奥義 火遁の術
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馬車の車輪が小石に乗り上げ車体を上下に揺らしながら、見晴らしの良い荒野を走る。
車体に板ばねがついていなければ確実に酔っている所だ。
街から出る前は荷台で雑談していたメンバー達も、今では私語も減り適度な緊張感に包まれている。
(ALW-038……あれか)
「タウ、ダリア、水飲む?」
「ありがとうミュレー、皆の様子はどうですか?」
「リマちゃんが少し疲れてるみたい」
御者台に座る俺はミュレーからマグカップを受け取ると一息に水を呷る。
ダリアもミュレーから水を受け取ると俺と同じように一息で飲み干す。
グリフォンは先程から動いていない、警戒しているのか岩場から飛ぶ様子も見えない。
だがこちらが目に入っていることは確かのようだ。
「ダリア、少し速度を落としましょう」
「わかりました」
どうやら獲物は掛かったようだ。
グリフォンと見られる魔物はこちらへ向かって真っ直ぐ進行してくる。
しかし予想外のスピードだな。
このままでは俺達は兎も角、馬がやられてしまうかもしれない。
「進行方向から4時方向、目標確認!」
「ダリア、馬車を左に向けてから停車して」
「はい」
「やっと来たわね、パパッと片付けるわよ!」
馬車が荒野の最中で停車すると、グリフォンの姿が遠巻きからでも視認出来る。
本当に中型か? 距離的にいってもかなりサイズがある。
パティ達が降車するのを確認して、ダリアに合図を待つように伝え俺も御者台から飛び降りる。
「奴はおそらく滑空しているだけですので、ミュレーはギリギリまで敵を引き付けてください」
「わかりました! あの大きさなら外しません」
「パティとリマは万一に備えて、離れた場所で待機お願いします」
「了解! リマこっちよ!」
俺がダリアに合図を送ると、馬車が走り出し着地地点を修正する為にグリフォンが腹を持ち上げる形になる。
予想通り奴の狙いは馬か、発射されたクォーレルが風を裂きグリフォンの左足付け根に命中した。
「着弾確認、脚です!」
「こっちに落ちてくるわね。落下の衝撃で死ぬんじゃないかしら?」
「気を抜かないように、奴はおそらく走るのも速い」
地面に着地したグリフォンは飛行の慣性を利用してそのまま走りながら突撃してくる。
俺はハチェットを抜き、大きく振りかぶり投擲するとグリフォンはサイドステップで飛来するハチェットを軽々と回避した。
「避けた!? リマ警戒して!」
(今までにないタイプだな)
「ひゃっ! そっちに行きます」
グリフォンは俺の後方にいるミュレー目掛けて突進してくる。
拙いな、あのスピードじゃパティはともかくリマでは止められない。
俺はサイドバックからマキビシを取り出すと眼前にばら撒いて距離を取った。
「タウ!?」
「ご心配なく、こちらで処理できます」
グリフォンがマキビシを踏み抜くとその場で横転する。
更にガラス瓶を取り出しライターで油布に火をつけ地面目掛けて放り投げる。
割れた中身からガソリンが飛び散りグリフォンに降りかかると、爆発的に燃え上がった。
(存外しぶといね)
「撃てます!」
グリフォンが黒炎に塗れながらこちらへと近付いてくる。
ミュレーの合図と共に俺が射線から飛び退くと、アーバレストから放たれたクォーレルがグリフォンの胸部を完全に粉砕した。
「……終わった」
「タウ様っ! ご無事ですかっ!?」
「あっと、リマ動かないでください。まだマキビシが転がってますので、危ないですよ」
地面に巻いたマキビシを全て回収し終えると、ダリアがナイフを使ってグリフォンのくちばしを解体し始める。
やはりこの戦法は使えないな、魔物があまりにもしぶとすぎる。
火のついた状態で暴れ回られると逆に被害が拡大する恐れがある。
ふと視線を移すと、パティがこちらに向かって膨れっ面で不満顔だ。
「ちょっとタウッ! あんな武器があるんなら、もっと早い内に使いなさいよ!」
「延焼して危険なので開けた場所でしか使えませんし、こういった集団戦では向いていませんから……」
「タウ様凄いですっ! まるで魔法使いみたい!」
(俺はまだ三十路前だよ)
広域アナライズに反応が近付いてくる。
煙に誘き出されたのか、それともグリフォンの食い残しにあやかりに来たのか、ゴブリンが4体にALW-019の反応が1体。
岩陰から現れ隊列を組みながら走り寄って来る。
「少々派手にやりすぎたようですね」
「この距離なら近づく前に何体かは減らせます」
「残念ながら火炎瓶は先程ので品切れです」
「あたしはトロルの方を殺るわ! リマは残ったゴブリンを処理して!」
アーバレストから撃ち出された2発のクォーレルは1体のゴブリンの肩を弾き飛ばし、トロルの腹部を撃ち抜く。
ゴブリンは絶命したもの の、トロルは依然前進を止めることなく健在のようだ。
(腹が臓器ごと吹っ飛んでいるのに怯みもしないのか?)
「ふーん、随分としぶといのね」
パティは疾走しながらトロルの脇を潜ると岩を足場にトロルの肩に飛び乗り。
喉にグラディウスを突き入れ首を刎ね飛ばす。
「よしっ!」
これはもう化け猫の類ですわ。
リマは3体のゴブリンと距離を取りながらも無難に1体ずつ処理している。
こちらに向かってきたゴブリンは俺のメイスの一撃を食らいグロッキーになった所にミュレーの最後の一撃で頭部を粉砕され、戦闘は無事に終了した。
「もう、こないですよね?」
(周辺にアナライズの反応もないな)
「なんだかどっと疲れた感じ……ダリア採集お願い」
「お疲れ様でした」
ダリアの採集が滞りなく終わると、俺達を乗せた馬車は反転し滞りなく街へと帰還する。
ここまで相当馬車を走らせているのでダリアの負担も大きい。
リマは電池が切れたように馬車に乗るなりいびきをかいて眠り。
ミュレーはリマを膝枕しながら、うとうと と体を漕いでいる。
ギルドに帰還する頃には既に夕方を過ぎていた。
「それでは今日の戦果を発表しまーす! グリフォン1体、トロル1体、ゴブリン4体しめて銀貨165枚也!」
「中型2体でそんなにもなるの?」
「グリフォンが馬車を襲う被害が大きかった所為か、そのぶん商会からの褒賞金も高かったようです」
パティがテーブルの上に銀貨を置き。
それぞれに公平に分配していくと、ダリアが置かれた銀貨をテーブルの中央へ押し戻し俯いたまま一言だけ言葉を漏らした。
「私はまだ要らないです」
「戦闘に参加していないことは気にしなくてもいいのよ、ダリア。今日は長時間馬を繰って疲れたでしょう?」
「そうよ! 戦闘で活躍してないって言うんなら。タウの方が普段から役に立ってないんだし!」
(今日は活躍したのに……)
パティが銀貨を押し返す度にダリアは押し戻そうとするので、二人はテーブルの中央で手を繋ぎ押し合いになっている。
どんな状況だ。
まぁ彼女が銀貨を受け取らない理由は大体見当もつくのだが。
「そういえばダリア。ここに銀貨が33枚ありますから、ここで貴女を買い戻しましょう」
「……嫌」
「はい10枚頂きました。では明日からも、御者のお仕事頑張ってくださいね」
ダリアはこちらの顔を見ながら目をぱちくりすると、残りの23枚の銀貨を受け取りせっせと服で銀貨を磨き始める。
パティとミュレーは互いに顔を見合わせ、ほっとした様子で笑いあった。
「他の仕事が良ければ、何時でも紹介しますから」
「皆と一緒がいいです」
「これからもよろしくね、ダリア!」
ちなみにリマは宿に置いてきた。
ハッキリいってこのハートフル展開にはついてこれそうもないからな。
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