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邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第五章 エルシオン帝国編
29/83

兌換紙幣

―――――



 山間部を軽やかな足取りで馬車が走っていく。


 地図の通りなら海洋国家と帝国の国境沿いにある町に辿り着く頃だ。

 白い長袖のワンピースを着たダリアが帽子のつばを上げこちらへ語りかけてくる。


「目的地が見えました」


「はぁー……やっと着いたぁ、さっきからお尻が痛くてやんなっちゃうわ!」


「私もお尻が割れちゃいそうです……」


(最初から割れとるがな)


 帝国領エルシオンは大陸北部に広大な領土を抱える一大帝国群、というのも遥か昔。

 この国家の没落は英雄エルシオン暗殺事件から端を発する。

 時代の傑物と言われた英雄の死に国葬にて弔辞を挙げた。


 やがて皇女がこの国の実権を握ると苛烈な犯人探しが始まる。

 英雄の婚約者であった皇女はまず夫を処刑、

 その処断に反対する貴族達も次々と絞首台へと送られていった。 


 更に貴族達は皇女の復讐心を自らの出世競争に利用しようと画策。

 虚妄に執りつかれた皇女に妄言を弄する事で

 対抗貴族を失脚に追い込み、その功績から更なる領地を得たのだ。


(全く、よく今の今まで滅びずにいられたもんだ)


 こうして誕生した足の引っ張り合い国家は他国との経済競争から脱落、貧困国家の仲間入りと相成ったのでした、と。


 そろそろ町の入り口に入るようだ。

 ミュレーは幌から頭を出し周囲を確認する。


「ここは海洋国家と帝国領どちらになるのかしら?」


「あの関所を見る限り、ここはまだ海洋国家の領域のようですね」


 ダリアが馬を止めると俺達は町に降り立ち、ブーツで土を蹴り感触を確かめる。

 ここの土壌も相当劣悪なようだ。


 町並みに並ぶ家屋の壁面も石が剥落しており、添え木や当て布で補強されている。

 屋根の下では頭がぼさぼさの農奴が黙々と何かを口に運んでいる。


「酷い……なんてこと……」


「パティ、里帰りの感想は如何です?」


「前より悪くなってる、としか言えないわね。全く貴族連中は何をしてるのかしら」


(そりゃ政争でしょう、と口に出さないだけ学習した僕でした)


 ギルドカウンターに着くと受付嬢が渋い顔をしてパティに向かい応対している。

 どうやら帝国領とギルドの間にも何かしら問題が発生しているようだ。


「どうしても行かれるんですか?」


「何か問題でもあるの?」


「帝国領内では魔物の討伐、そのものが制限されているんです。なんでも国内の掃討には騎士団が当たるので、ギルドが介入するのは越権行為だと……」


「な、んなっ!?」


 パティが拳を握り締め怒りを露にするとカウンターにかぶりよる。

 すいません受付嬢さん、うちのペットがお騒がせしまして。

 しかし討伐の制限か、貴族の発言力が強ければそうなってしまうのもわからなくはない。


 彼等が税を徴収するのは軍事力によって国民を守るという大義名分があるからだ。

 かたや討伐ギルドは自警団のようなもの。


 そうなると庶民が自衛できるので軍を持つ貴族は必要ありません、税金も払いません。

 と、こうなってしまうわけだ。

 共和国で貴族と商工会が険悪なのも似たような構図なのだろう……なにより。


(魔物を全滅させれば、軍を持つ意義も失う)


 国民を守るという大義名分を逆に言えば、国民から危険を取り除けば名分を失うという事だ。

 だからこそ権力者は“新しい人類の敵”を創造し続ける。

 共産主義、テロリスト、そして……


「タウ様、大丈夫ですか? 先程から険しい顔をされてますが」


(おっと遺憾、スマイル、スマイル)


「えぇ、大丈夫ですよ、ありがとうリマ」


「わふっ」


 リマの頭に手を沿えポンポンと叩く。

 子供達がそういう大人の都合に振り回されるのを見るのは忍びない。

 視線を感じて目を上げると、他の女性陣がこちらを横目で見ながら無言の圧力をかけてくる。


(俺、何かしましたっけ? えーと……)


「検問に時間が掛かるかもしれませんし、急ぎましょう」


「そうね……うん、急ぎましょう」


 釈然としない表情でパティがそう告げると、俺達はギルドから足早に立ち去った。

 やっぱり自分からやっちゃったのは拙かったのかも知れない、これでは完璧にロリコンではないか。

 この世界にお巡りさんが居なくてよかった!


「はい、そこで止まってね。 積荷を検めます」


(検問か、装備が見つかったらヤバイかな?)


「あんた達、討伐ギルドかい?」


「そうよ、共和国から出て海洋国家を回ってきたの」


 そして馬鹿正直に答えるパティ、そのままの君で居て。

 ん? 人相描きを見た男が詰め所へと走っていったな。

 やがて詰め所から上等な鎧を着た中年の男が現れ、こちらへと歩み寄ってくる。


(アナライズ)


ユーグ 30歳 ベラハー人 貴族 9700


「すいません! 降ります!」


「ひゃっ!? なに? タウどうかしたの?」


 俺はミュレーを押し退け馬車から勢いよく飛び降りる。

 相手の男もこちらの様子に気付いたようで馬車ではなく俺の方角へと接近する。

 こんな町中で殺る気か? 男は懐から何かを取り出す姿勢を見せると、俺は背中のスティレットに手を伸ばす。


「君がタウ君、でいいのかな?」 


(狙いは始めから俺なのか? ならば教団の関係者?)


「はい、そうですが……私の事をどちらで?」


「んっ? ルース君から聞いていないのかね?」


 俺は深い溜息をつくと半身の体勢からゆっくりと足を戻して、スティレットから手を離す。


 ルースの知人なら悪い男ではないか?

 ユーグは片眉を挙げ微笑むと、軽く会釈して告げた。


「驚かせた様ですまないね……しかし君とは逸早く接触しておきたかった。だから当たりをつけてこの町で張っておいたのさ」


「それはまた……熱烈な歓迎痛み入ります」


「いいねぇ、そういう皮肉は私も大好きでね。まぁ、貴族連中なんてのは皮肉もわからん連中ばかりだが」


 手当たり次第に銃で撃たなくてよかった。

 下二桁が0って事は殺人以外は経験のない人物ということ。

 盗賊退治か戦争か? どちらにせよこちらに明確な敵意がないのはわかった。


「私に何か御用ですか?」


(それでも帝国の人間、しかも相手が騎士となれば警戒は必要だな)


「私の名はユーグ、一緒に食事でもどうかと思ってね、ランチに誘いに来たのさ」


「是非御一緒させて下さい」


 詰め所の一角に通され椅子に座る。 既に料理が用意されていたようだ。

  テーブルの上の巨大な鍋から湯気が溢れ出ている、これはポトフか? いや違うな。

 皿に注がれた分をスプーンで確認していく、アイントプフというドイツのスープ料理に似ている。


「ははっ別に毒は入ってはいないよ。 先に毒見しようか?」


「いえいえ、具材を確認しただけですので」


「?」


 ユーグの頭上に?マークが浮かんでいるが今はそれどころではない。


 スプーンでスープを掬いまず匂いを確認してみる。

 匂いと色合い的にはコンソメベースか。

 ハーブの香りも感じる、意外に凝っているな。


「それで話というのはだね……」


「小父様、残念だけどタウは一度食事に入ったら、他の事には目が入らなくなるの。会話するのは諦めた方が良いわよ」


「そ、そうなのかい」


 まずはソーセージだ。

 口に放り込み噛み付くとぱりぱりとした食感が返ってくる。

 良い歯ごたえだ。


 次にじゃがいも、人参、玉葱等の野菜を掬う、大き目のスプーンですらはみでるこのボリューム感。

 火もよく通っていて柔らかい、特に人参が最高に蕩けそうだ。


(正直期待はしていなかったが旨いな)


「パティ、私達も頂きましょ」


「このスープ、村のお祭りで食べた事あるの、おいしーですよ!」


「あぁ、沢山あるから遠慮なく食べてくれ」


 黙々と口に運んでいくとぐにゃっとした歯応えが返ってきた。

 これはレンズ豆だな、緑の味がする。


 パン籠からパンを一切れ頂くとスープと一緒に口に含んだ。

 重曹の入っていない固めのパンだがスープがパンによく染みていく。


「素朴な味ね」


「私は貧乏貴族の出でね、こういう庶民料理でも月に一度のご馳走だったよ」


「わかります!」


(見た目がご馳走って感じだもんな)


 2杯目を完食、パンでスープ皿を綺麗にすると口の中に放り込む。

 トマトベースでもう一度食べてみたいな。

 うーむ、エールが無性に飲みたくなってきたぞ。

 水で誤魔化すか。


「ごちそうさまでした、大変良いお味でした」


「いやいや、それでは話を始めてもいいかな? うん、タウ君はこの国を見てまずどう思ったかね? 率直に聞かせて欲しい」


「酷いものですね、このままでは長くは持たないかと」


 周りの兵士達の視線が突き刺さる。


 だってユーグさんが素直に言えって言ったし、僕は悪くないもん。

 ユーグさんが頬をぽりぽりと掻きながら、先程取り出そうとした2枚の紙を俺の目の前に置いた。

 1枚はルース君の紹介状、もう1枚は……思わず手に持って読み耽る。


 これって帝国の財政収支なのでは?


「いいんですか? 本来なら機密扱いなのでは?」


「構わないよ、この国の財政は、我々屋根の騎士団が一手に請け負っているんだ。外に情報を持ち出すことぐらいお安い御用という訳さ」


「しかしこれは、ちょっと……」


 予想以上に酷すぎる。

 国債という概念がない為にプライマリーバランスは取れているのだが、そのぶん税負担が恐ろしい事になっている。

 それに税収予測値と実測値がまるで合っていない、脱税が横行している証拠だ。


 それに使途不明金の支出がかなりある。

 士気向上の為の遊行施設建設費ってなんなの? 具体的に何するの?

 こんなので予算通ると思ってるの?


「あぁ……ちょっとどころではないぐらい酷い。それでルース君の伝手で君の事を知ってね、何とか知恵を貸して頂けないかと」


「申し訳ないですが、この場合は抜本的な治療が必要だと思います」


「成る程、しかし具体的な策としては幾つ挙げられるかな?」


 まずは社会保障の改善。

 この財政を見る限りでは大きく軍事費に偏りすぎている。

 貴重な労働者が軽い怪我や病で再起不能になり、実働労働力が不足。

 労働者の減少から一人当たりの負担も増える悪循環だ

 また教会の炊き出しなどもないので餓死も多い。


 次に挙げられるのは貧富の格差是正。

 労働者の実体が農奴であり、賃金という体制そのものがない。

 貴族が変わりに消費する事になるが、デタラメな品をデタラメな値段で売り買いする。

 そして民間での消費活動が喚起されないので、一般人の目に魅力的に映る商品がない。

 この国には輸出して売れる物が何もないのだ。

 結果的に慢性的な貿易赤字となる。


 お次は交易路の改善。

 共和国の一例で挙げれば討伐ギルドの褒賞金がゴブリン1体で1銀貨というのは高いように思える。

 だが馬車を丸ごと失えば損害は1金貨では済まない。

 損害保険に入っていると思えば安い物だ。

 しかし、この国は魔物の討伐に制限までかけている。

 それ故に損失する財の額も比較にはならない。


 最後に徴税捕捉率の改善による税収の強化。

 勿論それは庶民から大増税しろという話ではない。

 徴税の抜け穴を利用して払うべき人間が税金を納めていないことの方が大問題なのだ。

 ちょっとした資産運用で完全な無税になってしまう。

 これでは税金自体に意味がないといわざるを得ない。


「……といった所ですが如何でしょうか?」


「……」


 ユーグさんは両手をテーブルに着け、完全に突っ伏したまま動かない。

 誰か担架持ってこい!

 ユーグさんは手で握り拳を作ると、テーブルを打ちつけようやく頭を上げた。

 見た目に似合わずにひょうきんな人だなぁ。


「本当に! 本当にね! 貴族連中というのは幾ら言ってもわかってはくれないのだよ、タウ君!」


(おっと、特大の地雷を踏んでしまったようだ)


「屋根の騎士団はお前ら貴族の貯金箱じゃない! 叩けば幾らでも金が出ると思うなよッ!」


 パティ達の方に目を向けると流石の彼女達もドン引きしている。

 周りの兵士達の間ではさめざめと涙を流す人間までいる始末だ、ユーグさんはそれからも貴族に対する不平不満をぶちまけ続け。

 30分ほど濛々と噴火した後にようやく沈静化した。


「なんだかユーグさん可哀想、タウ、何とかしなさいよ」


「私が解決出来るような事態なら、ユーグさんが既に対策しているでしょう」


「タウにも無理なんですか?」


「交易路の改善だけを取ってみても、王侯貴族が首を縦に振ることは有り得ません」

 

「その通りだ、幾ら道理を説いても、彼らにしてみれば自分達の正統性を脅かす政策を通す事がまず有り得ない。そこで私は考えた……」


 復活したユーグさんがテーブルの上に金・銀・銅貨そして1・100・10000と書かれた紙を置いた。

 パティが目敏く拾いながらパタパタと振っている。

 成る程、兌換紙幣か……これならば……


「何この紙切れ?」


「紙幣ですよね? 金銀銅本位制では通貨供給量が金銀採掘量で制限され金貨は貴族の下で死蔵されてしまう。だが紙幣を用いるならば……」


「君が協力したという、パルプ紙を見てパッと閃いたんだ。これを使って新たな通貨を作り、それを市井に流通させる事で下々にもお金が行き渡るようにする」


 面白いことを考える人だな。

 この時代に兌換紙幣を、だが流通させるにはそれを使って物を売り買い出来るという信用が必要だ。

 それに偽造防止の対策なども必要になる。


 この時代では少し難しいぞ。


「そこでこんな申し出をするのは大変心苦しいのだが、君の資……」


「すいません! エールを一杯貰えますか!」


「あぁ当然、タウ君にも貸し付けた紙幣分は利息を……」


「いやぁなんだかここは暑いですね! ユーグさん、続きはあの涼しそうな木陰でお話しましょう!」


 当惑しているパティ達を尻目に俺はユーグさんの背中を押しながら颯爽とその場から退席した。



―――――

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