えものがとれなくなった ねこのおはなし
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全くドコをほっつき歩いてるのかしら!? 私は街道を歩きあいつを探し回る。
目立つカッコしてるからすぐに見つかるとは思うんだけど……ってみつけたわ。
配給の列に盗賊みたいなノッポが1人、この男が私の恋人のタウ。
「ちょっとタウ! 何してるのよ、そんな所で」
「ご覧の通り、パンの配給に並んでいる所ですが?」
「ちゃんとお給金は支払ってるでしょ? やめなさいそんな真似!」
「いや、しかし無料ですし貰える物は貰っておこうかと……」
呆れた! タウったら年がら年中こんな調子。
外聞は気にしない、奇行は目立つ、おまけにずぼらで服も着たきり雀。
こんなんじゃ私以外に婿の貰い手なんて絶対にいないわね。
その場に腕を組んでしばらく持つと難しい顔をしてパンを食べながら、こちらへと歩いてくる。
(行儀が悪いんだから)
「食べ零してるわよ、ほら!」
「おっと、すいません」
「明日はいよいよ自警団の実戦に移るんだから。今日の訓示はちゃんと考えてきた?」
彼はパンを平らげながらこくりと頷くとその足で教会へと向かった。
既にミュレーが壇上に立って始めてるみたい。
私はちらりと整列している団員達に視線を移すと周囲に聞こえないように溜息をつく。
結局、団員が女の子だけになっちゃった……そりゃそうよね。
男の仕事はパイク持って突っ立ってるだけだもの。
兵隊連中からも女子供の遊び場だって笑われるのも無理もないわ。
(まぁ、そんなもの結果を出せば後から付いてくるものよ)
ミュレーの訓示が終わったみたい。
続いてタウが壇上に上がり軽く咳払いをすると、団員の女の子達が微かに色めき立つ。
いま反応した娘の顔は覚えておくわよ……
「今から私は一般常識とはかなりずれた発言をするかもしれません。あなた方に守って頂きたいのは3つの規則です……」
(何言い出す気なのかしら)
「まず一つ目、英雄にはならない。座学や実習で陣形について貴女方も詳しく学んだことと思います、足並みを揃え突出しないように」
「そして二つ目、仲間を見捨てない。方陣の弱点についても学んだことと思います。陣形に一箇所でも穴が空けば、そこから陣容は瓦解するでしょう」
一度方陣を組んだ団員達と私が手合わせをしたことがあった。
結果は私の惨敗、矢弾どころか槍衾すら抜けられなかった。
というか、あんなの抜けるなんて絶対無理よ。
面で圧してくるから動きが遅く見えた程度じゃ優位性ないし。
……何だか、さっきからタウがちらちらとあたしの方を見て喋ってるんだけど気のせいかしら。
「最後に三つ目、嘘を吐かない、体調を崩したり具合が悪い際には嘘を吐かずに正直に申し出てください」
(学校の遠足じゃないんだから……)
「部隊の全滅は一人が倒れることから始まります。私の方からは以上です。続いてはパトリシア団長から訓示です」
あれ? ひょっとして今のあたしに対するお説教だった?
でも訓示しないと……内容はうろ覚えだけど何とかなるわよね。
壇上に上がると、20人の団員達の視線が私に集中する。
私は口下手だからこんな時以外はなるべく口を開かないようミュレーから釘を刺されている。
「この中にも5年前の襲撃について、知る人は少なくはないでしょう。あの時私は全てを失いました、夢も希望もその全てを……」
たった5年でここまで来た。
あの時無為に過ごした日々も今では無意味ではなかったと感じる。
「私はその後、仲間達に救われ各地を旅してきました。そして私は見た。未だに謂れのない暴力に晒され、怯えながら日々の糧を奪われる人々の姿を……」
私に才能はなかった。
努力も運も足りなかった。
「明日貴女達が救う。これから救っていく人々が、貴女達のようにまた誰かを救う。そうして世界中を廻り巡っていつの日か……この世界を変える大きな力になると私は信じています」
貴方が私の背中を押してくれた、ただそれだけ。
私はそう言うと壇上から降りて、視線に気付く。
ミュレーはやたらにこにこしてるし団員達の目が私を追って着いてくる。
ちょっとどころではないくらい恥ずかしいわ、これ。
教会に逃げ込むように扉を潜ると背後から黄色い歓声が聞こえた。
「なかなかいい演説でしたねパトリシア団長、後半はパクリでしたが」
「……別にいいじゃない、私の好きな言葉なんだから」
先に教会内にいたタウと言葉を交わすと互いに見つめ合う、これってキスする流れじゃない?
“お前を最後まで見送ってやる”だとかプロポーズしておきながら、そういうことってタウから全然してこないんだもん。
ここは絶対にキスをする流れよ!
「……パティと呼んでって言ったでしょ」
私がタウに近付きゆっくりと目を閉じると彼の元へ顔を近付ける。
唇を突き出すとまたあれをされるから今度は完璧!
10秒ほど経過してもまだ感触がない。
薄めで目を開けると既にタウの姿はなく、シスターマリアが心配そうにこちらを見つめていた。
また逃げられた、何でこうあいつは落ち着きがないのかしら!
「パティちゃんも大変ねぇ」
「んに゛ゃーッ!」
遠征準備を滞りなく済ませベッドの中へと潜り込む。
他の団員達にも遠征前に体を休めるよう休暇を出してある。
何だか緊張するな……こんな気持ちは始めて討伐に向かった時 以来。
私とタウは2年前ギルドで出逢った。
その時は装備が全然足りなくて1日30銅貨も手に入らない採取に毎日出かけて、後、何ヶ月働けば鎧が買えるかな なんて計算してたっけ。
(あの時、タウと出逢ってなかったらどうなっただろう?)
背筋が急激に寒くなる。
始めの頃はタウの事を全然信じられなくて、後ろから襲われてレイプされるかもなんて思ってた。
あっ、でもそういう強引なのも良かったかも……
(やだ、何考えてるんだろ、あたし)
体の内側が熱くなってタウの事しか考えられなくなる。
商業都市にいた頃の方が良かったな。
あぁ、やめよ、やめよ! このままじゃ眠れなくなっちゃう!
――寂しいよタウ
……次の日は幸い天候に恵まれた討伐日和だった。
共和国の西側、商業都市との境に位置する林の中。
追い立てられた魔物が集団を形成して一筋縄ではいかない状況みたい、私は正確な偵察情報を求める。
「ギルドの事前情報ではどのくらいの規模かわかる?」
「大体100前後ではないでしょうか?」
(タウは戦力分析で外した事がないから確定よね)
タウが周囲を見渡すと迷いもなく答える、
何を見てるのかしら?
団員達が緊張した面持ちで陣形を組むと、空中に向かってミュレーの鏑矢が飛んだ。
一匹でも魔物が音に気付けば仲間を集結させこちらへと向かってくる筈……
「正面より二時方向、確認!」
「陣形堅持! ラインの内側に入った者から撃て!」
ゴブリン4体が私達の正面に躍り出ると一瞬にしてアーバレストの餌食になる。
こいつらは多分斥候。
1体また1体と集結する魔物達がこちらの射程外から様子を窺っている。
「凄い魔物の数! どうしよう!」
「オーガにサイクロプス……マンティコアまで!」
動揺が広がる部隊員の士気をミュレーが宥めすかす。
魔物の集団が勢いをつけて攻め寄せてくると選抜射手の放ったイジェクションスピアが、サイクロプスとマンティコアに命中。
っていうより爆散?
「着弾確認!」
「サイクロプスが一撃!?」
(マンティコアも問題なし! 士気も上がってきた!)
厄介な大型と中型は潰したわ。
機械弓班がトロルやオーガを優先して撃つ間隙を突いて抜けてきたゴブリンが、槍班の正面へと接触しそう。
リマが手を挙げるとパイクの槍衾が建ち並び、ゴブリンの侵攻に立ちはだかった。
「石突きを地面に着けて、絶対に槍から手を離さないように!」
「正面来ます!」
重心を落とし構えていたパイクに次々とゴブリン達が餌食になる。
回り込もうとしてる連中が居るわね。
私は上空に腕を上げ両翼の騎馬弩弓班に指示を送る。
槍班で押し切られて腰の抜けてる子が何人か居るみたい。
(ここは無理せず後退)
「槍三班と四班! 後詰めッ!!」
お次は空からワイアームが三匹あぁもう次から次へと忙しいわね。
選別射手の再装填は終わってる。
(空の魔物は方陣の弱点、全力で即時迎撃!)
「上空のワイアームへ射手構え! 正面の敵、撃て!」
二体は落ちたけど一体は抜けてきた!? あらら、一瞬でアーバレストで蜂の巣になっちゃった。
後はもう目立った個体は居ない……か。
次第に矢の攻勢が止まると地面には打ち捨てられた死骸の山だけが残った。
「え……終わり!?」
「やったぁ! 一人も欠けずに倒したよぉッ!」
「残心を忘れないで! ミュレー鏑矢!」
ミュレーが鏑矢を空に放つ、数分置いてもう1本。
反応なしっと、どうやらあれで全部だったみたい。
私は全体に号令を出すと戦果確認と矢弾の回収を指示した。
「なかなかいい采配でしたよパティ。では私は斥候に向かいます」
「あっ!?」
(こんな時くらい傍に居てくれてもいいのに……)
街へ帰還する馬車の中で戦果を確認する。
比較対象がないから凄いのか凄くないのか良く分かんないわ。
ゴブリン65体・オーガ18体・トロル9体・サイクロプス1体・マンティコア1体・ワイアーム3体。
集団戦だと討伐の戦果も段違いに高い。
矢弾の消耗は全体の17%、500体位は問題なく相手に出来るってことかな?
馬車が止まると一人の男がこちらへと歩いてくる。
共和国の政務官から派遣されてきた書記の役人さんだ。
「お疲れ様です、戦果のほどは如何でしたかな?」
(何だか嫌味な、にやけ面だわ)
「書面に纏めましたのでこちらに……証明の為に採取も行いましたので合わせてご確認ください」
書記の男は私の手渡した紙を受け取るとそのまま固まって動かなくなった。
字が読めないのかしら?
まぁ、そんなことはどうでもいいわ。
タウを探さなくっちゃ。
「あの、これは……」
「タウッ! ちょっとこちらに来てッ!」
「はいはい、あっ、これは書記官殿お久しぶりです。それで何の御用です?」
「矢弾の計算上200位はいける筈だから、二週間後は南西の海洋都市方面を削りに行くわよ」
タウは顎に手を添えて長考すると兵糧の注文をする為に、ルース商会の方角へと歩いていった。
役人が居ると武器の積卸が出来ない……リマが応対しているみたいだけど早く帰ってくれないかしら。
教会の中庭へ向かうとミュレーが団員達に戦果報告をしている。
気が緩んでるのか興奮冷めならない様子で私語をしてる団員がいた。
まぁ、別にその程度は構わないけどね。
私達は軍隊じゃないんだし。
(有事を想定して、あと10人ぐらいは増員しておくべきだわ……)
教会に入るとダリアが待っていたみたい、こちらに運営費用の収支報告書を手渡される。
お金が好きな娘だとは知ってたけど、数学が得意だなんて思っても見なかった。
うーん、クォーレルは鉄製で幾つか再利用が出来るけど、武器はほとんど消耗品だからその分経費が掛かる。
最も自警団での一番の金食い虫は馬車。
二頭立てにしたいけど……まぁこういうのはミュレーと要相談。
(書類整備も面倒だわ……事務員も雇わないと)
「あれも足りない、これも足りないってね」
自室の机で書類と向き合いながら何とか始末すると窓の外へと視線を向けた。
もうこんな時間か……なんだか最近頑張れば頑張るほど、タウとの間に走ったスキマが広がっている。
無視されてる訳じゃないんだけどこう以前みたいなオフザケが減ってきたというか、
そりゃ理由だって分かるわよ。
私は団長で彼は参謀だから団員の目の前で軽口を叩き合えるような間柄じゃない。
ようするにイチャイチャしたいのよ! 文句ある!?
「何興奮してるんです?」
「に゛っ! 何いきなり入って来てんの? ノックくらいしなさい!」
(心臓止まるかと思ったわ……)
あれ、自室にタウが来るのって久しぶりじゃない。
あぁっ!? まだ今日湯浴みしてない!
下着も戦闘用のクタパン&クタブラだしどうしよう……こちらが焦る気も知らずに、私の肩越しにタウが顔を覗かせる。
「……こちらルース商会からの注文書の控えです。んっ? パティも書類を書いていたんですか、どれどれ」
(んに゛ゃ! 顔近いッ!?)
あんた絶対狙ってやってんでしょ! 呼吸はしないでね。
鼻呼吸は禁止! あぁ、でもタウの横顔カッコイイなぁ。
何か体がぽかぽかしてきた。
しばらくスキンシップ足りてなかったし、少しぐらい甘えちゃっても構わないよね?
話題の切り口に何かないかな……何か。
「ねぇ、学校の子供達は元気してる?」
「随分と急な話題転換ですね、子供達なら元気が余り過ぎるくらい元気ですよ」
「ふーん、あのさぁタウは子供好き?」
タウはムッツリスケベだから私の方が押していかないとダメよね! さりげなくお腹とか押しちゃったり、えへへ……
彼の顔に目を移すと私の顔を見下ろしながら何かを考えている様子を見せる。
「好きか嫌いかで言えば好きですね」
「そ、それじゃあさ? 子供が出来るとしたら何人ぐらい欲しい」
(ここまで押せばニブチンのタウでも理解できるでしょ!)
「別にいりません」
一瞬、私の思考は彼の返答を受け止めることを拒み、真っ白に染まった。
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