表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第五章 エルシオン帝国編
33/83

ダリアの花

―――――



 馬車の車輪が石畳に乗り上げる度に御者台が大きく揺れる。


 向かう先は隔絶居住区にあるユーグ氏の邸宅。

 検問から居住区へと乗り入れると内部には広大な敷地が広がっていた。

 庭園のようなものも見えるな。


 やがてユーグさんの邸宅に到着すると俺はダリアに待機するよう伝え、玄関へと歩き出した。


「失礼します、ユーグ氏は御在宅でしょうか?」


「タウ様ですね? 少々お待ちください……」


 ダリアの様子に目を向けると植えてある花々に興味津々のようだ。

 睫毛を揺らしながらぱちぱちと瞬きしている。


 横合いに執事から声を掛けられ階段を上がると、執務室へと通された。

 凄まじい書類の数だな。


「タウ君! よく着てくれた、どうぞ座って楽にしてくれ。おっと、今座るスペースを空けよう……」


「随分とお忙しいようですね、これは全部紙ですか?」


「あぁ、君のパルプ紙のお陰で書類整備も捗っているよ。各部署から精査した書類を集めてる所さ」


 こういうのはどうも緊張して苦手だ。

 周囲を見渡すと壁は全て本棚に改造され資料と思しき書籍などがぎっしりと詰められている。

 恐らく統計や数学に関する本だろうな、俺の場合扱えるのは物理数学くらいで数学も苦手だ。


 執事がテーブルの上に紅茶と茶菓子を置いて一礼する。


「先にこれを渡しておきます、ルース商会との連絡を取って用立てるのに若干時間を要しました」


「100金貨!? 出資して貰えるのは有り難いが他の取引先には御迷惑にならないかね?」


「商会の方でも本格的に融資を始めたようですので問題はないかと」


(ルース君の所で運用すると、変に気を使わせそうだしね)


 窓際に立ち、窓の外を眺めるとメイドさんに剪定された花をダリアが帽子に挿して貰っている。

 楽しそうで何よりです。


 ユーグさんに目を移すと証書を書き終わった様だ。

 こちらへと差し出された証書を無言で受け取る。


「君の出資のお陰で、紙幣印刷に係る設備投資の目処が立つよ」


 要するに株式のような物か、まさかこの俺が株を保有することになるとは……しかも事業内容は中央銀行に近い。

 成功すれば洒落にならない利益になる。

 何だか腹の具合がおかしくなってきた。


「まぁ、君には損をさせてしまうかもしれないが……」


(フラグですね、わかります)


「いえ、リスクのない事業など存在しませんから」


 どうせ知らない内に増えた泡銭だし、そもそもそんな大金があっても買う物がない。

 高級食材を使った料理なら自分で採って調理すれば良いし、武器も自分で設計が出来るなら材料があれば自作できるしな。 


 だがある程度何らかの形で金を落としとくべきかもしれない。

 ルース君に頼んで家でも建てるか?

 教会の炊き出しに並んでる人々を集めて建築すれば……いっその事公共事業のように。


「それで、タウ君は今後の予定は空いているのかね? よければ」


「折角ですが、この後は居住区にある図書館に寄る予定です。少しばかり調べたいものが……」


「そうか、残念だな。何かあればこちらから連絡するよ」


 紅茶を一息に飲み干す。

 うむ良い具合に冷えたな。


 お茶菓子は見た感じポンチキに似たドーナツか、紙に包んで持っていこう。

 俺がユーグさんの邸宅から出ると、両手を後ろ手に組んだダリアが帽子に花を挿し、お澄まし顔で出迎えた。


「よく似合ってますよ。あぁ、ドーナツ食べます?」


「……はい」


 俺が御者台に座り馬を蛇行させる間、ダリアは頬を桜色に染めながら横でもくもくとドーナツを頬張っている。

 案外これ難しいな。


 やがて目の前に巨大な建造物が見えてくる、あれが世界一の蔵書量を誇るといわれる帝国図書館か……。


 他の御者に馬を預け、入り口で記帳に署名する。

 偽名を使っても良いがここは素直に書いとくか。


「本が一杯ある」


 蔵書の中から植物図鑑を手渡すと、ダリアはページを捲りながら草花の図解を真剣な表情で眺めている。

 俺は近場の本を手に取ると、ぱらぱらと内容を確認していく。

 何冊か手に取って確認したが正直期待外れだな、この世界の文明が中世より下というのは確定のようだ。

 アンティキティラ島の機械やヘロンの蒸気機関みたいな代物はないのか。


(いっそのこと、古文書の方を調べるか)


 古文書の一冊を手にとって読んでみる。

 ページを開いた瞬間、俺は条件反射的に本を閉じてしまった。

 そこに書かれていた言葉は……日本語。


(……なんてこった)


 この場合、考えられる推論は2つある。

 俺以外にもこの世界に辿り着いた先人が書き残したという仮説。

 だが、ここの古文書には他言語などの書物も散見される。

 何人もの人間がこの世界に現れたとするなら、他に幾らでも知られている筈だ。


 もう一つの推論は考えたくない……考えたくはないが、この世界は異世界等ではなく地球だという仮説。

 だが、過去の世界という訳でもなければ平行世界という訳でもない。


(もしやとは思って覚悟はしていたが、いざ現実を突きつけられると、な)


 忘れていた記憶がフラッシュバックする。


 街に溢れ出す暴徒。

 車両に搭載された機銃で人々を薙ぎ払っていく無人機。

 皮膚に焼け付くガソリンの匂い、周囲に響き渡る悲鳴、スクリーンから流れる場違いなTVCM。 


 選ばれた人々、選ばれなかった人々。


(結局無駄だったって訳か)


 口元から下卑た笑いが漏れる、俺の精神の中には憐憫よりも先に嘲笑が湧いた。

 ざまぁみろという気持ちの方が強かった。

 人類の失敗が……未来に何も遺せなかった事に対して愉悦を感じた。


 宿へ戻る最中もそのことに対する思考が止む事はなかった。

 顔に手を当て過去の記憶を反芻する、気分が悪い。


 不意に馬車が止まると、俺はダリアへ顔を向ける。

 帽子が風に吹かれ橋の欄干の隙間を通って川へと落ちていったのが見えた。


「帽子……」


 ダリアは馬車を降りると、欄干に足をかけ川へと飛び込む。

 気が滅入っていた俺はその様子を眺めていたが、我に返ると急いで馬車を降り、橋の上から川を見下ろした。

 ダリアは無事に帽子を拾ったようで対岸で服が吸った水を絞っている。


(帽子ぐらい新しい物を買えばいいのに)


 ダリアがこちらに気付くと帽子を掲げながら、こちらに向かって手を振っている。

 遠巻きに彼女の帽子についていたダリアの花が、ゆっくりと川を流れ流木に引っかかり止まるのが見えた。


 俺はなんとなく、それを拾わなければいけないような気がして、ダリアと同じく欄干に足をかけ川に飛び込む。

 川は浅いので、川底を歩きながらそれを悠々と拾う事が出来た。


「タウ、ありがとう」


 彼女の帽子に花を着けると、恥ずかしそうに身を捩る。

 この程度の事で喜ぶ彼女の姿を見て俺はなぜか懐かしさを感じた。

 再び馬車に乗るとダリアが鞭を打ち馬車を走らせる、横目で見るダリアの顔は微かに嬉しそうだ。


(何かをすべきなのか、何もしないべきなのか) 


 前世界の失敗を省みて思考を巡らせる。


 あの時俺は何も出来なかった。

 出来る力がなかった。


 今でもそうかもしれないが、この世界では選ばれた側にいる。

 ダリア達とは対岸にいる人間に……。 


「タウ泣いてる」


「えっ? あぁ、虫でも飛び込んだかな?」 


 ダリアの顔が急に近付くと彼女は俺の頬に舌を這わせる。

 白昼堂々往来でセクハラですか?


 やめてください、人を呼びますよ!


「何味です?」


「タウの味がします」


 俺の渾身のボケに普通に答えるダリア、どういう味だ。

 本当にこの娘は何を考えてるのかよく分からない。


 ただ悪い気はしない。



―――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ