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邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第七章 マイカ共和国 帰還編
44/83

ほえなくなった いぬのおはなし

―――――



 夜の物音に目が覚める、下の部屋から聞こえてくる口論に私は枕を頭から被り耳を塞ぐ。

 聞こえない……聞きたくない……

 早く明日になって欲しかった。


 だって私の帰る家はここじゃないもの。


 翌朝、引越し先の家から飛び出し街道を走る。

 目的地のギルドに辿り着くと周囲を見渡す。

 間に合わなかったですかね?


「お早う御座いますリマ、今日も早いですね」


「タウ様っ!」


 背後から聞こえてくるタウ様の声に振り返り、彼の体に飛びつきます。

 彼の匂いがする……とても安心する匂い。

 タウ様は背が高いから、私が飛びついてもすぐに抱え上げられてしまいます。

 でも、こうして抱っこされるのも好きです。


「では今日も日当30銅貨の採取に行きますか!」


「はいですっ!」


 タウ様は何時もはボケッとして何を考えているのか分からない人だけど、私と居る時だけは明るく振る舞います。

 それはきっと私に楽しい思い出を作ってあげようと無理してるんだと思う。


 そのまま2人でお揃いの籠を背負って森へと向かいました。

 今日は晩生の林檎がターゲット。


 1時間もしない内に引き寄せられてるんじゃないかってくらい、簡単に自生している場所を発見しました。


「……味はそんなに悪くないな」


「傷も少ないからジャムにするよりそのまま売った方が良さそうですね」


 懐から紙を取り出すとペンを走らせて細かい情報を書き加えてます。

 なんでも“品種改良”という農法で作物同士を掛け合わせて新しい品種を作ることが出来るのだそうです。


(やっぱりタウ様は天使様です)


 タウ様と出会ったのは2年前、私が盗賊に攫われて生贄にされようとした時のこと。

 突然、石棺が開いて男の人が現れた時、私は絶望に震えた。

 あの時の彼の盗賊達を見下す表情が邪神その物に見えたから。


 でも、村長さんに言われてタウ様のお世話をしている内にその気持ちは薄れ、憧れの気持ちが強くなっていった。

 世界を旅して回る冒険者という仕事に……


 ――そして私は嘘をついた、今でもその嘘は続いている。


「では状態の良い物だけを積みましょうか……」


「あっ! は、はい」


 自生している林檎を摘み取ると籠の中へと放り込んでいく、あっという間に籠が満載になると街への帰り道を辿ります。

 タウ様は汗一つかかず悠々と山道を降りて、今では私もこのくらいの山道なら平気で走り抜ける事が出来ます。


(おまじないのお陰です)


「タウ様は何時頃、空白地に向かわれるんですか?」


「ん? 大体今月の終わり頃ですが」


「あの……私もご一緒しても構いませんか?」


 タウ様はこちらを振り返ると顔の前に手を出すと左右に振って答えた。

 やっぱりダメだった。

 春になる前にはパティ達の教会に通おうかな……最近無料で受けられる学校も始まったみたいですし。

 出来れば寮に入って……でも相談しても。


「計量お願いします」


「はい……22銅貨と25銅貨ですね」


(30銅貨の壁は厚い!)


 タウ様はこちらを向いて苦笑いすると、そのままルース商会へと向かいました。

 何でも私に見せたい物があるそうです。


 やがて商会の裏手にある倉庫に到着すると、大きな扉を潜り中へと通されます。


「大きな釜……タウ様? これは一体何なのですか?」


「これは空中の窒素と水素から磁鉱鉄を触媒に空中からアンモニアを取り出す高圧炉と呼ばれる物です」


「前半は良くわかりませんでしたけど、アンモニアって肥料の事ですよね?」


 私の質問にタウ様は無言で頷く、空中から肥料が出せる?

 確か作物を作るのには土中の栄養が必要で化学肥料を撒くことでしか補充できないという仕組みも聞いた覚えがあります。 


「空中から肥料が、肥料から作物が? それって凄い事になるんじゃないでしょうか?」


「おっと、わかって戴けますか、リマ君。パティにも見せましたが、ふーんの一言で終わりでした」


「成る程! 自慢したかったんですね!」


「恥ずかしながら!」


 タウ様がドヤ顔で腰に手を当てふんぞり返っています、物凄くカッコ悪い筈なのに何故かカッコ良く見えます。

 流石ですタウ様!


 夕暮れの街道を一人歩いていく、この後のことを考えると気が重くなり溜息が漏れます。

 家の玄関の前で扉に手をかけ、ゆっくりと開いていくとそこには何時もの様子のパパとママが待ち構えていました。


「……ただいま」


「またあの男の所に行っていたのか?」


「あの人とはもう住む世界が違うのだから、会っては駄目と言ってあるでしょう? 日雇いでその日暮らしをしてる冒険者なんて!」


(討伐だって立派なお仕事なのに……)


 私は無言でその場から逃げ階段を昇ると、自分の部屋の扉を開きそこに逃げ込みます。 

 下からはまたパパとママが口論になっている。

 経営が成功したというのは本当、冒険者になりたくて槍の訓練を受けたのも本当。


(でも、タウ様に逢いたくて家を飛び出したというのは嘘)


 教えて頂いた砂糖から、色々なジャムを作る内にそれがある貴族の目に留まり。

 市場にもジャムを卸せる様になって私のお家にはお金が入るようになりました。

 畑を耕していた頃とは比較にならない沢山のお金。


 両親は居辛くなった村を出て、新しい商品を作る私に過大な期待をするようになりました。

 そして取り合いに……

 パパとママは離婚する為に私の親権を巡って口論を続けています。


(もう一度だけ……もう一度だけ)


 冬が終わればまた討伐が始まる。

 毎日が楽しくてスリル溢れる冒険の旅、ちょっと怖い思いもしたけれどタウ様が居ればきっと大丈夫。

 彼は私を何処か遠くへ連れ出してくれる筈、ここではない何処か遠くへ。


 ……暖かい日差しを受けて目覚める。

 まだ春にならないのかな? 体を起こし身支度を整えると、おずおずと階下を見渡す。

 どうやら両親は出かけているみたい、急いで家を飛び出し街の中心部へと足を進めます。


(今日は安息日だから、まだ宿に居るかな?)


 レストランに併設された安宿から出てくるタウ様の姿が見える。

 私は彼の元へ走ろうと身を乗り出すけど、背後から手を掛けられ呼び止められます。


「リマ、いい加減にしなさい!」


「パパ……なんでここに?」


 どうしよう、思考が渦のようにめまぐるしく回って定まらなくなる。

 私はタウ様に目を向け祈った、お願いこちらに気付かないで……


「やぁやぁ、リマお早う御座います」


「……あっ、タウ様」


「タウ君! 君には娘の命を助けて貰った事は感謝している。だがこれ以上うちの娘を誑かさないで貰えないか!?」


 パパの言葉に彼の表情が呆気に取られたように変わる。

 終わった……あの村の時のようにパティ達とはいられなくなる。

 私はそう考えただけで涙が止まらなくなる。

 言葉にならない声が溢れ出てくる。


「お願い……パパ……お願い」


「おい! 聞こえなかったのか? 私の娘に近付くなと言ってるんだ!」


「あぁ、少々お待ちを……今はそんな事はどうでもいい」


「だから近付くなと!」


 思わず背筋に悪寒が走る、彼の表情が祭壇で見たあの恐ろしい表情に変わっていました。


「リマが泣いているだろう! あんたは自分の娘の顔すら見えないのかッ!」


「何をっ!?」


「やめてーッ!」


 私はタウ様に掴みかかろうとするパパに向かって突進すると、パパに直撃して2mほど吹っ飛んでしまいました。

 流石に予想外だったのか、パパは地面に倒れたまま気の抜けた様子でこちらを見上げています。


「ご、ゴメンねパパ、加減が上手くいかなくって」


「あ、あぁ……」


「わざわざご足労頂いたご両親には申し訳ないのですが、私も子供は親元に居るべきだと考えています。ですがこの通り、私もこの娘を止める術を知りませんので……」


(どういう意味ですかそれ!?)


 そういうとタウ様はおどけた様子で肩を竦めて笑っています。

 私はなんだか無性に腹が立ってきて、呆けているパパに向かって、洗いざらいの経験を吠え立てるようにぶちまける事にしました。


 世界中を周ったこと、魔物を薙ぎ払って蹴散らしたこと、パティと一緒にドラゴンと戦って倒したこと。


「よ、よさないかリマ、お前にそんな大それたことが出来る訳ないだろ。現実と妄想を履き違えて……」


「タウ様ッ!」


 私の声と伸ばす腕に反応してベクドコルバンが宙を舞うと、私はそれを腕に取り演舞始めます。

 タウ様が銅貨を宙に放り投げるとそれを悉く打ち落とし叩き割ると石突きを地面に当て、得意げに鼻を鳴らします。

 それを見たギャラリーの人達から拍手が湧き起こりました。

 ちょっと恥ずかしいかも……


「おぉーッ! 凄いぜ、このちびっこ」


「あの子はアレだよ、ドラゴンスレイヤーのパトリシアってトコの……」


(わふぅ、何故か有名人です)


 パパはその後意気消沈したのか、私の声に怯えた様子で頷くだけになってしまい、

 すごすごとお家に向かって帰って行きました。

 ちょっと怯えられてる? 本当にこれでよかったのかなぁ?


 それから、私とタウ様は採集の帰り道に公園のベンチでお話をしました。

 彼からは気にしないように伝えられ両親とは後から話をするので、心配はいらないと言いました。


「なんだかうじうじ悩んでた私が馬鹿みたいです」


「それは違いますね。リマが悩んだ末に正直な心を言葉で御両親に伝えたから、その気持ちが伝わったんでしょう……」


「……」


 正直な心で言葉を繋げばその気持ちは伝わる? なら私の気持ちは……タウ様の太腿に頭を乗せ顔を見上げます。


彼の匂いがする――彼の匂いが好き


彼の暖かさが全身に伝わる――彼の暖かさが好き


彼の心臓の鼓動が伝わる――彼の刻む鼓動が好き


「好き、好き、好き」


 私がありったけの好きを彼にぶつけると、彼は笑顔でその言葉を受け止めてくれた。

 その笑顔も好きです。

 私は嘘吐きな女の子だけど、今だけは正直な気持ちでいられる気がしました。


 私はタウが大好きです。



―――――

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