異国の空気
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海洋国家ヤミン。
その建国の歴史は闇に包まれている。
大陸の南側に居並ぶ大小さまざまな寺院や煌びやかな宮殿。
今も残る建築物が何時頃建ったのか、どのように建てられたのかは史科が全く遺されていない。
そして国の名前そのものすらも誰がどのようにして決めたのかも定かではないという。
唯一つこの街が天使の怒りに触れたという口伝のみが後世まで遺されている。
(ここの文献なら、あの祭壇に関する資料も手に入るかもしれないな)
俺が目覚めたあの時、祭壇の上に集っていた祭司達が口々にした言葉。
まるで奴らは俺のことを予め知っていたかのように振舞っていた。
仮にそんな文献が残ってたとしても処分するがね。
「接岸するから揺れるぜ大将! 海に落っこちんなよォ!」
「どうもお世話になりました、船長」
「全くお前は冒険者らしくねぇ奴だなァ! タウ!」
俺達は積荷を降ろすと無事に下船する。
しかし地域が変わるだけで街の見た目もがらっと変わるものだな。
雰囲気的にはヨーロッパよりも中央アジアに近いか、しかし街を行き交う人々の服装は余り変わらないようにも見える。
(砂漠がある訳じゃないしな)
「あたしマイカ以外の外国に来るのって初めて! タウは? 一応冒険暦長いんでしょ?」
「いえ、私はずっと空白地の近くを拠点にしてましたから」
「ふーん、危険地域で活動してた割には腕っ節は弱いのね」
そういえば外国では言語はどうなるんだろうな。
帝国と共和国では共用語のようだが意思疎通できるのが俺だけとなると、活動するのにもかなり支障が出るぞ。
「タウ、パティこっちよ。 ギルドのある大通りは向こうですって」
(案ずるより生むが安し)
しかしさっきから、腰蓑のみの姿で手枷を着けた連中を街中で見かける。
ひょっとして奴隷を売ってるのかな?
だとしたらラッキーなんだが。
おっと、ボサっとしてると置いていかれそうだな。
俺がギルドに扉を潜る頃には既にミュレーが移管手続きを申請し終えたあとだった。
「どうでした?」
「手続きは無事終わりました。それとシーサーペントの褒賞金も出るようです」
「船員さん達が証言してくれたので、助かりました」
「さすがに持ち歩くのは不安だから、使う分だけ持ってくわよ。まずはルース商会の支店に向かいましょ」
再び大通りに出て街道を歩いていくと、ひときわ大きい店が眼前に見えてくる。
看板を見る限りではあれで正解のようだ。
支店の方が本店より大きいってどういうことなんだ。
物価の差か?
「いらっしゃいませ」
「失礼します。まずは本社から書面をお預かりしていますので、こちらをどうぞ」
「はい……はい、タウ様ですね。お待ちしておりました。お部屋の部屋割りはどうされますか?」
「私は個室で御願いします」
素早い返答で自分の部屋を確保、今俺はマッハを超えた。
女性陣はあれこれ検討した結果、3人で大部屋を取る事になったようだ。
仲良いな君達、逆に不安になってくるぞ。
「さて、そろそろ自由時間でどうでしょう?」
「とかいいながら、1人で旨い物でも食べにいく気なんじゃないの?」
(YES!)
魚料理を期待していたが他にも珍しい物が色々とありそうだ。
そこに姦しい娘達をぶら下げていったら色々と台無しなのだよ。
「御食事でしたら、こちらでご用意させて頂きます。この周辺は少しその……個性的な料理が多いですから」
「……実に興味深いですね」
「怪しいお店も多いし、安全面が心配ね」
「私に良い考えがあるわ! タウは毒見させましょう!」
俺自身に毒は効かないので食中毒にはならないのだが、1人で食事が出来るというなら断る理由はない。
俺達はフロントで別れ、階段を上がると案内された部屋に入る。
あの船室が100だとすると10000ぐらいあるな、インフレ激しすぎだろ。
(……うーむ、落ち着かん)
天蓋付きのベッドから羽毛布団を抜くと、絨毯の上に寝そべり羽毛布団を羽織ってみる。
うむこれだな。
しかし、この箪笥も少しばかり大き過ぎる。
ベッドの横のチェストボックスを開くと中にはガウンが収納されていた。
ガウンを全て箪笥に移し変えるとチェストボックスに防具袋を放り込む。
ぴったりじゃないか!
「中々良い部屋だな……ん?」
隣からはキャーキャーと騒がしい動物達の狂騒が聞こえてくる。壁一枚隔てた向こう側はきっと地獄だろう。
俺はそそくさと部屋を出るとフロントにことづけもせず、大通りに飛び出した。久しぶりの自由だ。
(……成る程な)
大通り周辺をアナライズしながら散策する。
表示されるのは20前後、若干治安が悪い程度か?
これが裏通りになると50が平均になる。
100台の連中がごろごろいるものと思ったが、マイカよりは多い程度か。
穴場が見つかるかもと踏んだが、大人しく大通りで食事を取った方が良さそうだ。
(この匂いは?)
大通りの露天で焼き鳥を売っている。
いや、これは違うな。
おそらくシシケバブのような……遠巻きからでもスパイスの匂いがここまで漂ってくる。
立ちながら食えるしこれにするか。
「1本貰えますか」
「あいよ、7小銅貨ね!」
(そんなの持ってないぞ)
恐る恐る普通の銅貨を渡すと店主はしばらくそれを眺めたあとに、見たこともない硬貨を渡してきた。
あぁそうか、通貨を勝手に翻訳してるだけで、通貨自体にもちゃんとした個別の通貨名があるのか。
しかしこれは……
(予想以上に食いでがある)
肉としし唐が交互に挟まっているだけなのだが、とにかく肉のボリュームが凄い。
悩んでいても仕方がない、南無三! おもむろに齧り付くと肉に着いたチリペーストが燃え上がる。
トマトペーストじゃないのか?
(辛っ! 何これ辛い!)
予想以上の辛さだ。
俺が顔を扇いでいると店主が笑いながら飲み物を差し出している。
観光客向けの商売か? まぁ、見た目で余所者だってわかるしな。
「3小銅貨だよ!」
「1杯頂きます」
(よく出来た商売だな)
ジョッキの中に入った白い液体を手渡される。
何だこれは? 匂いを嗅いで見ると正体がわかった。
ヨーグルトか、俺はジョッキのヨーグルトを一口呷る。
おっ、これは凄いぞ、辛さがなくなった。
しかし味がおかしいな、牛乳ではないのか?
店主に聞くのも癪だし……そういえば肉も変わった臭いだ。
(どれどれ)
もう一口齧ってみる。
うーんひょっとしてこれ羊肉か?
上手く説明できないが深みのある味だ。
しし唐を口に放り込んでみる。
こっちの方は辛くない、ジャンクフードっぽい割には腹に溜まるな。
できればパンが欲しい所だが。
「ぶほっ!」
もう一つのしし唐を口に放り込んだら火が着いたように熱くなった。
痛い! 辛いじゃなくて 痛い!
店主はそんな俺の様子を見ながら笑っている。
クソッ何という店だ。
(……旨いのが余計に腹が立つ!)
大方食い終わると店主にジョッキを返却する。
店主は俺からジョッキを受け取ると子供に渡し、子供達は井戸水でジョッキを洗い出す。
衛生観念は意外にしっかりしているんだな、井戸水の水質そのものが不安だが。
「良い食いっぷりだったよお客さん、またきてね!」
(この料理はパティに食わせよう)
商会に戻るとフロントに声をかけられる。
パティ達が外から声をかけても返事がないらしい。
大体結果は予想できるが一応部屋の中を確認してみると、ガウンを着た3人は案の定ベッドの上で寝息を立てて爆睡していた。
3日も船に缶詰じゃそうもなるよな。
「スー……スー……」
(ちょっと早いけど俺も寝るか)
部屋に戻り。
風呂に入って船旅で溜まった汚れを念入りに落とすと、ナップサックから変えの服を取り出し着替え絨毯の上で寝転んだ。
なに……すぐに慣れる。
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