奴隷制
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瞼に差し込む光で目を覚ます。
上体を起こし深い溜息をつくとおもむろに立ち上がる。
窓があるからこの時間でも明るいのか……廊下からドスドスと絨毯を踏む足音が聞こえる。
これはパティだな。
「タウ、起きなさーい!」
「今起きた所です」
扉を開けてパティを見る。
どうやら疲れは残ってなさそうだな。
さて、今日は昨日の内に考えておいたことを行動に移すか。
フロントまで軽やかに降りていくと他の皆の姿も見える。
特に問題はないな、こういう若さは羨ましいね。
「おはよう皆、ゆっくり休めました?」
「おはようございます、タウ様」
「おはよ、タウ」
「昨日は何時の間にか眠ってたわ……それで今日はどうするの? さっそく討伐いこっか?」
俺は眉間を抑えると昨日考えていたことを皆に話すことにした。
案の定反応したのはパティだ。
「はぁ!? 奴隷なんか買ってどうすんの?」
「簡単に説明しましょう、まず移動の問題ですね。共和国と違って馬車の往来が少ないので、現場に向かうのに足が捕まりません。なので馬車を買おうと思ってます」
「どこにそんな金が……あっ、あったわね」
「そうなってくると御者や馬の世話をする者が必要になります。皆さんはどうでしょう?」
パティは顔の前で左右に手を振り、ミュレーは首を傾げる。
リマが唯一挙手したが毎日の馬の世話となると自信を失ったのか、上げた手も少しづつ下げた。
「でもタウ、奴隷って管理が難しいものよ? 逃亡しないよう見張る必要があるし、主人を殺すことだってあるもの」
「えぇ、ですので女性の奴隷を買おうかと……」
「反対ッ! 反対! 反対! あ、あんたどうせ、するきなんでしょ!?」
「何をですか?」
リマの疑問に答えられないパティの変わりに、ミュレーが若干困った様子でにこやかに答える。
「お風呂で、せ、背中を洗ったりとか」
(おっ、ごまかした)
「えぇぇっ! タウ様、お背中なら私がお流しします!」
「いや、別に私は男の奴隷でも構わないですが」
その言葉を聞いた3人は固まったまま動かなくなる。
おそらく3人の脳内では、禿頭のマッチョマンが組体操している愉快な光景が浮かんでいる事だろう。
「断然女の子がいいわ!」
「可愛い女の子よね!」
「優しい女の子がいいです!」
「では満場一致で女の子ということで宜しいですね」
早速大通りを沿って奴隷市場のある場所まで向かう。
背後では3人がどんな女の子を選ぶかで盛り上がっている。
まぁ、アナライズでカルマの低い女性を選ぶつもりなので、あんまり盛り上がられても困るのだが。
街外れに着くと奴隷商館と買い付けに来た商人達の姿が見え始めた。
カルマはさほど高くない。
そもそも奴隷というものは現代で言う、契約労働者と変わらない。
ただ単に職業選択の自由や居住や移動の自由がないぐらいで主人が奴隷の生殺与奪権を握っている訳ではない。
その上、奴隷は値が張る。
1人300~1000万円まで。
すなわち奴隷は資産であってブラック企業の社員のような消耗品ではないのだ。
「いらっしゃいませ、どのような条件を御所望で?」
「御者や馬の世話が出来る者で後ろの娘達の遊び相手になるような年頃の娘をお願いします」
「はっ? ですが子供では労働力としては物足りないのでは? こちらのアダムなどは如何でしょう、どうですこの筋肉!」
「ホァッ!!」
(ナイスバルク!)
おっと、毒電波を受信してしまった。
しかし天然にしてこの筋肉は素晴らしい、スクワット1000回くらい いけそうだな。
俺は顎に手を当て思わず考え込む。あとでこっそり買ってしまおう。
「ちょっとタウ! 女の子買いに来たんじゃないの!?」
(それだと別の意味に聞こえるな)
今回は奴隷を教育してどれだけ使い物になるかのテストでもある。
奴隷市場なんぞがある時点で海洋国家の底は知れた。
人口は国力そのものだからな。
労働資源を端金で売るような三流国家は早晩瓦解する。
ならば、かの共和政ローマに倣って奴隷を全て買い上げ、商会の労働力に転化してやろう。
三食昼寝付きでな!
「では、条件に合う者を連れて来ます。予算は如何ほどですか?」
(相場がわからん)
パティ達に見えないよう手元の金貨を5枚ほど見せると、奴隷商は血相を変えて奥へと引っ込んでいった。
少しばかり見せ金が多過ぎたかな?
「大変失礼します、お待たせしました。こちらが条件に見合う娘達です。皆素直で良い子ばかりですよ」
(それも別の意味に聞こえるな)
値札も書いてあるのか、どれどれ……銀貨50枚、労働者舐めてんのか?
全員買っても釣りが来るぞ恐ろしい。
あぁ、子供は労働力にならないから更に安いのか。
そういえば昨日の料理も異様に安かったな。
物価は十分の一くらいか。
ルース商会では輸送費等の諸経費と人件費に儲け分を加算してあの値段になるんだな。
(ん? 1人だけ銀貨10枚?)
ダリア 16歳 ヤミン人 孤児 0 アジア人とはまた違った風貌に黒い長髪。
特徴的なのは虹彩の赤眼。
だがこんな特徴的な容姿は街中では見ていない。
カルマも0だしこの娘にするか。
「すまないこの娘は……」
「あぁっ!? も、申し訳御座いません。その娘はご存知の通りヤミン人でして、お気を悪くしないでください」
「へぇー! ヤミンの人って始めてみたわ、本当に目が赤いのね。天使に滅ぼされたって聞いてたけど」
「パティ、そんなの御伽噺の話よ」
なんだか訳有りのようだが、目だけなら帽子でも被せておけば何とかなるか。
ここで安くあげておけば馬車には余分に使えるからな。
「ではこの娘をお願いします」
「へ? は……はい」
(露骨に残念そうな顔だな)
簡単な契約書にサインするとダリアを引き渡される。
手足に手錠がついてるがこれはサービスなのか。
ダリアはこちらを一瞥するとふいと顔を背け黙りこんだままだ、さっきから全然喋らない。もしかして言葉もわからないんじゃ?
(そうなると商品以前の問題だぞ)
「ダリア、君言葉わかります?」
「……近付かないでください」
(おっ喋れるな、良かった)
俺が紙とペンを持ち腕を上げると、ダリアは怯えた様子で咄嗟に顔の前に腕を出し庇う動作を見せる。
これが条件反射というやつか、まぁ、銀貨10枚ならこんなものか。
「ちょっとタウ、なに虐めてんのよ」
剣の石突きで頭をこんこんと叩かれる。
すいませんパティ様、それはちょっとしたトラウマなので止めてください。
「ダリアちゃん歳幾つ? 髪梳いてあげよっか!」
「お腹空いてませんか? ジャムいかがです!」
「触らないで」
「あっ……ごめんなさい」
ミュレー達に揉みくちゃにされていたダリアが腕で振り払う。
ダリアは周囲の空気に何かを感じ取ると、他のメンバーの顔を窺いながらゆっくりと距離を取った。
「なにこの娘? 何でこんなに怯えてるの?」
(パティより気難しいな……)
可能性として考えられるのは、俺が未成年大好きの好事家で彼女達はその奴隷仲間だと思われている線だろうが。
口にしたら俺の命の危険が危ないので言わないでおこう。
「きっと体臭を気にしているんでしょう。宿に帰ったら部屋に戻って、みんなでお風呂に入れてあげて……その後はみんなで遊んであげようね」
「……」
「なんだか悪意を感じる言い回しね……」
「そうね! 仲直りのお風呂!」
ダリアがめっちゃこっち睨んでる。
まぁ俺は隣の部屋なんですけどね。
精々、おいしいご飯に、ぽかぽかお風呂、あったかい布団で眠ると見せかけて、同年代の少女達との女子会トークを味わうがいい。
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