華麗なるフラグ回避
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異世界……と呼んでいいのかどうか。
俺のいる世界は人類が中世程度の文明を持ち、我が物顔にモンスターが闊歩するファンタジーの世界だった。
まるで意味がわからない。
「失礼します! タウさんいらっしゃいますか?」
「居ますよリマさん、何か御用ですか?」
「あ、あの何か不便はないかって、それで果物が取れたので御裾分けに……」
玄関を開けるとリマの屈託のない笑顔が飛び込んでくる。
ボリュームのある鳶色の髪を揺らし、アケビを満載した籠を両腕に抱えている。
あの後、村に子供達を送り届けると、村長は諸手を上げて喜び俺を歓待してくれた。
若い働き手を全て失い集落として崩壊寸前だったのだから無理もない話だが、空き家を宛がってこうしてリマを世話に寄越すのに若干鬱陶しく感じた。
(なんというか……嫌な予感しかしないな、俺を呼び止めるのに別の理由があるなら助かるんだが)
「結構沢山ありますね、ジャムにでもしましょうか?」
「え? ジャムってなんですか?」
(そこからか……まぁ、村落に砂糖なんて高級品があるわけないか、確か甜菜を煮詰めて取るんだよな)
リマが岩塩と豆のスープを拵えている間に外へ出てアナライズする。
(検索開始…甜菜)
<<共有リンクから該当物を検索中>>
数分しない間に甜菜の自生地帯が視覚にインポーズされる。
割りと近い場所にあった。
村の外へ出て野生の甜菜を掘り起こし泥だらけになって小屋に戻る頃には、すっかり冷え切ったスープを前に弱った顔をするリマの姿があった。
「あっとすみません、ちょっと野暮用で」
「い、いえ!? こちらこそすみませんスープ冷めちゃいました…温め直しますね」
「いやいいですよ、割と猫舌なんで」
猫舌という語句に頭を捻りながらも固まるリマを尻目に俺は岩のように固いパンを砕いた物を塩スープに浸し、黙々と口に運んだ。
次の日、甜菜を煮込み濾している最中に再びリマが家を訪問してきた。ここのところ毎日だ。
「タウさん!……」
「居ますよ」
俺が返事をすると、扉から顔を覗かせてこちらの姿を確認後、ずかずかと家に上がりこんでくる。
段々行動が大胆になってきているな、こういうのを通い妻と言うのだろう。
良くない傾向だ。
「あっ! この茶色い物が砂糖ですか?」
「えぇ…まぁ…そうですね」
(甜菜だと白くならんのかね……)
俺が一口分リマに差し出すと彼女はそれを受け取り恐る恐る口に頬張った。
「!!? !!?」
(斬新な反応だな)
「タウさん! これ!? タウさんこれ!?」
何が言いたいのかわからないが適当に相槌を打つと、とりあえず完成したジャム瓶を持たせて送り出す。
リマは食事を作ることすら忘れて嬉々として自宅へと走って戻っていった。
翌日、山の男達が総出で甜菜を山のように村の広場に積み上げていたが、俺の関知する所ではない。
「いやはや、有り難いことです」
「いえ、ちょっと大きな都市では普通に作られている物ですから」
(中世レベルの文明なら砂糖ぐらいあるだろう、多分)
砂糖の精製法をリマ経由で詳しく伝えると村長に呼び出された俺は終始憮然とした表情で応対する。
「タウ殿は街でもさぞかし名の売れたお方なのでしょうな!」
(助かった……やはりこっちで正解か)
「いえ、件の事件で仲間を失いましたから以前のようには……」
こちらが謙遜の態度を取ると村長は慌てた様子で本題を切り出した。
「そのような、いえ……正直に申しましょう。実はこの村は山間部に根城を構える盗賊の襲撃を幾度も受けているのです」
「なるほど」
「その……ギルドに何度か使いを寄越して討伐隊を募ったのですが、なにぶん貧しい村なものですから僅かな報酬しか用意できず」
手厚く持て成して空き家を宛がい、若い娘を通わせて情を移させれば村に同情して受けて貰えるかもしれないという淡い期待があったのだろう、この展開は既に読んでいた。
正直こういう回りくどい手口は嫌いなんだが、リマを娶って村に残りませんか? 等と言われる方が正直面倒だ。
「お困りでしょうが私でも何とか解決できるかもしれません」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ、盗賊というのは所詮食い詰め者の集まりですから頭を潰せば互いに配分を主張して早々瓦礫するものです。ですから頭のみを暗殺すればよいのです」
予め考えていた理屈を並べ立てる。
実際には報復の可能性もあるがここは勢いで押し切る。
「では、タウ殿に討伐をお願いしても?」
「えぇ、お任せください……もう一度街で討伐隊を募り。そうですね、一週間もあれば彼等を追い払う事も出来るでしょう」
村長は俺の手を両手で握り締め深く頭を下げると前金の20枚の銀貨を俺に渡した。
そしてついにこの村を出る日がやってきた。
「タウさん、私は貴方が無事で帰ってくるのを待っています」
「リマさん、いや、リマ…君の気持ちは嬉しいが、私が無事で帰ってくることは約束できない。私の様な根無し草ではない、君にはもっとふさわしい人が見つかるさ」
(この手の言葉選びは流石に難しいな)
俺の胸の中で泣き崩れるリマを両親が引き離すと、村民達の見送りを受けて街へ向かって歩き出した。
やがて数km離れた位置で立ち止まると盗賊達の根城がある山を横目に見る。
俺は前以て調べておいた盗賊の位置情報に向かって銃の引き金を十三回引いた。
哀れ冒険者の青年は盗賊と相打ちになり、帰らぬ人になったのであった。
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