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邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第六章 商業都市イザーク編
36/83

全滅

―――――



 帝国領から逃げるように舗装された街道を南に向かって走らせる。

 もうすぐ戦争を始めるような国に長居は無用だ。


 俺達が向かうのは商業都市イザーク。

 出国制限が掛かる寸前の所をユーグさんの助力もあり、無事に出国することが出来た。


「パティ、目的のコテージが見えてきたので、ここで宿を取りましょう」


「うん……うん」


 後方からは力のない声が聞こえてくる。

 彼女達の目的は半ば達成された、しかし失った物も大きい。


 ミュレーは魔物の神経ガスを浴び視力を失った。

 見えていると強がってはいるが、ほとんど視力はないだろう。


 リマは落下の衝撃で脊椎を損傷し下半身の自由を失った。

 ショックが大きかったらしく、会話をする気力も失っている。 


ダリアは攻撃を受け損ね、利き腕の自由を失った。

 傷から来る発熱が酷く意識が朦朧とした状態が続いている。


(……全滅だ)


「リマ? 大丈夫?」


「はい、すいません」


 パティはリマを背に担ぐとコテージの中へと運び込む。

 俺はダリアを背負いミュレーを誘導しながらコテージ内に降ろすと、馬車を厩舎にいれ馬を繋いだ。

 今後のことをどうするか、パティと話し合っておく必要があるだろう。


 コテージ内に戻ると部屋を見渡す。

 3人はベッドに寝かせられているがパティの姿が見えない。


 廊下を歩きベランダに出ると、片隅から嗚咽を漏らす声が聞こえてくる。

 空から落ちてきた雨粒が額を打った。


「パティ、雨が降るようです……そこにいると濡れますよ」


「……別にッ、いいッ! 濡れたって!」


 パティはベランダの片隅で膝を抱え座り込んでいる、目には大粒の涙を浮かべ泣きじゃくっていた。

 目が覚めてからずっとこの調子だ……


「私の所為! 私が変な我侭言ったからッ! みんな、あんな酷い……あぁぁぁッ!」


「あぁそうだな、全部お前の責任だ」


「……ごめんなさいッ! ごめんなさいッ!」


「謝る相手が違うだろうパティ、来るんだ」


 俺はパティの腕を引き3人の前に連れ出す。

 ミュレーがパティの声を聞きベッドから身を起こすと心配そうに手を向ける。

 しかし、虚空を掴むだけでその手が届く事はない。

 それを見てパティの表情はますます崩れていく。


「ごめんなさいミュレーッ! 私の所為でッ!」


「パティ? 泣かないでこれは一時的な物だし、時間が経てばきっとよくなるから」


「……」


「パティ、お前は強い、だが彼女達はお前ほど強くはなかった。その結果がこれだ……」


 俺の言葉を聞きミュレーの顔が険しくなる、リマもこちらへと顔を向けダリアも聞き入っていた。


「タウ……パティを責めるのはやめて! 私は納得した上で彼女を支えるって決めたの!」


「この先一生目が見えなくなったとしてもか? 君の残りの人生70年、80年ずっとパティを恨まずに生きていられるか? リマはどうだ?」


「私は……私は……」


「ダリアは?」


 リマは目を逸らし涙を浮かべ、ダリアは起き上がることも出来ず瞬きをしている。

 屋根を叩く雨足が強く打った。


 俺はゆっくりと椅子に腰掛ける。

 リマは俺の方を見つめていたが、パティの方を向き直り重い口を開いた。


「タウ様……私は恨みません、だってパティは救いたかっただけ。私のような力のない人々を助けようとしただけ、それがダメなんですか? いけないことなんですかッ!?」


「誰かを助けるって事は、他の誰かを犠牲にするって事なんだ。自分自身だけを犠牲にするならまだ良い、だがパティは自分の近しい者まで巻き込んだ」


「そんなことっ! 何で? タウ様は何でそんなこと!?」


 ダリアの呼吸が乱れ、ゆっくりと上体を起こす。

 それはいつか見た俺を睨み付けるような目つきだった。


 パティが傍に駆け寄り体を起こすのを支えている。


「私は昔、私の命には価値も意味もないと思っていた。それはヤミン人だから……何もできないのが、力がないのが……それが当たり前」


「……ダリア」


「でもパティ達は私の命に意味をくれた。沢山笑って、沢山遊んでくれた。この子達を守る為なら死んでもいいって思った。だから後悔なんてしない……絶対に!」 


 ダリアは両手を広げると泣きじゃくるパティの顔を胸に預ける。

 ミュレーはパティのいる方角へと顔を向け語りかける。


「私はパティとずっと暮らしているから、彼女のことは良く知ってる。我侭でお転婆だけど正義感が強くて優しい子なんだって、そんな子を前にして言える? 優しさを捨てなさいなんて教えることが正しいことなの? 恨むとするなら、最後まで彼女の力になれなかった私自身を恨んで生きるわ……」


「わかった」


 俺は椅子から立ち上がると、パティに顔を向ける。

 彼女達が一時の感情でそういってるのか判断はつかないが、これだけは聞いておくべきだろう。


「それではパティ、お前にもう一度聞こう。討伐を諦めるか、諦めないか……」


「……諦めない……みんなの気持ちは無駄に出来ないもの、だから!」


「率直に言おう、正直俺にはお前の考えが良くわからない。世の中の人間なんてのは、皆自分のことしか考えてないからな。それが生物としての本能なんだとさ、利己的な遺伝子とか何とか、簡単に言えば救う価値なんてないんだ」


「それなら何で?」


 俺は含み笑いをすると窓の外を覗く、土砂降りの雨が窓を叩いている。


 俺は今嘘偽りのない自分の言葉で話している。

 こんな事は久しぶりでつい饒舌になる。


「パティ、お前は何者なんだ?」


「どういう意味?」


「人間は利己的な動物で本能に生きる獣だ、だがお前は違う……いやお前達は違う。どれだけ倒れ打ちのめされても、見ず知らずの他人の為に立ち上がる。実を言うと俺は魔物でね、そんなお前に興味を持ったんだ」


 パティの表情が凍りつく、他の娘達も俺の言葉の真意を測りかねて困惑しているようだ。

 だが今の俺は嘘は言っていない、俺は魔物であって人間ではない。


「何よタウ! こんな時に冗談は止めてッ!」


「冗談じゃないさ、俺は本当に魔物なんだ。リマに聞けば分かる、棺から出て来る所を見た筈だ。 あぁ、生物学的な分類上は魔物も同じ人間かな?」


 パティがリマに顔を向けると、リマは力なく頷いた。


「意味がわからない……タウ、貴方の言ってる事の意味がまるで分からないわ」


「では分かり易く言おう。魔物は元々人間で人為的な手を加えられて魔物になったんだ」


 人類はかつて少数の富裕層と多数の貧困層による危うい均衡で保たれていた。

 どれだけ富裕層が身勝手な振る舞いをしても、数の優位にある貧困層による革命によって秩序が保たれる。


 この均衡は無人機の開発によって覆された。

 全自動の殺戮機械によって少数の富裕層の権力は磐石の物となった。

 そして産業の自動化によって労働者が不要になると大規模な間引きが始まった。


 しかしそれでも無人機の活動範囲では処理限界がある。

 そこで目を付けられたのがALW(Artificial Life Weapon)

 人間の遺伝子を改造して食人人工生命体を作り出すプロジェクト。


「人間を食い殺す生き物を作る……な、何で?」


「そうした方が効率が良いからだ、機械ってわかるか? 鉄を材料にして武器を作るよりも、猛獣が牙や爪で戦った方が安くつくだろう? それに……人間を餌にすれば幾らでも増えるからな」


「嘘……そんなの嘘……そんなの嘘よッ! そんな酷い事出来る訳ないわ! 相手は同じ人間なのにッ!」


「言っただろ、人間は利己的な動物なんだ。他人が魔物になろうが食い殺されようが、知ったことではないんだよ」


 まぁ、結局の所、計画は失敗したのだろう、野生化したALWが増えすぎたか、或いは天使とやらが関係者を消してしまったのかも知れない。

 結局の所、パティ達は先人達の残した大きな遺恨の尻拭いに奔走しているだけということだ。


「以上のことを踏まえて、念の為にもう一度聞いておこう。討伐を諦めるか、諦めないか」


「諦める」


(……よかった)


 心の中でようやく安堵する、流石に追い詰めすぎたのかもしれない。

 だがこれ以上彼女達の人生をくだらない大人の尻拭いなどで浪費させたくはないからな。


「私はタウを殺せないもの……貴方がそういうなら、私は討伐を止める」


(違う……そうじゃないんだパティ)


「タウ様は魔物なんかじゃないです! 私の命の恩人で、あの時もきっと天使だって……」


「違う……違うッ! やめろッ! まだわからないのかッ!? お前達がこうして身を削ってまで守る価値のあるものなんて! この世には一つもないって言ってるんだ! ただの一つもだ!」


 俺は激昂して壁に拳を叩きつける、こいつらの考え方はまるで意味が分からない。

 彼女達の良心がこの世界の悪意に利用されているように感じて、益々怒りが込み上げてくる。


「タウは……私のこと嫌いなの?」


 俺は深い溜息をつく、全く……あぁ言えばこう言う。

 判った判った俺の負けですよ、お嬢様。


「わかりました、貴女方の選択を尊重して、もうこういった話は止めておきます」


「それと……好きか嫌いかで言うと好きですね、貴女達4人とも全員です。ですので、今後こういった不運が起きないよう。ちょっとしたおまじないをしても宜しいですか?」


「え?……うん」


 彼女達の首に触れ“インテンション”を使用する。

 体内に入り込んだナノマシンが患部を治療して、より生存に最適な形へと彼女達の体を作り変えるだろう。

 あと寿命も多少延びるかもな。


「……眠い」


「なんだかボーッとしてきました」


「ねぇ、パティ……一緒に寝よ?」


「……うん」


「それではお嬢様方……良い夢を」


 俺は彼女が寝付くのを見守ると部屋からそっと抜け出して今だ止まない雨を見ながら1人呟く。


「負けるなよ。パティ」



―――――

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