ロリコン有罪
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……おかしい……何がおかしいとは詳細には把握できないのだが最近起床時の寝汗が酷い、更には体の痺れまである時がある。
推論としては幾つか挙げられるが、有力なのは俺の肉体自体に限界が迫っているという可能性だ。
俺がどのような経緯で施術を受け眠りにつき、どれくらいの年月を放置されていたのかは知るべくもない。
ただ一つ解っている事は俺が何時機能停止に陥ってもおかしくはないという、冷たい現実だけだ。
(せめて新年祭までは持ってくれよ)
椅子から立ち上がるとその足でルース君の元へと向かう、こういうことはなるだけ早い方がいい。
恐らく遺されるであろう彼女達の為に、そして彼女の夢の為に、俺は1人商会の扉を潜った。
「お早う御座いますタウさん、今日はお早いですね」
「ルースさん例の建設計画の方は順調ですか?」
「はい、炉の建造はもう終わって後は火を入れるだけになっていますし、屋敷の方も今月中には終わる事だと思います」
俺の目的としていた計画はどうやら順調進んでいるようだ。
ルース君は懐から紙を取り出すと、こちらへと収支表を手渡す。
現在の俺の保有資産は金貨881枚、ルース商会からの配当金が283金貨、屋根の騎士団からの配当金が157金貨。
総額で1321金貨にまで膨れ上がっている。
それに加えてパテント等の知財収入も増加傾向にある。
俺は懐から入れ替わりにルース君に紙を手渡す。
こちらの雰囲気がおかしい事に気付いたのか紙の上に目を滑らせる内にその表情も次第に険しい物へと変わっていった。
「これ? 遺書ですか?」
「えぇ、こういう仕事柄必要になるかと……」
「あっ!? そ、そうですよねっ! 念の為って事ですよね! いやぁ、タウさんが神妙な顔してるから、つい真剣に受け止めちゃいましたよ!」
俺がもし死亡した時は屋敷はダリアの名義に資産の運用益は貧困層の食糧支援基金にそして残りの資産は4分割し彼女達が相続するよう書き残してある。
迷惑になるかもしれないが俺には他に身寄りも居ないからな。
それから俺は商会を退出しベンチに腰を降ろすと時間を潰す事にした。
なるだけ激しい運動を控えれば少しは寿命も延びるかもしれない。
どうせ一度は死んだ身だ、むしろ俺の人生にもう一度チャンスを与えられた事に感謝すらしている。
「タウ、んもー探したわよッ! 今日はランチに連れてってくれるって約束でしょ?」
「すいません。今日は少しばかりゆっくりしたいと思いまして」
「へっ? ランチよランチ? 美味しいご飯が待ってるのよ!?」
(パティ、どうやらお前を見送るという約束は……守れそうにない)
庭園では色鮮やかな花々が咲き誇り、立ち込める香りが周囲には漂っている。
パティの顔へ視線を移すと先程から心配そうな顔で、こちらの様子を窺っている。
「パティ、以前君に話した事を覚えていますか? 私が魔物だという話について」
「うん、それは聞いたけど……」
「正直に言おう、私はそろそろ死ぬのかも知れない。近頃、朝から体に痺れが走るようになったのです……どうやら私の肉体に限界が……」
「え゛っ! そ……それって!」
パティの顔に汗が浮かび上がり、目が泳ぎ始める。
彼女が動揺するのも無理はない、突然の事態にこの俺でさえもすぐには受け止められては居ないのだから。
「勘違い! 勘違い! ほ、ほら、最近暑かったし、海辺に近いから湿気も酷いじゃない! それに討伐も再開したし! あぁそれと! 帝国領でのドラゴン戦の疲れがまだ残ってるのかも!?」
(パティ……俺を気遣ってくれているのか?)
血相を変えながら大げさな身振り手振りを加えている、彼女なりの気遣いのつもりなのだろう。
だがしかし、自分自身の体の事は自分自身が良くわかっている。
そうだな、俺としたことが余計な心労を掛けてしまったようだ。
俺はベンチから立ち上げると、パティの手を取り引き起こす。
「心配をお掛けしたようで申し訳ありません」
「タ……タウ、それは違ってて、あの……」
俺の言葉に衝撃を受けたのか、パティはしどろもどろになりながら支離滅裂な言葉を捲くし立てている。
確かに彼女にとっては少しショッキングな話だったのかもしれない。
「そういうのって時期的なものだから、あたしから皆に言って……じゃない! とにかく安心して!」
「あら? パティ、例のアレあったわよ。今度は破れても良いように多めに買っといたから」
「に゛ゃー! に゛ゃー! ミュレーこっち! いいからこっちきてこっち!!」
ミュレーは隣にいた俺の顔を見て笑顔を貼り付けたまま固まると、そのまま錯乱したパティに引き摺られて何処かへと消え去っていった。
もしかして俺の不調は彼女達にバレていたのか? それで心配させまいとパティは俺にあんな態度を。
ははっ、どうやら俺はとんだ思い違いをしていたようだ。
そうだったな俺達は戦場で共に肩を並べて戦う仲間。
俺がここで朽ち果てても彼女達の戦いは続くのだ。
そして今や俺もそれを願っている。
(……さぁ行こう、仲間達の下へ!)
俺が宿に辿り着くと1階はバケツをひっくり返したような騒ぎになっていた。
一体何事ですか。
不意に食堂から現れ目の前を横切ったダリアに俺は声を掛ける。
何か急激に嫌な予感がしてきた。
「あぁダリア、丁度良い所に一体何事ですか?」
「皆で料理を作っています」
「えっ? 料理作れたんですか?」
無言で首をぶんぶんと左右に振るダリア、どういうことなの?
そのまま手を引かれて食堂まで通されると次々と俺の目の前には料理が運ばれてきた。
えっなにこれ……ひょっとしてここで俺のトドメを刺す気なのでは?
(……なんだこの黒い物体は)
全ての料理が出揃うとパティ達は食堂の扉からこちらの様子を窺っている。
俺は餌を食べない動物園の珍獣か何かか。
しかし、この匂いには嗅ぎ覚えがひょっとしてこれは……俺は物体を拾い上げて口に運ぶ。
(おっ! これは鰻じゃないか?)
成る程、厨房のシェフに手伝って貰ったのなら別にそう警戒する必要もなかったな。
タレを焦がしたのか少しばかり味に苦味があるが充分旨い、しかも鰻は天然物、何という身の厚み。
そしてこのタレ、鰻の頭と骨も一緒に煮込んだのか、よく鰻に馴染んでいる。
(これだけ身が厚いと、ご飯がこれだけでは物足りないな)
黙々と鰻重を口の中に掻き込んでいく、うーん食い終わるのが惜しい味だ。
こっちは何かのお吸い物か。
何か肉のような物が浮いているな、一息啜ってみるが今一よく判別できない。
箸で肉を拾い上げておもむろに噛んでみる……随分歯応えが。
(生臭さが酷いんだけど何だろうこれ、亀?)
余計な詮索は精神衛生上良くないのでやめておこう。
鰻重を食べて口直しだ。
もう一品は見た目でわかる生牡蠣だ。
貝類ってあんまり好きじゃないんだよな、特に牡蠣はあたると酷いし。
(まぁ、毒が効かないなら大丈夫だろう)
口に一皿放り込むと味に違和感を感じる、どうやらこれは酢牡蠣のようだ。
鰻重・酢牡蠣……ひょっとしてこれは、そういうことか?
「タウ、美味しい?」
「おかわりはまだあるから沢山食べてちょうだいね!」
(どうやらパティ達に気を使わせてしまったようだ)
体の弱った俺の為にスタミナの付く料理をシェフから教わり、自分達の手で作ってくれたのか。
親に対する子の気遣いを感じるようで思わず涙腺が緩くなってくる。
本当に皆良い子に育ってくれた。
「タウ、亀食べて亀」
(あぁ、やっぱりこれ亀なんだ……)
「鰻重のおかわり追加します!」
リマが鰻を満載した鰻重をこちらへと運んでくる。
いや、鰻じゃなくてご飯をよそって欲しいんだけど、ダリアも箸で生臭い亀肉を無言で押し付けるのやめて!
(しかし、酢牡蠣を食ってるとあれも欲しくなるな)
「タウ、はいこれも」
テーブルの上にエールがどっしと置かれる。
なかなか気が効くじゃないかパティ、君はやればできる子だと思っていたよ。
エールを勢いよく呷り半分ほど飲み干すと鰻重……というより鰻を1枚ずつ拾いながらつまみにする。
しかしもうちょっと量を加減して欲しい所だ。
だからダリア亀肉を頬に押し付けるのはやめてくれ! 生臭い!
「ありがとう皆、大変良いお味でした」
「元気になった? 元気になった?」
(いや、そこまで即効性はないよ、でもまぁ……)
「はい、元気一杯になりました」
俺が笑顔で力強くそう答えると、彼女達はほっとした様子でお互いに手を取り合って喜び合った。
少し体調を崩したぐらいで気が弱くなっていたかもしれないな。
大袈裟に騒ぎ立てていたのは俺だけか。
……次の日、上体を起こし起床すると体の調子を確かめる、発汗もないし肉体の疲れもないようだ。
やはり心配し過ぎだったのかもしれない、俺が起きたのを見計らって肌着姿のパティ達がこちらへと近付いてくる。
(今日は寝坊しなかったのか?)
「おはよータウ、良く眠れた?」
「ダメだよパティ……タウは……疲れてるんだから」
パティが上目遣いで舌なめずりをしながら俺の脚の上に腰を落とし跨るとゆっくりと体を揺らし始め。
ミュレーは深く溜息をつくと俺の肩に撓垂れ掛かり脇腹を指でなぞりながら、こちらの目を見つめている。
「タウ様……おはようございます」
「タウ、元気になった?」
リマは俺の股座に頭を置き甘えた様子で腹を見せながら呼吸で小さく胸を揺らし。
ダリアは背後から力強く体を押し付けると俺の耳に唇の近付け呼気を吹きかけた。
全くこの娘達は。
(……甘えたい盛りなんだな)
討伐での戦いを意識し過ぎて、少し厳しく当たりすぎていたのかもしれない。
魔物と戦えるといって過大な期待を押し付けていたのかもしれない。
まだ彼女達は10代の少女に過ぎないというのに。
「皆さんお早う御座います」
俺はまだあどけなさの残る少女達に挨拶を交わした……
なお、もう一方の推論に関しましては記憶の奥深くへと封印しておきたい。
これは不可抗力だ。
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