ビジネスパートナー
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教会の厨房。テーブルの上に鎮座する重炭酸ソーダ石、問題はこの石をどうやって精製にするかだ。
俺は顎に手を当てメニューを開くと、今まで手をつけていなかった検索欄に精製の検索語句を入力し絞り込む。
(操作……何の操作だ)
石を手で掴み、念じるとさらさらと粉を吹いたように粉末化していく。
なるほど、原理は良くわからんが実に俺向きの能力だな。
強力粉に酵母を混ぜ醗酵させてある種にこの粉末“重曹”を足し。
型枠に布を敷きバターを塗るとパン種を置き釜の中へと放り込む。
(ちょっと多すぎたかな? まぁ見た目にわかりやすい方がいいだろう)
数時間後釜から取り出したパンは現代で食べていたそれとまるで変わらない見た目となっていた。
早速布を引き焼き立てのパンを取り出すとパトリシア達が待つ食堂へと運んだ。
食堂では頬杖をついてふてくされているパトリシア、そしてルースとこの教会の修道女の方が座っていた。
「タウ遅いよ! って何それ!?」
「まぁ!?」
テーブルの上にパンが置かれるとパトリシアが恐る恐る指で突付くと、パンに指がゆっくりと沈み込むと湯気が噴き出した。
「や、柔らかい!? いやパンは普通柔らかいけども……」
「はぁっ!? このパンに俺が売ってたあの石が入ってるんですか?」
「えっ石!? えっ?」
各々がパンを千切り口に含むと驚嘆の声が上がる。
俺も椅子に座りご随伴に預かると、パンを一口大に千切り口に含む。
味も悪くない……成功だな。
「石をそのまま入れてる訳ではないですよ。こうして粉末状に精製した重曹というんですが、これを足すと重曹のスプーン1杯でパン種が倍に膨らむんです」
「パンが倍に……」
「こんなパン私食べた事ないよ、あっ!」
パトリシアが思い出したようにナップサックを開きアケビジャムの入った瓶を取り出すと、たっぷりとパンにつけ口一杯に頬張った。
「お、おいしい!!」
「それはなんですか?」
「これはアケビのジャムっていうの、ルースさんもどうぞ」
あのパトリシアがルースにアケビのジャムを分け与えている。
明日は豪雨が降るな……。
もう一人の修道女は黙々とパンを啄ばんでいる、無言で。
「御免ねルースさん、さっきは失礼な事言っちゃって……このパンはきっと黄金より価値があるよ!」
(その台詞良いな、パトリシアの癖に)
「でも、俺はあの石にそんな使い道があるなんて知らなかったし……全部タウさんが」
「いえいえ、これはルースさんが居なければ作れなかったパンですから」
黙々とパンを啄ばんでいた修道女の方が、ごくりと飲み込むとルースに向かって語りかける。
「この石はまだ在庫はあるのでしょうか?」
「あっと、残念ながら今手持ちは……でも採掘した場所からまた仕入れれば」
「1kg30銅貨で宜しいですか?」
「こ、この石は1kgだと仕入れ値は5銅貨くらいで……」
やはり客商売に向いてない人だな、だが重曹はパン以外にも使い道がある。
余り最初の価格単価が高くしても普及する障害になるかもしれない。
「粉末状に加工するのに少々手間がかかりますから銅貨10枚以上はかかるのでは?」
「えぇ、それでは1kgを20銅貨で重曹100kgお願いしますね」
「へっ? 100㎏ですか!?」
銀貨10枚の儲けか、小口の取引としてはまぁまぁかな。
精製するのに若干研究を要するが何とかなるだろう。
「横からすいません……えーとお名前は」
「はい申し送れました、この修道院でシスターをやっていますマリアです」
「マリアさん、確かに重曹は取り置きが可能ですが、他の場所にも納品する事と思いますので月に使う量だけ仕入れた方が良いと思いますよ」
「そうです、月々の採掘量も限られていますので余り大量に御用意はできません」
ルースが俺の言葉にあわせるようにのってくる、この商品は幾らでも必要になる。
そして重曹は石だ。大量に放出していればあっという間に広まって大商人達に独占されてしまうだろう。
だったら安い内に買い占めてしまえば、将来他業種に追いやられたとしても最低限の利益は確保できる。
(ルース……やはり君には客商売の才能はないが、経営者としての才能がある)
「ではそのようにお願いします」
「はい、ではまたそのときにお伺いしますね、ルースの雑貨店をこれからも御贔屓に!」
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