ルース 大いに語る
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瞼に熱を感じる。
目を開けると既に日が昇っているようだ。
床に寝たというのにまた寝汗を掻いたな。
それに何だか臭うぞ、服に鼻を押し付け嗅いでみると確かに俺から臭っている。
昨日寝るまでは気付かなかった。
ベッドの方に視線を移すと4人仲良くいびきを立てて眠りこけている。
(パティが寝坊するとは珍しい)
人に臭いといっておきながら自分が臭うのもなんだし、朝風呂にでも入るか。
とは言っても、お湯を張る時間的余裕もないから水ですけどね。
風邪も引かないのでこういう時には便利だな。
その後、彼女達を起こさないよう宿を出ると周辺を散策する。
ルース君と合流する前に軽く何か腹に入れておくか。
(ん……あれは?)
目端に写った屋台に見慣れない単語が飛び込んできた。
翻訳するとそこには立ち食い饂飩と書かれている。
この街の景観で饂飩とはこれ如何に、食欲というより義務感の方がふつふつと湧いてくるな。
「らっしゃい!」
「肉海老うどんを1つ」
「え? 肉海老ですかい?」
慌てて他の客の注文を見渡す。
白いお椀に出汁と麺が浮かんでいるだけのシンプルな素うどん。
翻訳でうどんに類似した食物って解釈をしているだけなのか……俺は改めて素うどんを注文しなおす。
「へぇおまち3銅貨ね!」
「どうも」
(結構高いな、商業都市は共和国よりも物価が高いのか)
早速うどんの見た目を確認、うむ、確かにうどんだな。
出汁は透明感がある、関西風か……。
麺を啜る前に出汁の味を確認する。
鰹出汁? ちょっと味が違うが、後口がさっぱりしていてこれはこれで。
(ライスが欲しくなるな)
「おやっさん、こっちおにぎりね」
「あいよ!」
あるのか!? 俺は思わず注文した客の方に視線を向ける。
そこには米を握ったような丸い物体が鎮座していた。
こういうのを見るのはカルチャーショックを受けるな、おにぎりといえば三角。
「こちらにもおにぎりを1つ」
「はいよ! おにぎり追加ね」
(でも頼んじゃうんだよなぁ……)
運ばれてきたライスボールに齧り付く、短粒種に近い歯応え、懐かしい味だ……だが塩がついていない。
えぇい、麺にいくぞ麺に! 麺を啜る前に周囲を確認する。
普通に箸を使って食べているが音を出して啜る人間は居ないようだ。
手を付ける前に確認して良かった。
(これは完全にうどんだな、コシがあってかなりいける)
食い始めるのにもたついた所為か、出汁が染みてきたな。
完全にふやける前に麺を先に片付けてしまおう。
しかし異様に麺が多いなこれ、軽食扱いじゃないのか?
(よし、ようやく片付いたぞ……)
ここでおもむろにライスボールをどぼん、うどん雑炊だ。
マイスプーンを懐から取り出し、口に運ぶ。
いい感じに塩味がついている。
流石に屋台で出汁を全て飲むのは戸惑うな、多少残しておく程度で留めるか。
(毎朝これで良いぐらいの味だ)
「おにぎりのお勘定ここへ置いておきます」
「へい、毎度あり!」
商会へ戻ると入り口の前に見覚えのある馬車が止まっていた。
少し待たせてしまったようだ、駆け足で商会内に入りルース君を探し出す。
ん? 何だか何時もと服装が違うな。
「すいませんルースさん、軽い朝食を取っていた物で……」
「いえいえ、こちらも今来た所ですから」
「ひょっとして会合には礼装が必要なのですか?」
「大丈夫ですよ、流石に主賓が普段着ってのもあれかと思いまして、今朝方、箪笥をひっくり返してみたんです。ははは」
おっとガチガチに緊張してるかと思っていたが、意外に余裕あるじゃない。
2人で馬車に乗り込み目的地へ走り出す。
ルース君の顔色が見る見る内に青褪めていく、単なる痩せ我慢だったか。
しばらくすると眼前に屋敷……というより宮殿のようなものが目に入る。
何とも居住性が低そうな家だな、これ。
「何だか不安になってきました」
「奇遇ですねルースさん私もです」
「こちらへどうぞ」
門を潜ると玄関では他のルース商会の幹部の姿がちらほらと見える。
他の社員も緊張しているようだな。
玄関だけでルース商会の本社ぐらいある居住性最悪の家でも、周囲への威圧効果みたいなものは高いのかもしれん。
「やぁやぁ、よく来てくれたねルース君……こちらの方は?」
「どうもお初にお目にかかります、ルースです。イザークさん、こちらは我が社の社外相談役のタウ氏です」
何と言うか、大変ふくよかなで目付きの悪い方が階段から降りてこられたのですが、ひょっとしてこの産まれながらの悪役みたいな人物がイザーク氏なのか、これはかなりショッキングな事実というやつだな。
「お会いできて光栄です、ミスターイザーク」
「タウ君といえば屋根の騎士団の出資者のお一人ですな。こちらこそ宜しく」
握手に力が篭る、ん? 警戒されているのかな? 帝国が外征に乗り出すという情報は掴んでいるだろう。
ここで悪印象を抱かせるのもなんだし、フォローを加えておくか。
「いえいえ、危うく出国制限に捕まる所でして、ほうほうの体で逃げ出してきた所です」
「……それは災難でしたなぁ、そうそう! 我が商会でも最近新しい事業を始めましてね。良ければご一考を」
「それは魅力的なお話ですね。私の手持ちに余裕があれば是非」
ルース君! キョドッてないでこの人を何とかしてくれ!
その後質問責めに遭いながらも、何とか会議室らしき部屋へと辿り着いた。
無駄に広いな。
歩く度に靴音が会議場に響き渡る。
しばらくすると奥からお人形のような衣装に身を包んだ、可愛らしい子供が姿を現した。
「始めましてルース様、私がスザンナと申します」
「あっ、こちらこそ宜しくお願い致します」
(何故、子供がこんな所に?)
ルース君とスザンナという子供が上座で対面に座る。
これはもしかして事案発生事項なのでは?
まさか俺よりも先にルース君が警察のご厄介になるとは、人生ままならんものだな。
「お相手の女性は随分とお若いようですね」
「……まだ13だそうです」
(これはやばい、犯罪の臭いしかしない)
平均寿命が短い時代だからこの歳でも婚姻が成立してしまうのか……あれ? それって俺もやばいのでは?
確か15歳組がパティ・リマ、16歳組がミュレー・ダリアだよな、とりあえずこの件に関しましては保留で。
その後も会合は穏やかに進み多少議論を交えながらも、無難に話は進む。
しかしイザーク氏は先程から俺に対する質問ばかりだ。
俺が経営に深く関わっているのがバレてるのか?
「それにしても、ルース君の経営手腕には目を見張るものがある。ですが、まだまだ荒削りな部分も目立ちますな」
(ここで触れてきたか、ルース君GO!)
「あっ、それはですね……」
「お父様! まだそのようなことを仰ってますの!」
突然の声に会合に居た席上の人々がざわめき立つ、その視線の先には椅子から立ち上がっている少女が1人。
歳はミュレー達の少し上ぐらいか……。
「おいサライやめんか、その件については散々議論しただろう」
「いいえ、今日という今日は はっきりさせて頂きます。ルース氏の経営手法の方がより能率的であるということを!」
(思わぬ所から援護攻撃が飛んできたな)
彼女の話を聞いていると、経済を戦略レベルで理解できているようだ。
対してイザーク氏は実地というか経験論が目立つな。
まぁ、女性の……しかもまだ若い少女の言う事だ、相手にされないのも当然か。
「……だから、人件費を下げて能率化することで生産性も向上するのだ」
「いいえ! お父様はヒト・モノ・カネの流れが分かっておられません。カネとはモノに結びつくもの、実体のあるモノに価値が付随する物でありカネ自体に意味があるものではないのです!」
(へぇ、中々やるな)
「そしてモノはヒトに結びつきます。ヒトがモノを求めることでカネが生まれるのです。 すなわちカネの根源とはヒトそのもの、その上ヒトを軽んじて超過労働を課し人件費を抑えるだけでは付加価値の能率化は達成されず、生産性が向上したとは言えません!」
主催の子供もこれにはうろたえるしかない。
鼻に手をやり、ちらりとルース君の方に目を移す。
熱心に聞き入って彼女の言に聞き入り力強く頷いている、あぁこれはスイッチ入ってしまいました。
「ですが、娯楽本といった事業は戴けませんわ。あのような低俗な読み物は大衆の労働意欲を阻害……」
「異議あり! 大衆向けの書物は多くの人が読む情報の発信源です。活字の読めない大衆に字を読む機会を多く与え、また情報の共有は……」
「労働者の生産性を上げる為には勉学による学力向上が必要ですの!」
「労働者の人格形成の為には道徳に時間を割く事も必要です!」
ルース君と少女がテーブルに乗り出し口論を続けている。
割れ鍋に綴じ蓋ってこういうことを言うんだな。
イザーク氏も予想外の事態にかなり困惑しているようだ。
いやはや実に楽しい余興ですな。
「加工製造業などの高度な工業化を推し進める事で生産性を高め、労働の付加価値が増進され設備投資が……」
「我が商会の出版物にある経済表に記述されている通り、資源開発による純生産物の増大こそが資本の基礎を築くもので……」
「その書籍は大変興味深い内容で勿論読破させて頂きましたわ、しかし……」
「ええい! いい加減にせんかサライ! そんな事だから、お前は行き遅れるのだ!」
「行きっ!? そ、そんな事はありませんの、ただ私に相応しい殿方が現れないだけです!」
今、君の目の前にいるんじゃないかな、うん。
「イザーク氏、少し宜しいですか?」
「あぁすまないルース君、この通りこの娘は18にもなって経営の真似事をしたがるじゃじゃ馬でね。私も手を焼いておるのだよ」
「会合の途中で申し訳ないのですがサライさんと二人でお話する時間を頂きたいのです」
「へ? あ、あぁ私もそろそろ時間が圧しているから構わないが」
2人は会議室のテーブル越しにお互い睨み合うとそのままベランダへと歩き去っていった。
荒野の決闘じゃないんだから。
しかし前半は和やかだったのに後半は完全に勉強会になってしまったな。
両商会の役員達は机に突っ伏して先程の議論内容を事細かに書き写している。
取り残されたスザンナちゃんは放心状態だ。
「スザンナさん、君はまだ若い……人生 生きていれば色々あるさ」
「お姉ちゃんのバカ」
(……帰るか)
あの様子だと、ルース君とサライ君がくっつくのは時間の問題だろう。
サライ君もイザーク氏に反発しているようだから、ルース商会が一方的に手玉に取られるような事もあるまい。
まぁ、良い時間潰しにはなったかな?
俺が帰り際、玄関の扉を潜ろうとすると、背後からイザーク氏に呼び止められた。
「タウ君、君のギルドが帝国領の砦でドラゴンと出会ったそうだね? 奴はその……どうなったかね?」
「御存知の通り、奴は今地獄の底です」
「そうか、そうか、あれは死んだか……ありがとう」
俺に向かってイザーク氏が深々と頭を下げる。
別に俺が倒した訳じゃないんだがな。
帰ったらパティの頭でも撫でておくか。
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