アイ・ラブ・ニューヨーク
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拝啓、共和国に残された方々へ。
今私は新大陸デロールにあります牢屋に投獄されています、何故このような事態になったのか?
少々相互の言葉の行き違いがあったと言いますかALW-300等という魔物のラスボスが船に乗ってやってくれば、警戒されるのは当然といいますか。
(まぁ、それは良いとしてもだ)
「何故私だけ投獄対象なのでしょうか?」
「そりゃ旦那の日頃の行いって奴じゃないっすか? ひひひ」
ちゃっかり付いて来たサイモン君の言葉に、ジャックも苦笑いで返すしかなかった。
おのれサイモン君、こちらの自由が利かないと思って強気だな。
サイモンは外交官の護衛として部下を数人引き連れてジャックは自警団をユーグ団長に任せ。 ルース君に頼み込んで乗船してきたようだ。
まぁ、新しい文化圏への旅ともなれば元老院からも、それなりの用意があって当然だな。
ともあれ、この檻から出られなければ話にならない。
鉄格子を分解して出れば良いだけなんだが、それには少しばかり問題がある。
「よぉ、バケモン。お前タバコはやるのか?」
「よせって、アーミテイジ。また営巣送りになるぜ」
(見た所、かなりのベテランのようだが)
腕周りが丸太ほどもある筋肉質の男が、ジャーヘッドに刈り上げた頭髪を撫で上げ。
俺が檻から逃げ出さないよう見張っている。
所持している銃器はM-14自動小銃にM1911が一丁ずつ。
アメリカ合衆国には民間に三億丁の銃が流通しているから現存していて当たり前か。
軍事施設の端末から得られた衛星映像から夜間に照らし出される光源などを参照して、人類の生活圏を割り出した。
民間人が銃を保有している国は生存者が多く、逆に規制されている国は少ない。
民衆が反撃の手段を持っていないのだから、当然の話だが。
格闘戦を仕掛けてくる程度の戦力しかない魔物など問題にはならないということだ。
しかしながら、銃弾は無限にはない。
そういった事もあって、ここニューヨークでは2000以上ある橋やトンネルを封鎖して最低限の文明を辛うじて防衛する事に専念しているようだ。
「同僚のよしみで見逃しては貰えませんか?」
「グッドマン、コイツの顔知ってるか?」
「海兵隊にゃ長いこと居るが、こんな奴知らねぇーな」
「さっきから普通に会話してるみたいですけど、師匠ってデロールに居たんですか?」
ジャック君は余計な言質を与えないように……おっとそうだ。
こういう時の為にアレがあるのだった。
俺は首に掛けていたドックタグを外すとアーミテイジと呼ばれていた兵士へと手渡す。
彼はタグを訝しげに観察していたが鼻で煙草の煙を吹きながら、俺にタグを返却した。
「変わった名前だな、それでタウとか言ったか? お前は一体何が目的でここまで来たんだ?」
「オガララ帯水層に野暮用がありまして……」
「オガ? 何だって?」
「オガララ帯水層だよ、アーミテイジ。ジャパンとかいう国の国土面積に等しい地下水量を持つ、大陸西側にある世界一の帯水層さ」
グッドマンの方が話が分かるようだ、まぁこの環境では知らないのも無理もない。
地下鉄道や地下シェルターで核攻撃が防げたとはいえ、アスファルトは放射線の影響かスポンジのようにボロボロに崩れほとんど原形を留めていない。
かくいうこの部屋も部屋と言うにもおこがましいほど荒れていて、地面のアスファルトは捲りあがり地面が表出している。
その上鉄格子も完全にサビを吹き、力を入れて鉄格子に軽い蹴りを入れるだけでボキボキと折れる有様だ。
「態々、水なんかを探しに海を渡ってきたってのか? だが大陸の西側へはいけないぜ。オマエのお仲間がミュータントを引き連れて通せんぼしてるお陰でな」
「いやいや、今のこの世界じゃ水ってのは貴重だぜ。なんせ……」
「アーミテイジ、居るか!?」
グッドマンの言葉を遮るように入り口から上官らしき男が現れると両名はけだるそうに立ち上がりながら、気の抜けた敬礼を行った。
上官はその様子を見て軽く舌打ちをすると、俺を牢から出すように命令して碌に説明もないまま返す足で部屋を出て行った。
「釈放おめっとさん。船の検分も済んだようだから自由にしても構わんぜ」
「やれやれ、ようやく自由になれた」
「あぁ“自由の国”へようこそ」
……屋外の荒野へと歩き出す。
空を埋め尽くさんと聳え立っていた高層ビルは水爆で吹き飛んだのか、見る影もない。
銃は現存しているのにも関わらず文明らしい文明も残っていないようだな。
共和国よりましなのは市民の武装ぐらいだろうか。
それすらも砂に埋まった物や地下施設に現存していた物を盗掘して揃えた物らしい。
魔物……ここではミュータントと呼ばれるそうだが。
定期的に集団を形成して攻め寄ってくる為に小規模のコミュニティですらも、形成するのは難しいそうだ。
「アーミテイジ伍長、少しよろしいですか?」
「んぁ? そういう堅苦しいのはナシにしようぜ」
「あぁ、では現状を把握しておきたい。彼我戦力差はどうなっている?」
「こちらが全滅寸前だな。オマエさん等が物資を満載して来てくれた事に関しては感謝している。正直言って食料も銃弾もカラッケツでな」
やがて眼前にスタジアムを改造した砦が姿を現す、この辺りは衛星でも見えていた。
綺麗に残っていた訳じゃなく補修を重ねて建て直したのか。
どうやら車両もほとんど残されていないのか蒸気船から降ろされた積荷を運び出す列が、地平線まで続いている。
スタジアム内に入ると内部は屋根がないまま空洞になっていた。
ミュータントの侵入を防ぐためかかなり内部は入り組んでいるようだ。
あちこちに案内と思われる記号がペンキで直接壁に書かれている。
随分とまた大雑把な管理をしているんだな、居住用ではないからか?
受付に到着すると女兵士に何事かを捲くし立てているパティが視界に入った。
共和国で言う交易共通語、所謂英国英語は通じるのだが長年の交流途絶によって訛りが発生しているようで、単純な単語が辛うじて聞き取れる程度でしかない。
「だ・か・ら! タウを釈放しなさいって言ってるの!」
「ぶらだー、ぶらだー」
「あ、貴方達のお兄さんはもう少しで来るから待っててね。アーミテイジ! 早く来て!」
(どうやら平常運転のようだな)
メアの言葉だけ通じてるっぽい。
俺達が受付内に入るとパティはこちらの姿に気付いたのか、俺の元に駆け寄りながら飛びついた。
アーミテイジは俺を茶化すように口笛を吹くとメアの存在に気付き、顔をじろじろと観察した後に慌てた様子で口を開く。
「おいおい、ナイトメアまで連れ歩いてんのか?」
「ナイトメアとは?」
「オマエのALW-300が司令官とするなら、ALW-100ナイトメアは指揮官だ。魔物に命令を下して操るのさ」
「ちょっと! メアまで捕まえる気!?」
(ALW-100がベースと言うことか?)
パティが眉間に皺を寄せながらメアを抱えて庇うとメアはアーミテイジの咥えている煙草が気になるのか、身を乗り出して腕を伸ばす。
その様子を見ていた彼は呆れた様子で深い溜息をつき、女兵士の元へ歩き寄ると何事か話を始めた。
ようやく解放された俺達は待っていたギルドメンバー達と合流、宛がわれた個室へとそれぞれ通される。
ロッカールームを改造したような部屋で安っぽいベンチがベッド代わりに置かれている。
集団で大部屋に収監すると拙いと考えたのか?
あまり歓迎はされていないようだな、パティは喜んでるけど。
「ミュレー、そちらの動向はどうでしたか?」
「貿易用に積んできた積荷には眼もくれず。持ち込んだ武器だけは全部取られてしまったみたい」
「ダリアの様子が見えませんが……」
「まーしあん? だとか何とか騒がれて別室で尋問を受けてるわ。今から迎えに行くところだけど……」
本当に火星人だったのか虹彩が赤いのは、デザイナーベビー由縁か。
廊下を歩き尋問室から部屋の中を覗くとシュレディンガー音頭を踊るダリアがいた。
その踊りを困惑しながら眺め、調書を取っている兵士が頭を両手で抱えている。
うむ、こっちは問題しかないようだな。
ミュレーと顔を合わせ互いに苦笑いすると個室へ帰る途中、メアに近付く兵士を唸り声を上げながら威嚇するリマの姿が見えた。
(段々不安になってきたぞ……)
「ミュレーは部屋で待機しておくよう、皆に伝えておいて下さい」
「え、えぇ、頑張ってみる」
力なく答えるミュレーと分かれ再び玄関口へと歩き出す。
アーミテイジは何処だ? 丁度視界に入ったジャックとサイモンに聞いてみるか。
「ジャック、アーミテイジ伍長は何処へ行かれたか分かりますか?」
「アーミテイジ? あのマッチョなら右の通路を歩いていきましたよ」
「旦那ぁ、連中に軍の備品返して貰えるように頼んで下さいよ。銃とかいうので倒せるんなら、剣だの槍だのいらねぇっしょ?」
むしろ原始的な武器が有効なんだよなぁ、すまないサイモン君。
ジャックの言う通りに右の通路を歩いていくとどうやら食堂へと出たようだ。
アーミテイジがこちらの姿を見つけると手招きをして俺を呼び込み椅子へと座らされる。
はてさて何とか説得しないとな。
「アーミテイジ、頼みがあるんだが……」
「人間に頭を下げてか? んなことしなくても戦略衛星や無人機を使って、脅しでもかければいいんじゃねぇか?」
「そんなことはしない。君達に理性があるならば」
「……俺達はALW-300と何度も殺りあってる。だが全く歯が立たず。犠牲が出るのはコッチ側ばかり、倒すドコロかヤツに近付くことすら出来ない有様だ」
食堂の周囲をゆっくりと見渡すと食堂に居るのに似つかわしくない銃を持った男達が、こちらの動静を見張っている。
どうやら買収や賄賂でどうこうできる相手ではなさそうだな。
いっそのこと脅しでいくのもいいアイデアか? いや、こちらには人質が居る。
弱ったな……手詰まりになってしまったぞ。
(もっと友好的にいってみるか)
「そのALW-300は俺が始末をつけよう、それなら……」
「オマエがヤツと組んで、余計に手がつけられなくなる事態が絶対に起こらないという確証はあるのか?」
「確証……確証か……」
そんな物があるならば苦労はしない、ALW-300との戦闘で仲間を失っているのか。
これはもう説得は無理そうだ……俺は手を顎に当て考え込んでいると背後から剣呑な殺気が流れ込んでくる。
射手に狙われているのか? いやこの殺気には身に覚えがある。
「タウ、ちょおっといいかしら? “ドラムカン”について話したい事があるの」
(ノォォォッ!?)
「あっ! 急用を思い出しました。パティその件に関しては後で……」
俺が椅子から立ち上がろうとするとパティが背後からの飛びつきチョークスリーパーが決まる。
俺はその場で仰け反ると技を外そうともがくが中々はずれない。
「済ます訳ないでしょっ! この私のドコがドラムカンなのよっ!」
「それはもう語るまでもないと……」
「ふぎぃぃぃっ! 語るまでもなくて悪かったわねッ! これでもこないだ0.6cm大きくなったんだから!」
(何も小数点まで……)
しかし油断したなパティ、この俺のCQCテクニックを駆使すればこの程度のホールド解除するのは容易い。
こうやって両手を絞められた首の隙間に差し込み……あれ……両手が動かない。
視線を下げるとアーミテイジが笑いながら俺の両腕をロックしていた。
「アーミテイジッ! いやもう本当に、この人本気だから、本当にッ!」
「ワハハッ! タウよぉ、理性があるなら、コンくらいは我慢出来ねぇと」
「んに゛ゃぁぁぁっ!!」
その後、俺はメアにご飯を食べさせようと食堂にやってきたリマに救出され。
間一髪の所で一命を取り留めたのであった。
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