郷に入っては郷に従え
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この街に着てから約4ヶ月が経過し7月上旬に入った。
季節は移り変わり討伐は順調に進んでいる。
しかしここに来て俺達はギルド設立以来、最大の危機に直面するのであった。
「あ゛ーつ゛ーい゛ー!!」
はしたない格好をした野良猫が俺の部屋でごろごろ転がっている。
粘着テープでもつけておけば部屋の掃除になりそう。
ミュレーやリマも薄着で大量の汗を掻きながら俺の部屋で完全にへばっている。
警戒心ゼロだな、こいつら。
「何故に私の部屋に集まるのですか?」
「だって、私達の部屋は日向なんですもの」
「こんなに暑いのは、ちょっと無理ですぅ」
「ここは風も入ってきますし……日が暮れるとそうでもないんですけど……」
気化熱で昼は熱く夜は寒くなるからな。
この調子で最近は討伐にも出られない日々が続いている。
まぁ、魔物自体は最近減っているので大きな問題もないのだが。
あとこの暑さでの中で平気なのは……
「タウ?」
「あぁダリア、良い所に……今から行きますか?」
「はい大丈夫です」
「パトリシア、少しばかり外出します」
パティは顔を背けたまま返事をすることもなく、横着そうにひらひらと手の平を振って答える。
リマは俺達に着いて行こうとよろよろと立ち上がるもの の、千鳥足の状態で前のめりに倒れ。
暑さに敗北した。
俺はダリアと2人で郊外にある奴隷商館へと馬車を走らせる。
ここには何度か足を運んでいるが今日が最後になるだろうな。
深い溜息をつくと、ダリアは俺の袖を引っ張りながら先に進むように急かす。
しかし本当に暑いな……商館に入ると何時もの男が揉み手を擦りながら店内から現れた。
(現実で揉み手する人を始めて見た)
「これはようこそいらっしゃいました、今回はどのような御用件で?」
「いえ、今日は私ではなく、この娘が買いに来ました」
ダリアが帽子を取ると彼女のことを思い出したのか、奴隷商の男は引き攣った笑顔を貼り付けたまま困惑している。
ダリアは俺と奴隷商の顔を交互に見遣ると、思い出したようにサイドポーチから金貨を3枚取り出した。
「え、えーと……どのような条件で御用立て致しましょう」
「ヤミン人を全員」
ダリアがそう言うなり、男は口を開けたまま固まっている。
ダリアが不思議そうに首を傾げると慌てた様子で奥へと引っ込んでいった。
その様子が余りに面白かったので、俺は隣で笑いを堪えるのに必死だった。
「買えないの?」
「まぁ、先方の都合もあるでしょうから、もうしばらく待ちましょう」
「大変お待たせしました! さぁこちらへどうぞ!」
通された先には13人のヤミン人が並べられていた。
ダリアに聞いた話によると、ある日、ヤミン人の集落が魔物に襲われ。
追い立てられた村民の集団は保護を求めこの街に入り込んだ途端、全員兵士に捕らえられてしまったらしい。
罪状は国境侵犯。ヤミン人は海洋国家から追放された棄民であり、居住資格がないといった具合のお話ようだ。
まぁ、この件に関しては俺からとやかく言うことはない。
郷に入らば郷に従えというしな。
「……ダリア?」
「何故ここに?」
ざわめきを上げるヤミン人の間から1人の女が列から躍りだすと、ダリアに両手を広げ抱きついた。
「ダリアッ!」
抑止しようとする男を俺は片手を上げて静止すると剣に手をかける。
無粋な真似はするもんじゃない。
女はダリアの両頬に手を当てると、ダリアの両眼から一筋の涙が伝い落ちるのが見えた。
良かったなダリア。
「お母さん……」
「ダリア、よく無事でっ!」
「お母さん、私……頑張ったよ、私」
さすがにこれ以上は見ていられない。
俺はそのまま奴隷商の肩に手をかけ店内の奥へと誘導するとビジネスの話に移る。
男は弱った様子で頭を掻きながら、ぺこぺこと頭を下げていた。
「それで、如何ほどですか?」
(まぁ、ここでボるんだろうね)
「はい、その……銀貨にして390枚ほどで残念ながら金貨3枚では。あっ依然仰った通り、彼等に罰は与えておりませんので……」
「それはよかった。申し訳ありませんが不足分は小切手で宜しいですか?」
「えっ、小切手!?」
俺は小切手に金額と名前を書くと男に手渡す。
男が小切手に目を走らせると目が泳ぎ始めた。
「あの……これ、ルース商会のタウというのは?」
「いやぁ、お互い良いビジネスが出来てよかった。そうは思いませんか?」
「はい! はい! その通りです!!」
(金貨2枚でもいけたかな?)
その後、俺達は奴隷商館を出て一旦宿まで戻った。
彼らは一応ダリアの所有物ということになっているので問題はないだろう。
ルース君の名前を利用したようで心苦しいが……。
さて、ここからもう一手欲しい所だな。
……日が落ちた頃、月明かりが眼下の集落を明るく照らし出している。
俺達はもう一度装備の点検を行うとお互いに最終確認を行った。
「新しい装備の方はどうですか?」
「ちょっとゴワゴワするけど、前の装備よりもマシね」
ルース商会が開発したビスチェとガードルのインナーアーマーの評価は上々のようだ。
パティは、ギルドのユニフォームであるチュニックの上から白のスュルコを羽織り。
下にはストッキングとペティコート。
重量増加により無骨になったガントレットとグリーブを装着。
武器は60cmほどのグラディウスが2本。
ミュレーは、ユニフォームにアーバレストを固定する為のベルトを肩にかけ。
両腰には矢筒を配置。
武器はコンパウンドボウ。
リマは、ユニフォームの左側のみに金属製のレームをあしらっている。
背中にはバックラーを配置。
武器は十文字槍を参考に製作したクロスハルバード。
ダリアは、ユニフォームの各所にベルトを着け棒手裏剣を合計10本配置。
武器は護身用に肩から提げた脇差が1本。
「あと2人ほど居れば、完璧だったんですけどね」
「5人も居れば充分よ」
「ざっと見たところゴブリンが30体以上居るみたい。タウ、いつ頃にしかける?」
(正確には42、この数で相手がどう動くかは未知数……)
広域アナライズの反応がオーガも2匹捉えている。
パティはともかく他のメンバーを単独行動させるのは危険だろう。
パティは遊撃で突貫。
リマが護衛しつつミュレーは狙撃。
ダリアはリマの打ち漏らしのカバー。
俺は皆に大まかな作戦を伝えると火炎瓶を集落の広場に投げ込み、開戦の狼煙を上げた。
「んじゃ、お先に失礼!」
パティが崖を駆け下りると回転による遠心力を利用、両手に持ったグラディウスでゴブリン達の首を次々と刎ねていく。
もう全部あいつ1人でいいんじゃないかな? ミュレーがコンパウンドボウで要所に火矢を撃ち込みながら視界を確保。
崖の上へ迎撃に上がるゴブリン達をリマがハルバードで薙ぎ払う。
「ここなら安定してますね。中型が来たら無理をせずにパトリシアを呼ぶように」
「ち、ちょっと、ゴブリンの数が多いです!」
「支援します」
ダリアが棒手裏剣をゴブリンの足に直打法で打ち込み足止め、リマが槍を使って崖下に突き落としている。
(絵面だけ見るとおもろいな)
「では、ちょっといってきますね」
俺はベクドコルバンを手に取ると崖下へと駆け下りた。
右手から襲い掛かるゴブリンを得物で振り払うとピックが頭蓋を貫通し一撃で葬り去る。
ほぉ中々良い武器だ。
「ちょっとタウ! 何しに来たの?」
「崖上を無視して、こちらに集まってきています」
(……20体ぐらい)
「間違って斬られても知らないんだから!」
月明かりや照明があるとはいえ視界の狭い状況ではパティの能力も十全には発揮できない。
死角をカバーする必要があるだろう。
近づいてくるゴブリンの足を払いハンマーを頭に打ちつけ、もう一匹にスピアで刺突。
突く・叩く・払う全てに対応できるのがベクドコルバンの強みのようだ。
「にゃぁぁぁっ!」
正確無比な突きの連撃によってゴブリン達の喉笛が次々と引き裂かれる。
オーガが暗闇から姿を現すとパティが距離を取り、入れ替わりに前に出た俺の振るったハンマーがオーガの膝の皿を砕く。
膝を着いたオーガの頭部をすかさずパティが斬り落とした。
(あとはパティのスタミナが続くかどうかだが……)
「ふっ! ふっ! タウッ、いまどれくらい殺った!?」
広域アナライズによって敵の残存兵力を検索する残り23……ここに居るのは16か。
ベクドコルバンで2体のゴブリンの足を払い1体ずつ仕留める。これで14。
「あと、14体ほどです」
「あっそ……んじゃ、今3体やったからあと11体。あぁっ、もう面倒臭いッ!!」
ゴブリンの集団に囲まれたパティが舞うようにゴブリンの体を切り刻んでいく。
集中力が切れ始めているな……残りのオーガはどこだ? アナライズからも反応が消えたようだが?
「タウ、パティ、オーガを1体やったわ!」
「ミュレーあとどれぐらい居るっ!?」
「そこに居る5体だけ! リマちゃん達がそっちに向かっているから無理しないで!」
「オッケー! なら全力でいくわよ!」
パティが残党に突撃、すれ違い様にゴブリン達の首を刎ね飛ばす。
残心を残す体勢を維持しながら周囲から物音が途切れたのを確認すると、パティは大きく息を吐きそのまま尻餅を着いた。
「ぷはぁーっ! もー限界っ! もー無理ぃ!」
(結局1人で半分以上倒しちゃったよ……)
「気を抜かないようにしてください、まだ20体ぐらい居るかも……」
「笑えない冗談ね……ひひっ」
俺もベクドコルバンを杖代わりにその場で腰を曲げる。
疲れは感じないが筋肉に痺れがある。
本来なら乳酸とかでまくってるんだろうな、これ。
リマやミュレー達と合流しようやく安堵を吐いた。
「ダリアはどこです?」
「えっ? 先に下りていったのに?」
(生きてはいるようだが)
やがて、夜の暗闇からダリアが姿を現した。
その腕にはしっかりと大切な者を守るように……頭蓋骨が抱えられていた。
「皆、助けてくれて……ありがとう」
(……参ったな)
涙を流しながら感謝の言葉を紡ぐダリアにそこにいる誰もが声を掛けることは出来なかった。
パティが拳を握り締めると振りかぶり地面に叩きつける。
山の向こうから夜が白み、朝日が俺達の姿を照らし始めていた。
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