邪神覚醒
―――――
崖下に見える無人の荒野。
N-133フィールド 早期警戒衛星の監視情報を利用して、各地の軍事施設の位置情報の把握に成功した。
だが、遺跡の軍事施設で得られたコントロール権は欧州の一部のみしか観測することが出来ない。
俺はかつての連合軍が展開していた秘密地下施設を目指して、ようやくここまで辿り着くことが出来た。
傍らでタブレットを操作し表示されるデータをパティ達が覗き込んでいる。
ウェアラブル端末を持たせても良かったが、格闘戦の邪魔だからな。
「ここ一帯に魔物が1103体もいるみたいね」
「凄い数です、流石にこれはちょっと……」
「索敵範囲が広いからそう感じるだけです。薄い場所から侵入しましょう」
メンバーはコスチュームに3Dキャスターで鋳造したセラミックアーマーに装備を切り替え、各々が得意とする銃器を選択し装備している。
かくいう俺はエグゾスケルトン“HERO”に今回は個人携行可能な小型ミサイル“ワスプ”APFSDS弾を発射可能な無反動砲を選択。
大型の魔物がそれなりに居るようなので火力重視のアセンブルを組んだ。
「では、私が先行しますので左右の敵に集中してください」
「そんなブリキの兵隊みたいなカッコで大丈夫?」
(酷い言われ様だ)
斜面を滑り降り視界に前方700m先に存在する、36体の魔物の姿を捉える。
風速入力完了・経緯度座標入力完了・対角線観測・軸合わせ・FCS入力・ロックオン・シグナルグリーン。
「発射」
10㎜チェーンガンが轟音を立てて弾丸を射出すると、弾丸はあらぬ方向へと飛んで消えていった。
リマが頭の上に?を浮かべてこちらの様子を窺ってくる。
唯一ミュレーの視覚だけがその射撃の意味を理解した様子で口を開く。
「この距離から当てるなんて!?」
「え、当たってるんですか?」
「本当だわ……探知信号から近くの魔物が消えてる。なんというか反則じゃないの、これ?」
ロボットアニメじゃないんですからいちいち有視界戦闘なんてしませんよ。
こいつには衛星からリアルタイムで送信される索敵情報とCPUによる射撃管制によって、1000m先のラッキーストライクのド真ん中だって撃ち抜ける性能がある。
何もない荒野を駆け足で歩きながら先を急ぐ。
おっと、超大型の魔物が居るな。
種類は分からないが、すかさずワスプミサイルの信管を作動させ発射する。
GPSの中間誘導と赤外線終末誘導により、ミサイルは奴の頭を吹き飛ばすだろう。
(無論ここからは全く見えません)
「……敵が全然来ない」
「左右の敵に集中って、死体が転がってるだけじゃない。 ねぇミュレー?」
「えっ何?」
パティが背後で不満を漏らしながら突いてくる音と共に、ミュレーのスナイパーライフルの銃声が轟いた。
銃声を聞きつけ集結していた両翼から接近する魔物達の反応が一つ一つ消滅する。
「いいえ、何でもないわ」
「目標地点まで、後1.6kmです」
ようやく辿り着いた先には入り口が完全に崩れ倒壊したシェルターが佇んでいた。
だがシャッターはまだ無事だ。
メニュー表示、外部接続、シャッターOFF。
粉塵を上げて瓦礫が地面へと吸い込まれていく。
どうやら空洞内に落ちたようだ。
地下施設内に足を踏み入れると電源は完全に停止している、どこかに予備電源がある筈だが。
「施設内まで魔物の反応があるわよ? 大丈夫なの?」
「まず光源を探しましょう、リマ?」
「タウ様、右折した先に生きている端末があります」
先程から何処からともなく呼吸音が聞こえてくる。
何処かから侵入したのか、それとも内部から逃げ出したのか。
施設は電力を節約する為にスリープモードに入っているだけだろう。
端末を操作すれば再起動する筈だ。
「私の装備では跳弾して危険です。パティとダリアのツーマンセルで先行して下さい」
「オッケー、行くわよダリア」
「了解しました」
両者はMH-1を構え双方の視界をカバーしながら、先へと進んでいく。
即席でも案外様になってるな。
特に問題もなく端末へと到着すると情報をダウンロードし施設内の照明に火を入れる。
たちまち周囲からは魔物の叫び声が上がり、リマが怯えた様子で俺の背中へと隠れた。
「何だか薄気味悪いわ、さっさと用事を済ませてよね」
「エグゾスケルトンから降着するので適当な部屋をクリアリングして貰えますか?」
「はい」
俺が一室のドアを開くとがらんどうの部屋が目の前に広がっていた。
本当に何もないな、いや、何もないというのはおかしくはないか?
俺は機体の拘束を取り外すと脊椎からスピナルコントロールシステムのピンを引き抜く、抜き差しすると痛いから嫌いなんだよなこれ。
バックパックに格納していた、MH-1とリボルバー。
ハンバーガーの入った紙袋を取り出すと皆に配分して軽い朝食を取る。
「ここまでは順調ね」
「いえ、少しばかり違和感があります……」
「私もわかります、魔物の臭いに混じって人間の臭いがするんです」
ん? そういう意味で言ったわけじゃないんだが、リマの嗅覚に間違いはない。
とはいえシェルター内に生き残りが居るとも思えんが。
俺達はハンバーガーをジュースで流し込むと足早にエレベーターに向かう。
まだ魔物とは遭遇していない、声はすれども姿は見えずか……。
「壁際に寄ってください、ドアの前に立たないように……」
「にゃっ!?」
階下に到着したエレベーターのドアが開くと同時に魔物が雪崩れ込んでくる。
打ち鳴らされる銃声。
リマが腰溜めに構えたショットガンを発射すると魔物は吹き飛ばされるように仰け反り、積み重なるように息絶えた。
「アナライズにも反応がない、こいつは一体?」
「おぇーッ! 凄い臭い! 討伐で慣れてる私でもキッツイわよ、コレ」
「タウ様、MAP情報によるとこのまま、まっすぐ進んだ通路の中央です」
死骸を確認すると、かなり人間に近い姿をしている。
しかし体表は干からびていて眼球は白く濁っており黒目がない。
何処となくゴブリンに似ているな。
便宜上ゾンビとでも呼んでおくか、見た目がそのものだし。
「タウ、リボルバーは使わないの? 脳死? とかいうので倒せるんでしょ」
「バッテリー1つで99回しか撃てないんです。出来るならば節約したい」
正確には人間の体内に潜り込んでいるナノマシンに指令を与えて脳神経の働きを阻害させる武器だ。
人間の脳機能障害・一時的な仮死状態・脳死等の症状を引き起こす。
海水を透過しない事から考えて放射しているのは指向性の電磁波。
つまるところ、この世界の人間は誰かしら自己増殖型のナノマシンに感染しているのだ。
ジャック君のような“インテンション”を使っていない人間でも身体能力が少しばかりおかしかったからな。
「それでは入りましょう。ダリア、フラッシュパン」
「ふぁいあ・いん・ざ・ほー」
ダリアの気の抜けた声と共に部屋の中に投げ込まれた閃光弾が炸裂すると、魔物の叫び声とは思えない音が返ってきた。
「!?」
「パティ、今の声は誰?」
「部屋の中から聞こえてきました!」
俺は慌ててハンドサインで彼女達を制止すると、MH-1を構え部屋に突入した。
薄暗いな……よく見えない。
ガンライトを着け、部屋の四方を確認し耳を澄ませながら呼吸音を拾う。
「はぁ……はぁ……」
「誰かいるのか!?」
「うきゅ!」
唐突に横殴りから衝撃が伝わってくる。
不意打ちか? この俺にグラウンド勝負を仕掛けるとは愚かな。
すかさず足を切りタックルを停止させるとダガーナイフを手に取り覆い被さる。
抵抗が弱いな?
「タウ! ちょっと止めて! 止めて!」
パティの制止の声が耳に届くと俺はその場で立ち上がる。
そこに居たのは……M字開脚で涙目になって怯えている全裸の少女だった。
ラッキースケベ要員なら間に合ってるぞ。
……年の頃は3・4歳下ぐらいだろうか?
我等が女性陣に捕まってしまうとは可哀想にミュレー様がはちきれんばかりの笑顔で、彼女の腰まで伸びた金色の髪を梳いている。
しかし彼女の目の虹彩が気になる、というのも先程のゾンビと同じように虹彩が青白く瞳孔の黒だけが浮かび上がっている。
更に言えば先程からアナライズで識別が出来ない……状況証拠から考えれば十中八九魔物であることに疑いようはないが、こちらに向けて敵意を示すことはない。
今もパティの差し出すジャムで餌付けされている。
あっ瓶に手を突っ込んで……あぁ、水筒の水を口からボロボロ零して。
「ねーねータウ、この子連れてっても構わない?」
「そんなこと言って結局面倒を見るのは私なんですからね。元の場所に戻してきなさい」
「元の場所って……こんな所においてく気? この薄情者!」
(遺憾。つい条件反射で答えてしまった)
「たーうー」
件の少女はジャムの付いたベタベタの手で俺の体にしがみついて来た。
インプリンティング?
―――――




