結局殴られ損
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昼食をついでに済ませた所で俺は修道院に住む、パトリシアの知人の部屋へ案内される事になった。
この場所に御厄介になるということは、孤児或いは出生の曰く付きで送られてきた人物だろうと推測できる。
パトリシアの知人という事なら後者の確率の方が高いか。
「ミュレー、いる?」
「また来たのパティ!? 私は冒険者はもうやらないって言ったでしょ!」
「まだ何も言ってないじゃない……とにかく入るわよ!」
ドアを開けると目に飛びこんで来たのは異様な光景、白い銀髪に病的な白い肌……パティと同じ金色の目をした少女。
彼女も俺の姿を見ると一瞬驚いた顔をして慌てて目を逸らす。
(どういうことだ?)
ミュレー 15歳 カナフ人 孤児 0
見た事のない人種だ……しかも孤児か。
パティとどんな繋がりがあるのかは分からないが、余計に謎が深まってしまった。
貴族と孤児に何の繋がりがあるんだ?
「タウ、この娘が私の仲間のミュレー、ミュレーこの男が以前言ってたタウよ」
「はぁ……パティ、貴女何考えてるのよ、男の人と2人で組むなんて」
(その点については同感だな)
「ちょっ!? 何邪推してるのよ、タウは大丈夫よ、ほら見てよこの無気力そうな顔」
パティが失礼な事を言いながら俺の横に並ぶと指で脇腹を抓る。
確かにこの娘の言う通り安全ではあるだろう、俺の銃は相手のカルマが高くなければただの玩具に過ぎない。
しかしパティには一振りで手首を両断するほどの技がある。
もしもの事になれば俺の方が一方的に切り伏せられるだろう。
「すみません、タウさん……この子、ちょっと我侭に育ったものだから」
(ちょっとどころではないが)
「いえいえ、楽しいお嬢さんで私も色々と助けられています」
「でしょう!!」
鼻息荒く腕を組んで胸を張るパティをミュレーが猜疑の目で眺め溜息を漏らす。
いいぞ、この人間暴走機関車にもっと言ってやれ。
「パティ、いい加減にして! そんな事をしてもね貴女の御両親は……」
「!? 望む望まないは関係ない!」
「それでどうするの? 一生お婆ちゃんになるまで魔物を退治して生活していく気? 世の中には訓練を受けた兵士が数十人で取り囲んで、何人もの犠牲者を出して。ようやく倒れるような魔物だって居るのよ。パティはその内の一人になりたいの!?」
(成る程……パティの動機は読めたな、確かにこの娘が焦るのもわからなくもない)
パティがミュレーの顔を睨みつける。
彼女自身もある程度現実がわかっているのだろう。
しかしながらこれは運命というやつか? 今ここにこうして俺が立ち会っているという偶然があまりにも出来すぎているように思えた。
良くない傾向だ。
「別にいいわ! それでっ! 私の命一つで魔物を殺せるのなら……それで本望よっ!」
「このっ! わからずやッ!!」
(……おっと)
ミュレーの振りかぶった突きがパティに届く前に体を乗り出し受け止める。
鈍い鈍痛が腹部に広がる、距離的に寸止めするつもりだったのか? ひょっとして殴られ損?
「……ぐっ!?」
(女のパンチとは思えんな……いや、俺が貧弱すぎるだけか?)
膝を突いた俺の背後から廊下を駆け出す音が聞こえる。
どうやら居たたまれず部屋から飛び出したようだ。
ミュレーの顔を見上げると、俺の顔を睨みつけたまま動かない。
俺、犠牲者なのに。
「タウさん、彼女に対して親身になってくれるのは嬉しいけど……あまり、あの娘を勘違いさせないでください!」
(別にそういうつもりじゃないんだけどな)
「それと殴ってしまって御免なさい……」
俺が無言のまま立ち上がり。
パティの後を追おうとドアに手をかけると、背後からミュレーの声に呼び止められる。
「パティを追うの? あの娘とは何の関係もないのに…どうして?」
(小難しい理由などない……)
「一度拾った野良猫を放り出して、雨曝しにするには忍びないだけだ」
俺はそのまま振り向かず後を追った、勢いで妙な事を口走ってしまった。
どうもこういう重苦しい雰囲気は好きじゃない、自分自身を勝手に自縛して不幸になる人間も好きじゃない。
だがそれを俺は表に出せない、出したこともない、ずっとそうだった……きっとこれからも。
「……パティ」
「その名前で呼ばないで、頭に響くの」
(軽いジョークのつもりだったんだけどな)
「ミュレーなんかに言われなくたって、私だってわかってたから! 子供が剣を振り回して、弱い魔物を倒した所で“子供”にしては凄いね “女”にしては凄いね。その程度の事なんだって……」
腰に挿した剣を柄を握り力が篭る。殺気とでも言うのかパティの表情はド素人の俺にも察知できるほど鬼気迫っていた。
「頭のおかしい女を哀れんでるだけなら別にもういいわよ! 私一人だけでやるから! 別に許可がなくたって、褒章が出ないだけの話なんだから、そんなものなくたって」
「あぁ、ちょっといいかな?」
「……何?」
「率直に言おう、お前が魔物に殺されたところで俺は何とも思わない」
パティが顔をこちらに向ける、その目には僅かに涙が滲んでいた。
「パトリシア……お前は誰かに言われて魔物と戦おうと思ったのか? 親に枕元に立たれてそう言われたか? 周囲の人達にそうするのが子の務めと言われたか? ミュレーに反対されて依怙地になってるだけか?」
「違うわっ!! 私が!!」
「そうだ……お前が選んだんだ。例えお前の選んだ道が歪み大きく、苦しく辛い道のりだったとしても、お前が自分自身の意志で選んだ選択だ……ならばお前が志半ばに斃れたとしても、俺はお前を憐れだとは決して思わない。立派な最後だったと見送ってやる」
「!?……タウ」
お前が今もっている意志は誰だって持っているものなんだ。
だが、大抵の人間はそれを曲げてしまう。諦めてしまう。
そうだ、お前は立派だよパトリシア、この俺が嫉妬するほどに。
「すまん年上ってだけで妙に偉そうな事を言ったな。忘れてくれ」
「……嫌よ」
(ん?)
「絶対に忘れてあげない」
雨に濡れた野良猫はそう言うなり、俺に背を向けて歩き出した。
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