宿敵現る
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天窓から差し込む光と鳥の囀りで目を覚ます。
ここで窓を開けて景色を眺めながら背伸びでもしたいところだが、あいにくこの部屋には天窓以外に窓はない。
そして便所もない。
部屋の外へ歩き出すと受付の男と挨拶を交わす。
「お早う御座います」
「ん? あぁおはようさん、どっかに出かけるのかい?」
「物が入用なので一通り見て回ろうと思いまして」
「それなら良い店教えてやるよ、紹介料も貰ってるからオススメしとかねぇとな! ガハハ!」
(アナライズ)
51歳 ヤパン人 市民 9 宿屋の主をアナライズする。
村や街の人間を一通り調べてわかったことがある。
子供や一般人は総じて低く、大人やガラの悪い連中は総じて高い事だ。
そして銃でターゲットできるのは100を超えた人間だけらしい。
(おそらくこれはカルマを数値化したものなんだろう、100を超えたものは少なくとも殺人に手を染めている)
(逆に言えば数値の低い人々は信頼に足る人物であるという事だ、9なら拾った財布を盗む現代人くらいの良識かな?)
おそらく帳簿でも誤魔化してるんだろう。
少なくとも言わなくても良いことを堂々と口にする感性は嫌いではない。
紹介された店舗を見に行く途中、市場にも立ち寄る。
途中で財布をすられたが、残念ながら金は靴の中に入れてある。
(なるほど……色々あるな)
「そこのお兄さんどうだいこの鶏! 絞めたてだよ!」
「冒険者なら必携のナイフがなんと銅貨10枚! 10本限りだ!」
(世界が変わってもこういう売り文句は変らないんだな)
裏路地に商品を広げたボーッと座っている目付きの悪い商人と思しき男が目に入る。
興味本位で覗いてみると色々と珍しい品を扱っている雑貨屋のようだ。
「あっ! どうですかうちの商品は!? どれでも全品銅貨5…いえ3枚です!」
(変な在庫でも掴まされたのかな? 統一感のない……おっと?)
アナライズした情報に見慣れない語句が浮かび上がる、海綿だ。
トイレで用を足した後に使えるかもしれない、これは買いだな。
タイムやオリーブまである凄いな。
「これとこれを貰おうかな」
「ま、毎度あり!」
男は興奮した様子で俺の手に商品を手渡し代金を受け取ると、手の平の銅貨を見て固まっている。
余程売れなかったのだろう。
(アナライズ)
ルース 27歳 シューク人 平民 0
(商人で0……人が良すぎて商才がないんだろう、しかし物の売買は信用が全てだ、ここは)
「えっと、ずっとここで商売しているんですか?」
「はい、ちょっとその……金とか色々足りなくてですね」
一見自由な市場に見えても仕切っている商工会のようなものがあるのか。
人種の違いか、或いは上納金でもあるのか、冷遇されているのは確かなようだ。
「こういった商品はこれだけですか?」
「いえ!? 在庫はまだあります! 他にもですね。装飾品に使える石なども…あっと今ここには持ち込んでないですけど、明日になれば」
「では、また明日来ます」
「はいっ! ルースの雑貨店をこれからも御贔屓に!」
目的は半ば達したようなものだが、とりあえずそのまま紹介された店舗へと向かう。
扉を潜ると看板娘と思しき女がにこやかに笑いかける、店内では冒険者と思しき男女が商品を手にとって選んでいた。
(蝋燭、衣料、薬品……売れ筋の日用品を網羅してるのか)
「いらっしゃいませ何か御入用ですか?」
「とりあえずナイフと外套を……」
(しかし本当に“売れる物”しかないな、これなら市場に通った方がよさそうだ)
ナイフは銅貨50枚、外套は20枚を即決で購入するとそのまま店内から外へ出る。
刃を鞘から抜き確認すると鈍い光を放つ刀身はそれなりによく切れそうにみえる。
「お早う御座います」
「あっ、どうも……」
昨日の夕暮れ時とは違いギルドに入ると多くの冒険者でごった返していた。
依頼の貼り出された掲示板を各々が眺め互いに相談するものもいれば、併設された酒場で朝っぱらからエールを呷るものもいる。
「あの、こういった依頼はどうでしょう?」
昨日の女性が俺の前に依頼の書かれた幾つかの木札を差し出す。
「これはあそこに貼り出されたものとは?」
「昨日名前を書かれてましたよね?」
「えぇ、まぁ……」
(迂闊だったな、この時代文字の読み書きなんて貴族・商人・僧侶ぐらいしか出来ないのを失念していた)
木札の内容を確認すると、家庭教師や店舗の売り子などがほとんどだ。
しかしこういった依頼は俺の目的にはそぐわない。
「折角ですけど、最初は採集依頼でもしようかと」
「でも、街の外には魔物がいるので危険ですよ!?」
(魔物……魔物か、余計に興味が湧いてきた)
依頼の張り出された掲示板から採集の依頼札を取ろうとすると、下から伸びた手とぶつかる。
「おっと、すみま……」
「ちょっと! これ私が受注するんだからね!」
(またトラブルか……)
少女は木札をカウンターへと提出すると受付嬢と少しばかり話し込んだ後に憮然とした表情でこちらへ向かって手招きした。
「同じ依頼を受けた場合、両者に利益を配分して合同で取り行うのが規則ですので……」
「そういうことだから、あんたと私でこの依頼受けるわ、いいわよね!」
「えぇ……構いません」
「討伐依頼などは先に討伐した者の配分が大きくなりますが、この採集依頼は歩合制ですので各自採集した納品の数量で報酬額が変わります」
(アナライズ)
パトリシア 14歳 ベラハー人 貴族 0 思わず二度見してしまった。
なぜ貴族が冒険者などやっているのか、わけはあるのだろうが下手に踏み込まない方がいいな。
俺が沈黙を貫く間も、少女は落ち着きない様子で催促する。
「知ってる、知ってる、早く取り掛からないとその分取り分も減るのよ!」
「では宜しくお願いしますね」
引き攣った笑顔の受付嬢に見送られて、俺達は森へと向かった。
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