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邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第六章 商業都市イザーク編
42/83

新たなる誓い

―――――



 馬車の荷台に揺られながら北へ向かって歩調を進める。

 荷台が新調されたおかげか馬の足取りも軽い、冷たい外気が幌の隙間から入り込み幌の間から覗く景色も見慣れた風景に変わっていく。


 旅立ちから1年……俺達は遂に共和国へと帰ってきた。


「うぅー寒ッ! 冬を越してからでよかったのに!」


「そう言わないの、教会で子供達が待ってるでしょう?

 それとマリアさんも……」


(マリアさんはオマケなのか)


 馬車が石に乗り上げる度にお土産を満載した木箱が揺れる。

 幾らなんでも過剰積載ではないか?


 しばらくして検問に入ると馬車が緩やかに停車、軽装の鎧に身を包んだ兵士がこちらへと向かってきた。


「随分と積荷があるな、あぁルース商会の人か……積荷目録を」


「ご苦労様です、こちらです」


「うん……うん、よし行っていいぞ、良い新年を」


「良い新年を」


 軽く挨拶を交わし街中へと馬車を乗り入れる。

 道路は整備されていてコンクリートの道が敷設されており、公共事業の一環として行われたインフラ整備は結構なハイペースで進んでいるようだった。


 先程から目に映る景色にも新築の家が目立ち、集合住宅のような大きな建造物も建ち並ぶ。

 そろそろ街の大通りに入る頃だな、確かこの先にギルドが……


「何だかギルドの表が随分と変わってるのね?」


「ダリア馬車をお願い」


「はい、先に商会へ向かいます」


 ギルドの扉を潜ると何時もの受付嬢の姿が見えた。

 何だか随分と身なりが良くなって見えるが、どういうことだ。

 店内を見渡すと、併設されていたバーが丸々カジノコーナーと化し、冒険者相手にディーラー達が賭けを行っている。

 あの爺さんが賭けで乗っ取ったとかそういう話ではないですよね? あの爺さんならやりかねんぞ。


「お久しぶりです、ギルドの移管手続きをお願いします」


「あっ、ひょっとしてタウさん!? お久しぶりです。いやぁお変わりないみたいですね」


「ギルドの方は随分と様変わりしたようですね」


「はい! 最近は依頼を受けに来る、冒険者の方が少ないくらいで、あはっ」


 こちらに近寄る足音に視線を移すと、そこには件の老人がディーラー姿でこちらにOKサインを送っている。


「よぅ、若いの? 今日は一勝負していかねぇのか?」


「勝てそうにありませんから止めておきます」


「ソイツは残念だな! 腕を上げた受付のねーちゃんとオメェさんをカモにしようって話してたトコなんだが」


 老人がそう言うなり受付嬢に1枚のカードをディールすると、彼女はハートのJを手元で一回転させハートのQに変えて見せた。

 道化師にポーカーなんて教えるべきではないですね。

 はい。


 移管手続きが終わるとギルドから退出して、入り口で待っていたパティ達と合流する。

 自由市場あたりは余り変わっては居ないな、ルース君が店を構えていた路地裏もそのままだ。


「でも、ルースさんって凄いわよね。こんな辺鄙な市場の裏路地からたった2年で大商人に成り上がっちゃうんだもん」


「それを言うなら、パティも似たようなものじゃない」


「そういえばタウは仕事どうするの? この辺の討伐も粗方終わってるし、またルースさんのところでバイト?」


「討伐の報酬が結構な額になりましたので、また採集でも始めようかとそれから暇があれば空白地にでも……」


 旅の間で確信を得た今、あの祭壇にはもう一度向かう必要があるだろう。

 俺の推測が正しければあの遺跡にはまだまだ重要な機能が隠されている筈だ。

 頭の中で思索を繰り返していると不意に手の平に温もりが伝わる。


「勝手に居なくなったりしちゃやだよ。お金なら私の方で何とかなるし、教会にまだ空き部屋あるし

 そうすれば2人で……ね?」


(ファッションヒモでごめんね)


 パティが寒さに顔を赤らめながら俺の手を強く握り締める。

 パティを見捨てるって選択肢はとうに無くなったよ。

 俺はもう一方の手をミュレーに差し出すと、彼女も照れ笑いをしながら手を絡める。


(さりげなく恋人繋ぎしてくる所が、ミュレー様たる所以である)


「パティはすぐ独り占めしようとするんだから、私はタウが何処か遠くへ行っても構わないわよ。ふふっ、どうせまた帰ってくるもの」


(……そしてパティに依存していたとは思えぬ、この貫禄である)


 正面にルース商会の本社が見えてきた。

 敷地面積は以前と変わらないな、しかしどことなく懐かしい。

 手を繋いだ俺達を目敏く見つけたパティがこちらへと走ってくる。

 ダリアは横目で見ながら何時ものお澄ましで出迎える。


「リマ、用件は終わりましたか?」


「はい、菓子類の納品状況のチェックをするだけでしたから、それとお2人はどうかされたんですか?」


「今ね、私とパティでタウの取り合いっこしてたの」


 リマはその言葉を聞きぶすっと膨れると腹部に向かって突撃してくる。

 丁度鳩尾に入るので正直やめて欲しいです。


「タウ様、お菓子作りとか興味ありませんか?」


「私は食べるのが専門ですので……」


「では私が毎日食べさせてあげます!」


 リマは小さくガッツポーズを取ると鼻を鳴らす。

 ダリアは相変わらずマイペースにそんなリマの姿を見て興味深そうに眺めながら瞬いている。


「馬のお世話はどうなりますか?」


「春頃までは魔物の活動も沈静化しますので、ダリアにはルース氏の知人宅の管理をお願いします」


「……広いお庭はあります?」


「あります。まだ何も植わっていないでしょうけど」


 ダリアは頬を桜色に染めると首を縦に振りこくこくと頷いた。

 どちらかというとこの娘が一番心配だ。

 本性があちらだと解ってはいても、考えが読めないお陰でどうも不安定感が拭えない。


 やがて教会の前に集うとパティ・ミュレー・リマと分かれる。

 積もる話もあるだろうしね。


「それじゃあ、私達は子供達のパーティに混ざってきますね」


「タウ、教会の鐘が鳴ったら“秘密の場所”で集合、忘れたらダメよ!」


「了解しました」


 俺はダリアと2人で街の中を歩く。

 するとダリアが小気味良い足音を立てて俺の横に並ぶと無言で手を差し出した。

 手を取ると鼻を大きく鳴らし満足げな表情を浮かべるダリア。

 やがて俺が建てた邸宅が目の前に見えてきた。


「すごく大きい」


(30金貨でこんな家が建ってしまうんだなぁ)


 ダリアは強引に俺の手を引くと屋敷のあちこちを探索して回る。

 腕が伸びるから止めなさい。

 屋敷のドアを開け中に入ると家具一式まできちんと揃えられていた。


 まだ新築の匂いがするな。


「ここがタウのお家?」


「えっ? いえいえここはルース氏の知人の邸宅で……」


 ダリアはきょとんとした表情で小首を傾げると部屋の周りをうろうろと歩き回る。

 この娘はこれがあるから怖いんだよな。

 2階の寝室へ上がっていったダリアがとたとたと音を立てて戻ってくると、2階を指して言葉を放つ。


「ベッドがなかった、タウのお家」


(そういえばベッドだけ発注するのを失念していた……)


「他の3人には秘密にしておいてください」


「わかりました」


 ダリア君のわかりましたは当てにはなるけど不安しかないよ。

 キッチンで商会で買ってきた菓子を皿に並べ椅子に座る。

 ダリアはテーブルに置いたチョコレートケーキをフォークでもくもくと口に運ぶと足を揺らしながらこちらを見つめた。


「私はタウの所有物だから特別?」


「ダリアの身分は銀貨10枚で買い戻しましたが?」


「あれは無効です」


 彼女はそう言うなり目を逸らすとチョコレートケーキをあっという間に完食してしまった。

 正直ダリアをこの家を1人住まいで管理させるのも不安が大きいな。

 こんな広い邸宅強盗に入ってくださいと言わんばかりだしマリアさんに頼んでダリアも教会に住まわせて貰って、そこから通わせよう。


(何だか戦闘よりも気苦労が多い気がする)


「鐘の音が聞こえる」


(新年か……)


 ……月明かりの照らす夜の中を空から淡い雪が舞い落ち、地面へと解け消えていく。

 ダリアを連れて丘へと駆け上ると3人の先客が待つ、丘の上の木の前へと辿り着いた。


「タウッ! こっちよっ!」


「はいはい、ただいま」


 3人は俺の背後に目を移しながらなにやら盛り上がっているようだ。

 俺も背後を振り返り丘から見える街の姿を眺める。

 たった1年でこれか……家屋から漏れる光やガス灯を照らす光が地平線の向こうまで伸びていく。


「……綺麗ね」


「こうして大陸を回った後だとまた違って見えるみたい。色んな国、色んな世界があって、この地平線の向こうまでずっと繋がっている」


 そう語るミュレーの目には街灯の明かりが写り込み輝いているように見えた。


「この街の光景もそうした国との交流があってこそ見られる景色なんですよね」


「まぁ……私達にできるのは魔物退治ぐらいだけどね」


「まさか、パティ達が討伐で成果を上げているからこそ、交易商人は物資を安全に運ぶ事ができるんです」


 パティの言葉に思わず反論し言葉を被せる。

 そういった資料を見る機会があるからこそ実感できる事だ。

 余り市井では知られていない事実だが交易中の襲撃による貨物損失は、総輸出入量の37%にも及ぶ。


「そーお? 流石あたしね!」


「ほらぁ、タウはまたそうやってパティを甘やかすんだから……」


(冗談抜きで、按察官辺りに抜擢されてもおかしくはない功績なんだけどなぁ)


 それも今となっては20%程度まで減少している。

 交易が見入りの良い事業になればそれを職にするものも増え、

 ますます交易は盛んになる好循環。


 兵站は戦略の根幹、それはビジネスの世界でも変わることは無い。


(まぁ、そういった重要な仕事ほど周囲の評価が芳しくないのも過去と同じか)


 突然頭上から何かを被せられ目の前が暗くなる。

 またパティの仕業か、被せられた布を手で取り去ると腕にとって眺める……どうやら新品の外套のようだ。


「私とダリアからプレゼント! 私はこの外套、ダリアからはナイフね!」


「タウのナイフをずっと借りてたから交換」


 外套にナイフケースが付いてるのか、外套は木枝が引っかかって穴だらけになってたからこれはありがたい。

 ナイフも抜いてみるとかなり上等なダガーナイフだな採集に使えそうだ。


「私はこれ、結構メモを取ってるの見るから、レターセットと万年筆」


 何だか貰ってばっかりだな。

 こっちは指輪しか用意してないんだけど、しかもこの万年筆ってルース商会でも最近売り始めたかなりの高級品では……急激に胃の具合が。


「私は持ち運びに便利なケース付きスプーン・フォーク・ナイフ・箸の4点セットです!」


(流石リマ様! 何だかんだで私の事を分かっていらっしゃる!)


「あー、やっぱりその4点セットがアタリだったんだ。中々やるわねリマ……」


 ケースからスプーンを取り出すと華麗なスプーン捌きを披露する。

 重心にやや難があるが良いスプーンではないか。


 おっと、遺憾、遺憾。


 俺はスプーンを懐にしまうと替わりに銀の指輪の入った袋を懐から取り出す。

 4人の目が布袋に集中、生唾を飲み込む音が聞こえる。

 そう過大に期待されると取り出し難いのですが。


「大変心苦しいのですが、指輪ぐらいしか用意できませんでした」


 布袋から指輪を取り出すと渡す物を間違えないように確認しながら、一つずつ指に着けていく。

 何かパティとリマがが泣きそうな顔をしてて怖いんですが、ミュレーの方に視線を移すと

 こっちは既に目が潤んでいる。 え? なんで!?


「タウ、これってお金は大丈夫だったの? 無理はしてない?」


「いいえ、1つ20銀貨も……」


「え? じゃ、じゃあ4人分で80銀貨? もしかして……この指輪を買う為に借金に手を出したの?」


(えぇー……)


 君達にとって俺がどういうポジションなのか小一時間詰問したい気分です。

 自己評価では無口なハンマー使いの大男で土属性。


「……だった所を社員割引が効いたので、5銀貨で買えました」


「なーんだ、そういうことは早く言いなさいよ。でも女の子へのプレゼントを割引で買うなんて……」


「タウらしいわね」


(何かもう色々とめげそう)


 俺も指輪を同じように左手の親指に装着、円陣を組むように並ぶと左手を前に突き出す。

 メンバー達は着けられた指輪の位置に若干不満顔だが、釣られるようにお互いの左手を軽く突き合わせた。


「それではリーダーのパティから一言お願いします」


「えっ!? あたし? うん……まずは皆に感謝したい。この内の誰か一人が欠けても、この場所に帰って来ることは適わなかったと思う。でも、私達の目的は達成されたけど目標はまだ失った訳じゃない」


「私達が倒す以上に魔物は増え続けている」


「ミュレー、それで私は考えたの……きっとこのままではダメなんじゃないか……って」


 パティの言葉に一同に動揺が走る。

 だが俺の心は落ち着いていた、パティなら何れその答えに自力で辿り着けると信じていたからだ。


「この大陸にある空白地の割合は約七割、人類は魔物達に囲まれた檻の中で辛うじて文明を維持しているだけに過ぎない、きっと私の一生を捧げても魔物を殲滅する事は不可能なんだって、ようやく自覚できた……それでも」


(……)


「それでも、諦めたくはないから、私達の自警団を結成する」


「大丈夫なんですか? 大商人のように個人で私設軍団を結成するには……」


 パティの提案にリマが不安の表情を滲ませる。


 しかし案ずる事はない。

 このことはルース君を通して執政官と護民官双方に通達済みだ。

 元貴族のパティが軍団長であれば、共和政のこの国では少数派でしかない貴族も反対はしない上に街を一つ消滅させるほどの経済損失を与えうる竜を討伐した、パティを煙たがる商人や平民もいない。


「申請が受理されるのかは未知数だけど、創設に掛かる資金は大部分を援助してくれる変わり者の資産家がいるみたいだから心配いらないみたい」


(変わり者で悪かったな)


「これからは私達が直接戦うのではなく、志を同じくする有志を募って訓練を施して後方で指導するという形に変わってくると思う……それで皆への報告は遅くなったけれど……」


 パティは困り顔でメンバー達の顔を恐る恐ると見渡すと再度拳を前に突き出した。

 最早悩むまでもない、俺はパティの拳に左手を突き合わせる。


「ここまできたら、最後までお付き合いしましょう」


 ミュレーはパティに向かいあって目を見据えながらゆっくりと拳を合わせる。


「貴女の飛んでいく先が、きっと私の向かうべき道だから」


 リマはいつか見た屈託のない笑顔で力強く拳を合わせた。


「私でも大切な思い出を守るお手伝いができるのなら、断る理由はありません」


 ダリアは合わせた拳に視線を落としゆっくりと目を閉じると静かに拳を合わせた。


「貴女達を守る為なら何でもしてみせると、覚悟に決めています」


 パティは金色の目を見開き、俺の視線に目を合わせる。

 俺は指を口角の添えて吊り上げ笑うように指示すると彼女は満面の笑顔で皆に笑い合った。


 降りしきる雪の中で俺達は語り合う。


 これまでの旅路を――これからの旅路を――


 パティ――君の前途に神の祝福を――



―――――

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