事案発生
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2日目の航海も穏やかだ。稀に海鳥が姿を見せるぐらいで平穏な時間が流れる。
海の魔物といえば嵐と共に現れるのが定番だしな。この調子なら遭遇する事はなさそうだ。
目の前ではリマが退屈そうに木箱に腰をかけて、ゆらゆらと足を漕ぎ。
ミュレーは海と紙の間を交互に目を移しながら、せわしなくペンを動かしている。
パティは絶賛船酔い中だ。
(ミュレーは絵が描けるのか? 大したもんだな)
背後にそっと立ち。作画途中の絵を覗き見ると、そこには船の甲板で腰掛ける少女の絵が描かれている。
どうやら被写体はリマのようだ。そんなことは露知らず。リマは髪の毛から枝毛を探し毛繕いを始める。
「短い時間でよく描けてますね」
「あっ、やだ……恥ずかしい」
ミュレーは慌ててで描いていた手をとめて咄嗟に絵を隠す。余計なこと言ったかな?
リマもこちらの様子に気付いたのか、木箱から腰を上げてこちらへと歩いてくる。
絵に気付くと驚いた様子を見せてそそくさと身だしなみのチェックを始めた。いやもう遅いから。
「ごめんね、リマちゃん……あんまり暇だったものだから、つい」
「いえ、ミュレーの絵 とてもお上手です。。でも、もう少し脚を長く描いて貰えると嬉しいです」
リマはもじもじしながら上目遣いでミュレーの顔色を伺う。ミュレーは興奮した様子でリマの頭を撫でる。
この2人は特に仲がいいな。よく出来た姉妹って感じで、ミュレーも可愛い年下の妹が欲しかったのかもしれない、もう1人の妹は年中反抗期だしな。
「シーサーペントだぁ!?」
甲板に見張りの声が頭上から響き渡る。海に目を移すが何も見えない。
こんなに波が穏やかなのにか?
伝承というものは存外当てにならないようだ。しかし拙いな、俺のアナライズが機能しない以上、
確実に先手が取れない。
(パティはまだ客室でグロッキーなのか?)
「リマ、船室からパトリシアを連れて来てください。ミュレーいけますか?」
俺の指示を聞いたリマが船室まで駆け出す。
ミュレーは用意していたアーバレストのハンドルを回し弦をかけクォーレルを装填後、周囲を見回すと声を上げた。
「タウ? 相手の姿はそちらから見れますか?」
「いえ見えませんね、頭も背鰭も見えない」
鈍い音を立てて船体が大きく揺れる。どうやらもう真下まで辿り着いていたらしい。
船員達が銛を手に手を持って投げ込む。目を凝らすと確かに海面に浮かぶ大きな魚影が見えた。
激しい音を立ててアーバレストの弦が撓り、クォーレルが発射されると海面に夥しい血が浮かび上がる。
(血で海面が見えない……)
「命中?」
「いえ、胴体に当たっただけ」
「ミュレー! タウ! 敵はどこ!?」
俺は無言で海面に指をさすと、パティは目を凝らしてシーサーペントの姿を探し始める。
現状、頭部を破壊するにはパティの視覚能力だけが頼りだ。
パティは何かを察知するとミュレーに向かって叫ぶ。
「左から来るわ!」
「船首から10時方向、頭部確認!」
「はい!」
再度アーバレストからクォーレルが放たれ、今まさに海面から頭を出そうとしていたシーサーペントの頭部が弾け飛ぶ。
このクォーレルは弾芯こそ鉄だが、周囲は割れやすい木材を配置して命中することで体内で割れ体組織を木片でズタズタに引き裂く細工を施している。
ハーグ陸戦協定も真っ青の残虐兵器だ。
「おぉっ! 頭が吹っ飛んだっ!」
「うォー! やるじゃねぇか、お嬢ちゃん! 若ェのにたいしたもんだぜ!」
「……殺った!」
シーサーペントは海面で一頻り暴れると、そのままゆっくりと海中に沈んでいった。
倒せた事は勿論だが、アーバレストが大型の魔物に通用する事が確認できた事も大きな成果だ。
ミュレーは片手を上げるとパティもそれに応える。
「イェーイ!」
2人は飛び上がってハイタッチをするとお互いに顔を合わせ笑い出す。今回も銃の出番はなしか。
技術のサポートもあるとはいえチームとして上手く回っている。この実力は本物だと言っていいだろう。
ふと気付くと、喜ぶ2人を見て悲しそうに俯いているリマの姿が目に入った。
「パトリシアを連れて来てくれてありがとうリマ、助かりました」
「タウ様……あっ!」
リマの頭を軽く撫でると、目を閉じてくねくねと体を捩る。尻尾があったら千切れんばかりに振り回すんだろうな、これ。
「ふふん! そーしーてぇー! シーサーペント一体銀貨230枚よ!」
「で、でもパティ……シーサーペント。その、海に沈んじゃったんだけど……」
「え゛っ!? タ、タウッちょっと潜って採ってきなさい!!」
(綺麗にオチたな)
3日間に渡る長い航海も明日で終わろうとしていた。甲板の木箱の上で寝そべりながら星空を見上げる。
こうしているとまるで星の中に吸い込まれるような錯覚に陥る。ふと視界に少女の顔が写り込んだ。
「ミュレー、今日はお疲れ様でした」
「はい、タウもお疲れ様でした」
俺を上体を起こすと開いたスペースにミュレーが腰をかける。銀髪が潮風に揺れて月明かりを照り返す。
そこには少女のあどけなさと共に、以前にはなかった自信に満ち溢れていた。
「まぁ、私は荷物持ちくらいしか出来ませんけど」
「あの時……」
「はい?」
「貴方があの時言ってくれた言葉が浮かんだんです。そこにいるだけで、貴方に助けられているんです。ふと、そう思いました」
ミュレーが俺の目を見つめる。
その目は吸い込まれそうな星空に似て、それでいて優しい微笑だった。
彼女は俺の顔に自らの唇を近付けようとするが、寸前で思い止まり。はにかみながら言葉を紡いだ。
「ごめんなさい、御迷惑ですよね?」
「いえ、以前にも言った通り。そうした気持ちを抱くのは……」
「はい、私もパティの気持ちは裏切れませんから、でも」
ミュレーは木箱から立ち上がり俺の額にキスをすると、白い肌を赤く紅潮させながら俺の目をまっすぐ見据えながら答えた。
「“負けたくない”って気持ちもあるんです」
「ミュレー……」
話し終えるとミュレーは夜の闇の中に駆け出し、客室へと消えていった。俺は木箱の上に再び寝そべるとゆっくりと目を閉じる。
これは夢のようなものだ。目が覚めれば儚く消えてしまうような夢であって欲しい。
(俺にどうしろっていうんだ?)
俺の心の中の問いには波の音しか返っては来なかった。
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