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邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第二章 マイカ共和国 討伐編
14/83

秘密の場所

―――――



 山道から帰還する頃には昼を過ぎていた。

 拠点に帰る頃には日が暮れるな。

 小屋の中で装備を外しながらナップサックの中へと放り込む、メンテは帰ってからでいいだろう。

 荷物を抱え外へ出ると、先ほど助けた町人が小屋の外で待っていた。


「お礼に御一緒に昼食でも如何かと思いまして」


(……うーむ)


「とはいえこの辺りではきのこくらいしか採れないのですが……」


「是非お願いします」


 きのこか、確かに菌類なら土地が痩せてても採れるな。

 山道に入り込んでいたのもその為か……。

 厩肥を使って菌床を作れば栽培できる筈だが、ざっと見回しても畜舎自体が見当たらないな。


(どんなものが出て来るか楽しみだ)


 民家のドアを潜ると室内は簡素な作りになっていた。

 パティとミュレーは先ほど助けた幼女と戯れている。

 俺はそそくさとテーブルにつくと、パティに服の裾を引っ張られる。


「ちょっとタウ あれだして」


「はいはい」


 今朝方注文したサンドイッチとオニオンスープの入ったポットを取り出しテーブルに並べると、幼女は興味津々な様子で目を輝かせる。


「ちがう、ちがう、ジャムよ」


「なるほど」


 パティは俺からパンとアケビジャムを受け取ると幼女に膝に乗せて、ミュレーと共に和気藹々と女子会が始まった。

 不意に横から屈託のない笑顔の中年男性に皿を差し出される。

 俺の相手は中年か、別にいいけど。


 皿に並べられた料理を確認する、これは……マッシュルームの入ったオートミール。

 もう1つの皿にはエリンギがどっしりと待ち構えている。


(オートミール)


 木べらで掬い一口含んでみる。調味料は塩のみ、味はお世辞にも良いとは言えないが体には良い!

 人間の体細胞は経口摂取で得られる栄養で作られている。

 医食同源。

 そう信じてオートミールを真顔で掬って咀嚼していく。


(マッシュルームのお陰で匙はすすむな)


 気を取り直してエリンギを皿から持ち上げおもむろに齧る……これも塩味。

 きのこにしては香りがしないな、エリンギだからか? だが歯応えがあって食い応えもある。


(エリンギって調理法が今一よく判らない食材の1つだよな)


 隣の食卓では俺の分のサンドイッチが次々と幼女の腹に収まっていく。


「おいしー! パパも食べてみて!」


「おっ本当だ、こりゃ凄い!」


 親父さんにまで裏切られるとは、まぁ、たまには健康食もいいかもしれない。

 無言でオートミールを掬っているとすぐに底を尽きた。

 育ち盛りの子供が毎日こういう食事というのは直に知ると考えされるものがある。


「御馳走様です、大変良いお味でした」


「いやぁ、うちの粗末な食事が失礼したようで、お恥ずかしい限りです」


「ところで御相談があるのですが宜しいですか?」


 堆肥を使ったマッシュルームの栽培方法を簡単に伝える。

 後はルース君に便宜を計って貰おう。

 ここはなだらかな平地が多いので、土壌改質さえ上手くいけば化けるかもしれない。


「お姉ちゃん本当にジャム貰ってもいいの?」


「いいのよ、沢山食べて私みたいな素敵なレディーになるのよ」


(パティが増殖するのか、ちょっとしたホラーだな)


 乗合馬車に乗り込み町を後にする。

 パティは見送りの親子に嬉しそうに手を振りながら応え、ミュレーはそれを見守り微笑んでいる。 あぁパティは“間に合わなかった”からか……

 2人が馬車の中で仮眠を取る間、俺は沈む夕日を見つめ続けていた。


(不思議なもんだ……)


 厭世観に塗れて世界を嫌っていた俺が、この世界は守りたいと感じる。守らねばと感じる。

 それはきっとこの世界の人々が懸命に生きている。

 皆が皆、世界を良くしようと生き足掻いている。

 そう観えてきたからだ。


(できれば……何も知らずにこの世界で産まれたかった)


 やがて馬車が止まる、拠点に帰ってきた。

 俺はうとうとしていた2人を起こすと馬車から飛び降り大きく伸びをした。

 既に日は暮れて、空には星が瞬いている。


「ねぇタウ、ちょっと寄っていかない?」


「パティ、どこへいくの?」


「ほら、秘密の場所!」


 パティの指が なだらかな丘陵の上を指差す。

 馬車の降りた場所が近場だったからか、数100m歩く程度で目的地に着いた。

 丘の上には1本の木が生え眼下に町を見下ろしている。


「ほいっと!」


 パティが器用に木に足を駆け昇るとミュレーも同じように木に駆け昇り枝に腰を落とす。

 僕ですか? 当然昇れませんよ、猫じゃないんですから。


「子供の頃の景色と全然変わらないね……」


「そう? 結構変わってるわよ、ほら街の明かりがあんなに遠くまで続いてる」


(……)


 俺は木の幹に腰掛けると胡坐をかく。

 だが俺が見ていると何か酷く穢れるような気がして、目の前の景色に顔を伏せてしまう。


「タウには知って貰いたくて、私達のこと……」


「えぇ」


「そぉ? なら私が高貴な産まれなのって言ったら信じちゃう?」


「まず医者を紹介しますね」


 俺の頭の上から木の葉が降ってくる。

 俺は片手でそれを払いのけるとパティは更に話を続けた。


「私は子供の頃、帝国領にいたの、其処で我侭放題で暮らしてた。でも貴族って可笑しいのよ、お父様が不正で告発されて爵位を剥奪されたらそれまで傅いてた人達が1日で……たった1日よ? すっかり冷たくなっちゃって」


「やんごとなき方々の思考は平民の私には判りかねます」


「大丈夫よ、私も判らないから……でもねお父様にこんな事言ったら怒られちゃうかもだけど、この街に来て市井で暮らすようになって良かったーって思ったの」


「……パティ」


 流石野良猫、貴族という枠にすら修まらんか。

 しかし意外に波乱万丈の人生なのだな。俺には負けるが。


「私こんな性格だから、友達作るの苦手だったけど、教会のマリアさんやミュレーに出会って」


「私も、パティに出会えて嬉しかったよ」


「あんただってそうよ、タウ」


「勿体無きお言葉です」


 再び俺の頭に木の葉が舞い落ちる。

 しかも今度は左右から。

 俺は両手でそれを払いのけると顔を上げた。

 街は月明かりに照らされて弱々しい明かりが続いている。


「でも……ある日この街に大型の魔物が襲ってきて、お父様も、お母様も、お家も……ぜぇーんぶ亡くなっちゃった」


(あぁ、そうか…この娘は)


「最近思うんだ、あの日、あの時、この街に強くなった今の私がいて魔物をやっつけちゃえば……どんなに良かっただろうって……救われただろうって……そうすればミュレーの村だって」


 頭上からミュレーのすすり泣く声が聞こえる。

 その時俺がいれば……いやあの祭壇に俺がいなければ。


(復讐なんてはなから考えていなかったんだな)


「それで君は死んでしまうかもしれない。そうなれば君の両親が替わりに泣く事になる」

 

「そうね、でも……でもっ! 私は諦められない、諦めたくない」


「率直に言おう、それでは駄目なんだ。一人の人間が変えていこうとしたって足掻いたって変わらないことがある。だが……無意味ではないよ」


 いや違うな……俺がそう信じたいだけだ。

 思い込みたいだけなんだ。

 何より俺はそれが無意味な事だって思い知った筈だ。


「今日君が救った、今まで救ってきた人々が、君のようにまた誰かを救う。立派なレディーになってね。そうやって世界中を廻り巡っていつの日か……大きな力になるのかもしれない」


「……ありがとタウ、そうだよね。 私ようやく……救えたんだよね」


 俺はその場で立ち上がる。

 その場に居てはいけないような気がして足早に丘の上から離れる。

 次に俺の事を聞かれるのが怖かったのかもしれない。


 広域アナライズをかけ、眼前に表示させる数値はこの街の実態すらも冷酷に分析する。

 埋め尽くす殺人者・獣欲を満たす魔物・理性を持たぬ獣達。



―まるで糞の山だな―



 彼女達の耳に届かないことを祈り。

 俺は一人呟いた。



―――――

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