

 いやそれよりも一回り大きい犬が姿を現す。

 ALW-007は犬型の魔物だったのか? 魔物は俺が反応するよりも早くパティに向かって襲い掛かる。


「わかってるって……後ろでしょ!?」


 振り向き様にパティのショートソードが撓る。

 大口を開けて齧りつこうと飛び掛った魔物は顔面を縦に綺麗に両断されそのまま落下し地面に叩きつけられた。

 パティはふふんと鼻を鳴らし血振るいすると腕を組み胸を張った。


「ヘルハウンドを一撃で?」


「……強いんですか、この犬?」


「本来なら兵士でも2人掛かりで仕留めないと倒すのは無理な魔物です」


「タウ! どーよこれ! 銀貨6枚よ、6枚!!」


 この1匹で俺の日当の20倍……これが格差社会の弊害というものか。



―――――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ