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邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
最終章 新大陸デロール編
74/83

対岸に佇む者

―――――



 荒涼とした大地に吹き付ける風が朽ち果てた軍事施設の空洞に吹き込み、咆哮にも似た音が低く鳴り響いている。

 周辺ではミュータントの子供達が元気に飛び跳ね、眩しい笑顔のメアもその輪の中に混ざり走り回っている。


 そしてその様子を瓦礫に腰を下ろし優しい微笑を湛えながら、遠巻きに見つめる一人の少女がいた。


「ダリア、随分と嬉しそうですね?」


「はい、とても素敵だなって思ったんです」


 彼女の視線の先には犬猫の姿をした獣人や子供の目には恐ろしげな姿に見える亜人まで差別することなく、互いに手を取り合い仲良く遊んでいた。

 俺はダリアの顔へ視線を移すと彼女もこちらを向いていたようで、互いの視線を交差する。


 俺は思わず慌てて視線を逸らすと、ダリアの口からは笑い声が漏れた。

 人種どころか姿形でも差別されない世界。


 それは一度文明が崩壊したこの世界だからこそ得られた景色なのかもしれない。

 マーシアンである彼女もまた……


「火星のお話が聞きたいです」


「良いですよ。 私の知る限りでは火星の植民は始まったばかりの頃でした。何でも彗星の直撃で大規模な環境変動が起こったとか」


 俺は彼女に火星の所有権を巡った争いであった。

 宇宙戦争の事は伏せて、知る限りの事を答えた。

 戦争は地球圏が敗れ地球と火星間では不干渉が認められる事になった。

 最も宇宙法に則って彼等は火星を所有する事もなかったのだが。


 月を地球に落とす作戦が実行寸前までいったと聞き及んでいる。

 地球は宇宙空間内の戦闘を大気圏内と同質の物と考えて、宇宙戦闘機や宇宙戦艦を大量配備した。

 だが宇宙空間は二次元ではない三次元戦闘だ、上下左右360度から襲ってくる火星軍に手も足も出なかった。


 結果的に膨大な資源を宇宙空間に雲散霧消させてしまった地球側はこの宇宙戦争によって莫大な損失を抱え、結果としてその損失補填を参加国の庶民に押し付ける形となったのだ。


「火星のどこに人が住んでるんですか?」


「極冠と呼ばれる自転の頂点です」


 極冠に存在する二酸化炭素と水を取り出して、それを閉鎖系として閉塞居住区に循環させる事でほぼ100%に近い形での資源サイクルを利用することが出来る。 


 とはいえ、資源の量では地球に敵う物ではない。

 それでも火星側が勝利できたのはテクノロジーの力だ。


 仮に俺とこの世界の住人がまともにやりあえば、共和国どころか全人類が束になったところで俺一人に敵わないだろう。

 こちらには人類を何度も滅ぼせる量の純粋水爆がまだ残っている。

 もしそれが俺の“兄弟”達の手に渡ったとしたら? もしその者が心無い者だったなら?


(過去の歴史の過ちは過去の者の手で清算する)


「何だか私の悩みなんてちっぽけな物に思えます」


「そんな事はありませんよ、ここだって未知の大陸でしょう? 観光名所と同じで実際に行ってみれば“あぁこんなものか”で終わりです」


「タウは火星に行った事が?」


「2度ほど行きましたね。 途中で落とされましたが」


 正直嫌な思い出しかない、UAV(Unmanned Aerial Vehicle)やEVC(Extra Vehicular Combat Unit)の操縦技術にはかなりの自信があったが、火星軍機には手も足も出なかったからな。

 テクノロジーのサポートがなければ俺は凡人未満でしかない。


 この話題は過去の記憶が蘇ってくるから精神衛生上あまり良くはないな、切り上げて他の話題を……


「ダリアは何か悩み事でも?」


「私の悩みはずっと同じ、人間は何故自由を捨ててしまえるのか?」


(また随分と哲学的な問いだな)


「人はこの子達のように誰とでも仲良くなれる機会があるのにそれを捨ててしまう。何故なんでしょうか?」


 それの答えに関しては決まりきっている事だ。


 人間は何処までいっても動物でしかない。

 そして動物としての本能に抗う事が出来ない。


 人類の蛮性とテクノロジーが組み合わさった時、其処には必ず悲劇が生まれる。


「人間は自分の意思で“自由”を捨てるんです。マズローの欲求段階については?」


「以前、習いました」


「人間は衣・食・住といった、低次欲求を満たす事でより生産的な高次欲求に目を向けるようになる。ですが大多数の人間はこのコミュニティのように今を生きるだけで精一杯なんです」


 そしてそういった中では個人の意見は封殺されて全体主義的思想を帯びるようになる。

 それは人類の社会的本能等ではない。

 パンが足りなければ得られる者と得られない者に分かれる。

 その為の理由付けとして自由の涼奪が行われるのだ。


「理由付け?」


「王侯貴族であったり、独裁政権であったり、云わば特権階級と呼ばれる物ですね」


「それには正当性があるんですか」


「ははは、ある訳ないですよ。人権は産まれもって誰もが持ち得る“自然権”ですから。国家から授かる物ではなくて最初からあるんです」


 俺がダリアの言葉を笑い飛ばすと彼女は眼を瞬かせながら頭を傾け、考え込む様子を見せていた。 自分で言っててなんだがかなり矛盾している。


 簡単に言えばこうだ。

 全人類の生存権の確保は出来ない。

 そして資源を足す前向きな努力よりも人口を引く後ろ向きの努力の方が簡単だ。

 一言でいえばそれは人類の知性の敗北。


「ヤミンでは貴族しか天国に往けないと聞きました。タウが本当に天使なら、天国はありますか?」


「だから私は天使ではないと……まぁ、天国ならありますよ」


「本当に!?」


「皆が良い子になれば其処は天国、悪い子になれば其処は地獄です」


 俺の言葉に不満が残ったのか、ダリアは表情を変えることなく頬を膨らませて子供達への方へと向き直った。

 子供達は装輪装甲車を遊具代わりに遊んでいる。

 でもこう言う以外にはないんだよなぁ、今のこの地球を見て天国などと言える者など居ないだろう。


 人類は自らの意思で地獄に堕ちる事を選択したのだ。


「お父さんは天国に往けたのかな?」


「神は見ている。人間の心の内にある心の窓から、こちら側の世界を……」


「……」


「誰からも裁かれなければ悪事にはならないと考える者も居る。自分で手を下さなければ悪事にはならないと考える者も居る。だが誤魔化しようもなく――自分自身の眼がそれらを見つめている」


 俺は今でも覚えている。戦場で殺めてきた幾つもの無辜の命を、きっと俺には天国への扉は閉ざされたまま決して開く事はない。


 ――俺は君とは決して交わる事のない。

 このどうしようもなく広大な川の“対岸”にいる人間なんだ。 


「君のお父さんは自らの良心の声に従い、君を救った。そんな人が地獄に堕ちる筈がない、天使と呼ばれた私が保証します」


「ありがとうございます、タウ」


 傾いた日の光が瓦礫に沿って広がり、後光を浴びた彼女の姿が浮かび上がる。

 そう笑う彼女の姿を見て俺はまるで彼女が天使にみえたかのような錯覚を覚えた。


 ……やがて決戦の時が近付いてきた、こうなってくると慣れているぶん切り替えは早い物だ。


 俺達は地下にある列車の発着場へと集合する。

 列車を一両先行させて安全を確かめた後にもう一つの列車を走らせ、デトロイトの手前で途中下車、残りは装輪装甲車で向かう手筈だ。

 結構な長旅になる。


 パティはドワーフ達の製作した板金鎧を強化外骨格に貼り付けた特別製のエグゾスケルトンを身につけている。

 脊椎の電気信号を経由するスピナルコントロールが使用できないので若干反応は遅れるが、パティの能力であればさしたる問題にはならない。


「重さが全然ないのね……ホラホラッ!」


「自重は変わっていますから、気をつけてください。転倒しただけでも大怪我になりますよ」


 総重量が数10kgはあるプレートアーマーを着込んだパティが無用に飛び跳ねるので、注意を促す、実際手を着いただけで骨折してしまう恐れがあるからな。

 彼女の兜のバイザーを下げると視界を失ったせいか両手を前に出しながら、困惑の声を上げ周囲をうろうろし始める。


「わにゃっ! み、見えないじゃない!」


「先程言った通りに電源を入れて下さい」


「あっ、見えた見えた! これがタウが言ってた“めにゅー”って言う文字?」


 兜の内部には光学ディスプレイが配置されていて、通常通りの視界が確保できるようになっている。

 表示に関しては俺の方から遠隔操作しておくか。

 俺も最初の頃は混乱してしまったからな、パティの装備確認が済んだ所で俺のエグゾスケルトンも運び込む。


 装備はありったけ搭載しておいたが、とりあえずはM-61バルカンをアセンブルした。

 一通り搭載が終了すると俺は仲間の元へ向き直る。


 其処には一人も悲壮な表情を浮かべる者は居らず。

 彼等はどこか俺の勝利を確信しているようにも見えた。


「それでは……」


 俺はそう言うと仲間達へと視線を移す。

 アーミテイジは懐から一丁の銃を抜き取ると掌で反転させ俺の元へと差し出す。

 黙ってそれを受け取るとアーミテイジは背後に向き直り上層へと消えていった……手渡されたのはベレッタM92F、良い銃だ。


「旦那、俺はお宅には返し切れないほど恩があるんだ……返し終るまでは死なないで下さいよ」


「私の取立ては少々厳しいですよ、サイモン」


「師匠、こういう時、何言っていいのか正直わからないけど。俺が変えていく未来には貴方もそこに居るんです……だから……」


「勿論、それを見る為に必ず戻ってきます、ジャック」


 サイモンは俺の返答に弱った様子を見せ、ジャックは何時か見たあの屈託のない笑顔を俺へと向けた。


「タウ様、私達の冒険の旅は……最後は必ずハッピーエンドです!」


「善処しましょう……リマの御両親へは今回の言い訳も考えねばならないですしね」


「タウ、私はまだ貴方に恨み言を言い足りないぐらいなの。分かってるわよね」


「ミュレー様、何卒お手柔らかに」


 リマは俺の言葉に頭を抱えて弱った様子を見せ、ミュレーの笑顔から迫る何とも言えない視線が俺に突き刺さる。


「ダリア、君の端末をこちらへ」


「はい……」


「……よし、戦略衛星のコントロール権を君の端末に移しておいた。恐らく俺と入れ違いに奴はここへと魔物を送り込む可能性がある」


「お任せください」


「もし俺が戻らなかった時は、君の判断に任せる」


 俺の言葉にダリアは俯くと普段は見せない笑顔で力強く頷いてくれた。

 これで俺が万が一敗れた場合でも奴に衛星の操作権限が渡る事はない。

 もし俺の向かう先にいる男が俺の知っている男と同一人物であれば……いや止めておこう。


「たうー! めあ……こいあえゆ」


「ん、何ですこれ? 飴ですか」


 フードディスペンサーから出したのかな?

 食欲魔神が他人の為におやつをあげるとは君も成長しているようで、ソウルブラザーとしても嬉しいよ。

 膝を曲げ彼女の目線に視線を降ろすとメアは腕を後手に組んで腰をくねらせ、何かを待っているようだ。


 俺は懐からチョコバーの残りを全部取り出すと交換でメアに差し出した。

 彼女は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回ると鼻息を荒くしながら新しく出来た友達の下へと、チョコバーを抱えて大急ぎで走り去っていった。


「さて、そろそろ行きますか」


「えぇ、行きましょう」


『コード確認、ミシガン州デトロイトへ直通です。各兵員は装備の安全装置を再度確認の上……再度』


 仲間達と別れ車内に乗り込むと列車内にアナウンスが鳴り響き列車が走り出す。


 アナウンスの途中に不規則なノイズが走り、俺達はスピーカーへと注目する。

 随分と長く感じた沈黙の後に聞き覚えのある声が俺の耳に入った。


『よぉ、フィロソファーようやくここまで来たようだな。聖アグネス教会にてお前を待つ……遅れるなよ』


「えっ!? こ、この声は!?」


(あぁ、遅れはしないさ)


 どうやら奴も俺との決着をお望みらしい、シチュエーションには拘りのある男だからな。

 奴の趣味に付き合ってやる必要もないが……パティが慌てた様子で俺の方へ向き直ると俺の口から言葉が出るのを待っている。


「タウ……今の声は一体」


 ――今更説明するまでもない、奴に会えば否が応にも解るのだから。



―――――

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