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邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第八章 アナン開拓村編
49/83

帰ってきたイケメン

―――――



 春の息吹を感じるようになった5月末日。

 俺は教会の前で件の来客が現れるのを待っていた。


 帝国領からの使いの馬車が到着するとジャックがこちらの姿を捉え、爽やかな笑顔で笑いかけた。 今からこの青年に酷い仕打ちをしなければならないかと思うと心が痛む。

 馬車が教会前で停車してジャックは颯爽と馬車から飛び降りた。


(すまないジャック……不甲斐ない俺を赦してくれ)


「お久しぶりです、師匠!」


「お変わりない様で何よりです、傷の具合の方は如何ですか?」


「へへっ、幸いヒビが入ってただけみたいで、今ではすっかり完治しましたよ。それより他のギルドメンバーの方は居ないんですか?」


 心配そうな表情を浮かべながらジャックは周囲を見渡す。

 そういえば“インテンション”についてまだ話をしていなかったな。

 俺が教会内に案内すると背後から隠れていた団員達の黄色い歓声が上がる。


 まぁ、イケメンだから盛り上がっちゃうよね。

 ジャックを応接室に通すとソファーに腰を降ろすように促す。


「幸い怪我の程度はそこまで酷くなかったようで皆元気です。それで屋根の騎士団の運営の方は?」


「余り芳しくはないですね。ユーグ団長に監察官の監視が四六時中ついていて自由が利かなくって……兌換紙幣の流通自体は上手くいったんですが、好戦派の貴族に目を付けられたようです」


(大方の予想通りか……)


 空白地への出発準備の最中帝国領から一つの書簡が届いた。

 その内容はユーグ氏から宛てられた物で外征が翌年まで持ち越された事を記す暗号文と、行き場を失ったジャックの面倒を見て貰えるよう口添えが書かれていた。

 確かにあの国で平民出身のジャックが他の騎士団へ渡りをつけるのは難しいだろうしな。


(屋根の騎士団での銀行業務の株式は一部を俺が握っている。有事の際の護衛とも取れるが……ユーグさんはひょうきんでも頭が回るからな)


「実は今日から空白地への外征に向かう手筈になっていまして到着早々悪いのですが暫くの間、自警団の指揮代行を執っては頂けませんか?」


「えっ!? 指揮代行って事は……それはつまり」


「えぇ、団長代行という事ですね」


 団長代行という言葉にジャックの腕に力が篭る、やる気満々ですね。

 乗ってくれるのは有り難いけど心が痛いよ。


 どんな魔物が潜んでいるのか分からない未知の空白地に殴りこむのであれば、ギルドのフルメンバーで向かう必要がある。 

 ましてや強化していない団員達を連れて行っても無用な犠牲が増えるだけだろう。

 哨戒任務につかせるにしても指揮を取る人物は必要だ。


(消去法でジャック君しか居ないんだよなぁ)


「でも、俺なんかに師匠が結成した。精強な団員達の指揮なんて出来るんでしょうか?」


「その点に関しては問題はないと思います。いや少し……多少……ちょっぴり問題はあるかもしれませんけど」


「いえ、やります! 俺にやらせて下さいッ!」


 ……呆けた顔で壇上に立ち尽くすジャック君の目前にはキャーキャーと声を上げる女性団員達が必死で手を振っている。

 アイドルコンサートの様相だが……れっきとした団長挨拶です。

 こちらへと顔を向けるジャックの視線から思わず目を逸らす。


「キャーッ! ジャック君こっち見てぇ!」


「あの……師匠、これ」


「おっと、もうこんな時間ですか……空白地へと向かう乗合馬車が出立してしまう。ジャック君、引継ぎの内容に関しては選抜射手の御二方から何なりと聞いてください」


「ちょっ!? 聞いてないですよ、こんな!!」


 うん、言ったら多分断られるだろうからね。

 すまないジャック、だが君の尊い犠牲は決して無駄にはしない事を誓おう……

 選抜射手の女性団員がジャックの両腕をしっかとホールドすると、ずるずると本部の方へと引き摺られていく。


(近しい友人を続けて2人も亡くしてしまうとはふっ、確かに俺は呪われた男なのかもしれないな……)


 しかし俺は過去を引き摺らない男だ。

 この苦い記憶もまた俺が未来を築く上での大きな糧となってくれることだろう。


 俺はその場から全力疾走で逃げ出すと街の東門広場へと辿り着く。

 周囲を見ると招集された自由民達が、ちらほらと散見される。


 自由民は共和国内で一定の保障を受けられる引き換えに召集された場合、兵役に就かねばならない義務がある。

 そして装備も軍から用意された物はなく自費で購入しなければならない。

 本職の兵士ではないから装備もちぐはぐだ。


「タウー! こっちこっち!」


「こちらの首尾は上々です。ジャック君も快く引き受けてくれました」


「こっちはてんでダメね、女だけで纏められて後方支援に回されちゃったわ。前線に出す気がないのに何で召集したのかしら?」


 そもそも今までの自警団での戦績が異常だった。

 百人隊が総出で当たっても犠牲者がでるような戦闘を犠牲者0を維持したまま勝ち続けていたからな。

 大方今回は我々に何もさせないつもりで召集をかけたのだろう。


 それに……先程からこちらに会話に耳を傾けている者も数名居るようだ。


(アナライズ)


 サイモン 21歳 ベラハー人 平民 99 まぁ、スパイなど送り込んだ所でアナライズにかけてしまえばバレバレな訳だが。

 しかし99か、殺人以外は大抵やってるってことなのか殺人幇助のような判断でこういう数値なのか、少しばかり判断に困るな。

 とはいえ銃が使えない今となっては死にステータスだが。


(軽く牽制でもしておくか)


「まぁ、サイモンさんの御迷惑にならないよう注意してくださいね」


「は? サイモンって誰よ?」


「タウ、パティ、私達の馬車はこっちよ」


 ダリアの引いた二頭立ての馬車が俺達の目の前で停止する。

 当然見られると困る物は全て取り外してある。


 バリスタ等の連射可能な大型兵器も今回は持ち込んでいない。

 見ただけでコピーされるような作りはしていないが万が一という事も有り得るからな。

 俺とパティが馬車に乗り込むと御者台のダリアが、馬に鞭を打ち走り出す。


「何だか久しぶりの冒険ですね。ワクワクします」


「空白地には街らしい街がないって聞くもの、旅行と呼ぶにも物足りないわ」


「そこが良い所なんですよ。前人未到の荒野に私達が第一歩を踏み出すんです」


(まぁ、昔は人が居たんですがね)


 興奮冷めやらぬリマを尻目にパティは落ち着きなく周囲を見渡すと、俺の対面に座り口を開いた。


「結局さっきの男なんだったの?」


「気付いてたんですか?」


「忙しなく人が行き交う中で私達の周りに張り付いてたんだから、嫌でも気付くわ。ひょっとして間者とか? 今回私達が後方に回されたのと関係あるの?」


「ありますね。恐らく共和国軍の密偵でしょう、仕官辺りの……その辺の事情は共和国も帝国も大差ないと言う事です」


 パティは深い溜息をつくと幌の間から流れる景色に目を移す。

 リマとミュレーは馬車に持ち込んだクッションを下に敷き雑談に勤しんでいる。

 馬車の車輪が石を跳ね除ける度に、床板の底からこつこつと叩く音が返ってくる。


「そんな暇があるのなら軍で毎日魔物討伐でもしてくれればいいのに……」


「馬車の出発順を確認しましたが軍が先行しているようですので、今回は楽できますよ。まぁ、旅行みたいなものだと思って楽しみましょう」


「タウがそういうこと言うと、いやーな予感しかしないわ」


 かくしてその予感は的中する。

 御者台の向こうから空に立ち上る煙が見えてくる。

 話し込んでいたリマやミュレーも立ち上がり、その表情に不安の色を滲ませる。

 広域アナライズでは前方で先行した軍隊と魔物達の戦闘が行われているのが把握できた。


 眼前のステータスから表示が瞬いては消える。

 戦闘が終わる頃には23人の兵士がリストから消えていた。

 気にするようなことじゃないTV越しに観る紛争地域のようなものだ。

 仮に急いだ所で間に合う距離ではなかった。


 そう自分に言い聞かせる。


「タウ? 何だか顔色が悪いようだけど大丈夫なの?」


「悪路に酔っただけですので御心配なく」


 ミュレーの声掛けに力なくそう返答すると先行の馬車が止まり、前方から慌しい喧騒が聞こえてくる。

 上空からグリフォン、正面からヘルハウンドが何頭か走ってくるな。

 それに加えてALW-008という個体……今までの例から言ってヘルハウンドの上位個体だろう。

 俺は手元のイジェクションスピアを手に取り、荷台から飛び降りる。


「ダリア、敵の姿は御者台から見えますか?」


「馬車正面11時方向からグリフォンが飛んできます」


「撃ち漏らしたのかしら? タウ私がやります」


 他のメンバーも馬車から降車すると。

 彼女はアーバレストにクォーレルを装填、上空のグリフォンに向かって狙いを定めた。

 ひょっとしてここから狙う気か? 目標まで200m以上あるんだが……と俺が考える内に矢は発射された。


 命中したのかすら分からないが上空でバランスを失い、きりもみ状態でグリフォンが墜落していくのが見える。

 流石にあの高度だと即死だな。


「この距離で良く見えますね?」


「目は前より良く見えるって言ったでしょう」


(……鷹の目という物か)


「ケ、ケルベロス!!」


 前方の馬車から馬の嘶きが響き渡ると馬車が宙を飛び、街道脇に投げ飛ばされる。

 馬を口に咥え咀嚼する巨大な獣……ケルベロス? 頭は3つないが口は3つあるな。


 ケルベロスはこちらに気付いたのか俺に向かって視線を向けた。

 訂正、目も6つある。


「リマは馬車の護衛! まず私が相手の出方を見ます!

 パティは隙を見たらトドメを!」


「オッケー!」


「ふぇ……この魔物、き、気持ち悪いです」

 

 リマの声が聞こえたのかどうかは定かではないが、ケルベロスはリマの護衛する馬車に向かって突進していく。


 馬肉にしか興味がないとは偏食家だな、だが様子見の一発。

 俺は敵の進行方向に割り込むとベクドコルバンで犬の横っ腹を打ち抜いた。

 ケルベロスは横転しながらもバランスを取り直して唸り声を上げる。


(自分から跳躍して威力を殺したか、バトル漫画みたいな犬だな……)


 俺が身構えているとケルベロスはサイドステップで軸を外し大きく迂回して馬車へと突進する。  馬車しか狙ってないのか?

 虚を突かれた俺は大慌てで体勢を立て直す。

 しかしこの位置では間に合わない。


「うーッ……わんッ!!」


 リマのハルバードが風を裂いてケルベロスの横っ面を引っ叩く。

 めしゃりと何かが割れるような音が聞こえた。


「チャーンス!」


 すかさずグロッキーになった敵を目掛けてパティが回転を加えた一撃でグラディウスを振るい、頭部を完全に破壊する。

 流石パティ汚い。


 頭を失ったケルベロスはよろよろとその場から2・3歩みを踏むと前のめりに倒れ込み、ようやく活動を停止した。


「あぁー! パティずるっこですよ!」


「リマもまだまだって事よ。一撃で頭を刎ね飛ばす一撃必倒の心構えでないと!」 


(未成年の少女がする会話ではないね)


 ヘルハウンドの反応も消えているな。

 まさか兵站を潰しに掛かって来るとは魔物もなかなかやるようだ。

 後ろの馬車に目を移すと怯えた様子でこちらの様子を窺っていた、間者と目が合う。 


 俺が手を振って愛想よく微笑むと彼は青褪めた表情で脱兎の如くその場から逃げ出したのだった。



―――――

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