タダ働き
―――――
早朝、早めに起床した俺はルース商会から馬車を買いつける。
案の定ディスカウント価格だった。
為替の概念がある訳でもないのに通貨価値が変わるってのも新鮮だな。
「すいません小切手でいいですか?」
「はい只今お待ちください」
「あっと、この帽子も1つお願いします」
階段から騒がしい音が聞こえてくる。
ダリアが無口な子で良かった。
これ以上騒がしいのが増えると騒音公害になるからな。
降りてくる少女達を確認すると、ダリアが今にも死にそうな顔で降りてきた。
女子会トーク恐ろし過ぎるだろ。
ダリアが俺と目が合うと、毅然として背筋を伸ばしこちらを睨みつける。
ガッツあるね。
「タウ、おはよー!」
「タウ様、おはようございます!」
「おはよ……タウ」
「ミュレーの元気がないですね?」
話を聞くところによるとミュレーの猫可愛がりが発動したもの の、ダリアからは悉く拒絶されてしまったので今朝からショックを受けているらしい。
こちらも重傷ですね。
「そーいえば馬車はどうなったのよ?」
「ルース商会から上手い具合に買えました。今表に来ているので見に行きましょう」
「一番乗りです!」
「あっ!? ずっこいわよ、リマ!!」
表に出ると、意外に大きめの馬車が着いていた。
パティとリマが幌の横から重なるように顔を出すと、ミュレーもエンジンが再起動。
頬を紅潮させながら馬車に乗り込み最上段から顔を出す。
何がしたいんだ、この人達。
「お、随分と良い馬ですね」
「雄」
「へぇ、詳しいんですね。じゃあダリア、今から君の仕事を説明するので、よく聞くように」
「……」
ダリアは幌から顔を出しているパティ達の方を見て、ポケーッと呆けている。
遺憾な早くも阿呆がうつり始めている。
しっかりしろダリアまだ2日目だぞ! 今朝のガッツはどうした!
「この馬のお世話を毎日すること、少なくとも飼葉は毎日上げてください。それから以後、討伐依頼を受ける際に御者として同行して貰いますので……聞いてます?」
「あっ、はい」
「えーと、他にはないですね。あと帽子を買いましたので。皆の前では目は気にしなくてもいいですが、街中にいる時はそれを被ってくださいね」
俺は先ほど購入した白い帽子をダリアの頭に被せる、日除けにも必要だろうしね。
ダリアは俺の目を見ると、そのまま視線を地面に落とし大粒の涙を流し始めた。
何か不味かったかな?
腕で涙を拭う度に洋服の裾がぐしょぐしょになっている。
あぁ、まだ君の服はそれだけしかないから、替えはないんだが……
「ちょっとタウッ、なにダリア泣かしてんのよっ!」
「すいません、ちょっとした手違いがあったようで……」
「ダリアの目あんなに綺麗なのに、タウが帽子で隠せなんて言うからでしょ!」
ダリアはその場で膝を折って、顔を両手で塞ぐと本格的に泣き始めてしまった。
今までこの子がどんな人生を送って来たのか……考えたくもないな。
「違うんです、違うんです」
「ダリア大丈夫?」
「環境の変化で精神的に参ってるのかも、部屋で休ませてあげましょう」
「ダリアほら、立てる?」
パティが片手を差し出すと、ダリアはその手を両手でしっかりと握り締める。
そのまま4人は部屋に戻っていくと、その場には俺だけが取り残された。
何だこの疎外感……まぁ、そう急ぐ事もないか。
……静寂の森に弓の撓る音が静かに響く。
ミュレーの手元から放たれたコンパウンドボウの三斉射を皮切りに前線を押し上げる。
相手は小型が5体。
今となっては余裕の相手だ。
ミュレーの矢が命中し動きの鈍くなった個体から、リマのハーフパイクの突きが次々と襲う。
パティが後退するゴブリンの左翼から踊りだし、一挙に2体の喉をグラディウスで切り裂いた。
「リマ、良いわよっ!」
「はいっ!!」
身を乗り出して全身の自重を掛けたリマの突きがゴブリンを襲うと、一瞬にして2体のゴブリンを仕留める。
俺はゴブリンにスライディングを仕掛けると転んだゴブリンと悶着したのちに、スティレットを肝臓に差し込みようやく1体に止めを刺す。
決着は2分も立たない内に決まった。
内1分は僕です。
「ごめんなさいパティ、頭を外しちゃった」
「平気よミュレー、リマがリカバーしてくれたから」
「お任せください!」
これは拙い流れだな、俺は盛り上がるメンバーの間から気付かれないようにこっそり距離を取る。
パティのジト目が緩慢な動きを捉えると、何時もながらの忠告が飛んだ。
「それとタウ、あんたいい加減武器を変えなさい! あとグラウンドも禁止! 魔物相手に使う戦法じゃないでしょうに!」
「すいません。これしか知らないもので……」
「採っても?」
「あっ、お願いダリア、右耳だけ採ってね」
背嚢を担いだダリアがこくりと頷くとゴブリンの耳をナイフで手早く切り取っていく。
本来なら荷物運びや採集等の雑用は俺専門の仕事だったのだが、今ではダリアが成り代わっている。
つまり、その分俺の評価が相対的に下がってしまっているということなのだ。
(ダリア……中々やりおるわ)
「それじゃ私達は先に馬車に戻るから、後は宜しくねダリア」
「わかりました」
ダリアは耳を削ぎ終わると袋に詰め、馬車へと歩き出す。
特に逃げる様子も見せないし良い買い物だったのかもな。
こちらの視線に気付くと俺と目を合わせたが、即座に目を逸らし再び歩き出した。
うーむ何を考えてるのかさっぱり分からん。
「おかえりー、ダリア馬車を出して良いわよ」
「はい」
「ダリアもサンドイッチどうですか? おいしいですよ?」
リマの差し出すサンドイッチをダリアが受け取ると、もくもくとのんびり口を動かしながら咀嚼する。
食べ終わると、帽子を被り御者台の上に乗り、馬に鞭を打って馬車は走り出した。
俺達は街に帰還するなり馬車を厩舎に預け、ギルド内で魔物を換金するとテーブルの上に並べ配分していく。
「私とミュレーは銀貨2枚共有資金に入れるわね。はい、リマは1枚」
「がんばってバスタブ買います!」
「あとダリアも1枚ね、今日もお疲れ様」
「ありがとう」
ダリアは頬を上気させながら、受け取った銀貨をせっせと服で磨くとベルトのポーチに入れた。
この調子だと銀貨10枚ぐらいはすぐに貯まりそうな気配だ。
奴隷は自分を購入した金額と同じ額を主人に買い戻すことで、自由市民になれる。
まぁ、自由になったからといってすぐに次の定職に就ける訳はないので、
以前の仕事場に戻って続けることが多いと言われている。
無論この世界でどうなのかは知らないが。
「ひゃっ! やっ! やめっ!」
ギルド内に聞きなれた声の悲鳴が上がる。
俺とパティが即座に剣に手を掛け椅子から立ち上がると、声のした方向へ顔を向けた。
どういうわけかリマが男達に絡まれているようだ。
「ちょっとあんたらっ!? うちのメンバーに何する気!?」
「あっ!? 俺らはちょっと酌を頼んだだけでこの女がいきなり悲鳴を上げただけだ!」
「お、おい、あの女、例の……」
リマは床に腰が抜けたように座り込み、怯え切っている。
その怯えに比例してパティの殺気がどんどん膨らんでいく。
相手の男達もその気配に気圧されて睨み返す。
これは拙いな。
下手すると刃傷沙汰になる。
カルマを見る限りそれほど高い訳ではないし、本気でお酌をさせるだけのつもりだったのだろう。
「リマ、大丈夫ですか? ここはいいからミュレーと一緒に店の外で空気を吸ってきなさい」
「あっ……は、はい」
「何だオメェ!?」
「すいません少々説明に時間を頂いても宜しいですか?」
ここで嘘を言ってもしょうがない。
俺は相手と距離を取ってリマが盗賊に襲われて攫われた事や狂信者の儀式の生贄にされかけて、友人達の死に様を眼前で見せられたことなどを包み隠さず話した。
当初は怒気を露にしていた男達も話を聞き終わる頃にはすっかり牙が抜け落ちていた。
「そういう訳なので、彼女には少々男性恐怖症の芽があるのです。ですから……」
「いやいや、もうわかったよ。すまねぇさっきのは俺達が悪かった」
「パティもいいですよね?」
「うん……私も悪かったわ」
後ろを振り返るとダリアもミュレーと共にリマを連れて先に宿へと帰ったようだ。
俺はパティを連れてギルドを足早に立ち去ると、大きな溜息をついた。
これはかなり疲れた。
別に俺が殺るのは構わないが、もう少し人目の少ない場所を選んで仕掛けるべきだ。
こういうところは子供だな。
「ねぇタウ? さっきの話は本当なの? その……リマが酷い目に遭ったって」
「えぇ、そういうことを知ると、彼女と自然な対応は出来なくなると思って私の独断で隠していました。 すいません」
「本当に……子供を生贄に?」
(……そっちか、しまったな)
正直に言うとパティに人間のそういう側面は見せたくない。
なにせ彼女には一般人の能力など優に超える力があるのだから、その先に待っているのは暴走だ。 仮にあの祭壇に今のパティが立てば、迷うことなく一人残らず斬り捨てるだろう。
年端のいかない子供に罪科を負わせて、若い内から悔恨を遺すような真似をしたくはない。
まぁ、魔物との戦いに身を投じてる時点で手遅れなのかもしれないが……
「復讐などを考えているなら、もう済んでいますので御心配なく」
「あ、うん……ねぇタウ」
「なんでしょう?」
「生意気ばかり言って、ゴメン」
何か悪いものでも食ったのかな? そういえば先程から何かを忘れているような気がする……一体なんだったか。
―――――




