KY兄弟
今日も今日とて朝ご飯を作成し、朝早くから嫁を仕事へと送り出すと娘を幼稚園に預け、手持ち無沙汰な一日が始まるのである。
――と、所帯を持った初めの頃は思っていたのだが、現実という物は中々厳しい物なのだ。
会議室を見渡すと、ルース君が上下水道工事の進捗状況について熱心に報告している。
執政官なのに何が彼をそう掻き立てるのだろうか?
ユーグ団長にジャック、サイモンも定位置に着いている。
ベンは不在で会話の内容を記録する書記官が着席していた。
ぶっちゃけ今までスルーしてたけど、そんなに大事な会議だったのか、コレ?
「――今回の案件については水の灌漑農業による塩性化を防ぐ為に、抜本的改革を行う必要があると私は考えます」
「“太陽の小麦”には土中の塩分を茎に蓄える作用があると聞く、家畜の頭数を増やして飼い葉として利用するのはどうかね?」
ルースの言葉にユーグ団長が提案を行い、黒板へとその提案が書き込まれている。
ちなみに俺は上座に座っている、何故かと言えば俺がこの部屋に入る際には既に皆は着席しているからだ。
ある時等はわざと一時間ほど早めに会議に着いた事もあるのだが、なぜかその時でも既に皆でスタンバッていた。
ぶっちゃけ、ユーグ氏の提案で決まりだろうし、俺はこの場に要らない様な気がするのだが、仮病で休もうとしても馬車で迎えに来るので諦めた。
ご近所さんの視線が気になるからね!
「――では、タウ氏の御意見をお聞きしたい」
「突然こんな事を言うのも甚だ申し訳ないのですが……」
俺の言葉に全員の視線が集まる、なんだこのプレッシャーは?
だが、ミスパル内でも空気読めてない男№1であった俺のスルー力を舐めて貰っては困る。
お前が居るとギャグ補正が付くんだよ、とチーム編成で盥回しにされた事もあったな、フフ。
おっと、己の過去を述懐している状況ではない。
「私の役職はもう不要だと思うのです」
「社外相談役ではなく、実務的な役職を?」
「いえいえ、そうではなく私は最早会議に出る必要がないのではと……」
「えぇッ!!?」
突然、大声を上げて立ち上がったのは何故かサイモンであった。
ルース君は顎に手を当てて何事かを思案しており、ジャック君は速記を止めるように書記官にジェスチャーをしている。
ユーグ団長は何故か笑っていた。
あ、私が抜けるのは無理だと思ってる顔ですね。
「一先ずそれは置いておいて、まずは先程の件について何か御意見があればお願いします」
「体内に塩分を取り込む訳ですから、馬の飼い葉に利用するのがいいでしょう。それに家畜の糞にも塩分を含みますので、別途燃料として焼却処分を……」
「やっぱり必要ですよ!」
(遺憾、墓穴を掘った)
つい何時もの調子で答えてしまったので難しくなってしまったな。
病気や家族に理由を求めると、パティから制裁を受ける事が確定するので、これは不可能だ。
個人的に忙しいから……俺が言ってもギャグになるだけだな。
うーむ困ったぞ、こんな時ばかりは全く知恵が働かない。
「旦那にはまだ恩を返しちゃいないんですから、今そう言われても困るっすよ」
(形のない物は踏み倒しても良い様な気がしますけどね)
「あ、ひょっとしてまた何処かへ遠征ですか? 空白地の向こうに中央アジアを突っ切って!」
(アレクサンドロス三世じゃないんだから)
むむっ、我に天啓あり。
先日コミックから持ち込まれた海洋国家の奴隷問題に私が直接介入するのはどうだろう。
盗賊団を装って奴隷牧場を襲い救出、あとは被害者となった海洋国家に金銭的支援を行い懐柔する。
我ながら素晴らしいプランではないだろうか? マッチポンプとも言うがね。
全体のストーリーラインとしてはこれで行こう。
「人間牧場という物をご存知でしょうか?」
「まさか……共和国でそのような事が行われているのかね?」
「海洋国家で行われている事は私の方でも把握しています。共和国内のヤミン人の人口比は既に無視できない水準ですから」
「海洋国家、落ちる所まで落ちる気のようだな」
ユーグ氏は海洋国家の蛮行を聞くと眉を尖らせて怒りを隠さない。
どちらかというと私にも非があるんですよね。
欧州では大航海時代にアフリカ大陸に存在した王国を御し易くする為に奴隷交易を積極的に行っていた。
簡単に言えば労働力の輸出は国力の流出でもある。
それをチリ方面から幾らでも採れる硝石と木炭を合成すれば火薬一樽で奴隷一人を交換できるのだからちょろい商売だ。
火薬は長期保存できないので、最終的には働き手の不足と内戦の激化によってアフリカ由来王族はほぼ断絶した。
貿易による物資の供給をコントロールするだけで、国家転覆を可能にする訳だ。
「彼等は人間牧場を作る為に各地で誘拐にまで手を染めているようです」
「そんな、折角魔物の減少によって回復した流通が崩壊しかねませんよ!」
「旦那の手を煩わせるまでもないっすよ。 俺が一声掛けりゃあ……」
物騒なことを言い始めたサイモン君の発言を手を上げて抑止すると、ルースへと視線を向けた。
「共和国側から軍を動かす事は出来ませんよ。今になって戦争となったら、共和国はともかく帝国が持たない」
「ルース氏の仰る通り、交易の発達により国力の見合った両国はある意味相互依存関係にあります。下手に海洋国家との開戦ともなれば、共和国・帝国間でも不和を生むでしょう」
「……あ、す、すんません。短慮でした」
血気盛んなジャック君もユーグ氏と議論を続けているようだ。
小さくなったサイモン君は可哀想だが、良い具合に議論が煮詰まってきたのではないだろうか?
さて、そろそろ仕上げといきましょう。
「そこで私が……」
「フィロソファー居るか?」
(えぇ~なんか嫌な予感しかしないんですけど……)
唐突に会議室の扉を開けて顔を出したのは、サングラスをかけたコミックである。
よりによってこのタイミングで現れるって事は多分アレだろう。
俺達は会議を中断すると、コミックに引きつられてベイト商会の裏庭へと集合した。
というよりも、ヤミン人の方々が1000人単位で裏庭へと集結していた。
「暇だったから潰してきたぜ」
「コミック……お前という男は……」
「な、なんだよ」
そんな犬猫を拾ってくるみたいに簡単に連れて来られても困るんだよ!
だが怒れない……怒りたいのに怒れない。
久しぶりに旅先で食べ歩きが出来たかもしれないというのに全て台なしになってしまったぞ。
おのれコミック、許すまじ!
「受け入れが無理なら、オレの方で面倒見るか?」
「その場合は職能の就かない傭兵団だろう、キングは何故止めなかった?」
「オレ様は止めたんだけどよォ、コミックがヘッドロックしてくるから……」
(ダメだ……完全に飼い慣らされている)
横にはホッとするジャック・サイモンの二人組、受け入れ態勢の構築に頭を悩ませるルース君、そして相変わらず笑っているユーグ氏であった。




