荒ぶる猫
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何時も以上に慌しい音で目覚める。
何時もより間隔が短いな? 2人で来たのか?
のっそりと上半身を起こす、いい加減布団ぐらい買うべきか……だがこの倦怠感が癖になる。
ドアのノック音と共に廊下から野良猫の鳴き声が聞こえてくる。
(おっと、新たな性癖に目覚めてる場合じゃないな)
「タウー? 全く……たまには先に起きてよね!」
(女のおめかしを待てるほど、俺に甲斐性はないよ)
「今日は現地で朝食をとりましょう、注文お願いします」
「はいはーい」
パティの足音が遠ざかっていく。
俺は収納棚からナップサックを取り出すと、メイスを腰にぶら下げる。
そろそろ刺突専用の武器も欲しいな……閂を空け扉を開くとそこにはまだミュレーが立っていた。
「おはよう御座います、ミュレー」
「その……タ、タウ…おはよう御座います」
(ん? 今日はやけにフランクだな)
「あのですねっ! 昨日ですねっ! パティと一緒にお風呂に入りましたっ!」
頬を紅潮させガッツポーズを取りながら、興奮気味に話かけてくる。
うん、宿の廊下で言う事じゃないよね。
絵面も良くないし。
「タウは知ってたんですね……私がパティの体に傷を着けたことに対して負い目があるって」
「まぁ、幾らかは予想してました」
「でも昨日見たら綺麗に消えてて、それ見たら凄く心が楽になって……」
「成長期の子供に着いた傷は案外綺麗に治るものです」
おそらくインテンションの効果だろう、あまり信じたくないのだが……俺自身、能力の本質がわかり始めてきた気がする。
「それで……その、私タウに何かお礼が出来ないかって」
(おっと、雲行きが怪しくなってきたぞ)
「いえいえお気になさらずに、私達は仲間じゃありませんか」
イントネーションの“仲間”の部分を殊更強調する。
フラグなど要らん。
食えないからな。
ギルドへ向かう途中、笑顔のミュレーが俺と並んで歩き、それを少し離れた位置からパティがジト目でいぶかしんでいる。
(なんだこれ)
隣町への乗合馬車の中でも、ミュレーは俺の傍に腰を下ろし俺に執拗に飲み水を勧めてくる。
どうしてこうなったのか見当はつくが信じたくない。
たまらずパティがこちらへと嫌疑の言葉を漏らす。
たまには良い事するな。
「ちょっとタウ!? あんたミュレーになんかしたでしょ?」
「身に覚えが御座いません」
「喧嘩は駄目…ねっ? パティもこっち着て座ったら」
「え!? わ、私はそんな……くっついて、でも」
数分後、パティ・ミュレー・俺の順に並び、二人に挟まれて眩しい笑顔のミュレーがそこにあった。
この娘鳥だわ……寂しいと自傷しちゃう系の人。
納得のいかない顔をしたパティがなにやらぶつぶつと呟いている。
本当になんだこれ。
一部を除いて微妙な空気の漂う馬車からようやく開放される。
そういえば拠点の街以外に足を運ぶのは久しぶりだ。
ブーツで地面を蹴り、土の感触を確かめる。
余り土壌は良くないな、畑を見ても作物は疎らに生えているだけでまともに生育していないように見える。
(思った以上に土地が痩せている)
「また食べ物ばっかり見て、さっさと討伐にいくわよ」
「パティ、帰りはここで食べていきましょ」
「うーん……でも」
パティは町並みを見て言葉を噤むのを止める。
拠点での食糧事情ばかり改善していたから感覚が麻痺していたな。
岩塩のスープと固いパンが、この世界での主食なのか。
町民に貸して貰った小屋の中で防具を装着する。
金属音がしないよう、なめした皮を中心に使った簡素なレザーアーマーだ。
ナイフとメイスの止め具を再度確認して、荷物のほとんどは小屋に置いていく。
(山道を歩くなら外套は必要ないな、置いていくか)
「タウ、私とパティの準備は終わりました」
「では、いきましょう」
パティは金属製のブリガンダインにガントレットとグリーブ。
ズボンを履くのを勧めたのだが……可愛くないという理由でストッキングの上からレーム(金属板)を要所に施したチュニックワンピースを着ている。
ミュレーは金属製のハーフプレートにストッキングの上からチェニックワンピースを着ている。
こちらは皮革のレームに蝋を縫って仕上げることで消音性を上げている。
「何で私だけこんなに重装備なの? 正直動きにくいんだけど」
「0.1mm程度の厚さで仕上げていますが、それでも炭素鋼ですから店売りのプレートよりは硬くて軽いですよ」
「ふーん、よくわかんない」
「パティは前に出るんだからそれくらいの装備はないと駄目よ」
しかし、パティの言い分も判らなくはない。
魔物の爪や牙による攻撃は皮革程度でも充分抑止可能だ。
それに加えてこちらが先手を取れるので、なるだけ音がでない装備をつけた方が好ましい。
内部に着込むプロテクターのような防具の方がいいのかもしれない。
(専門家がいるといいんだが……)
俺達は準備を済ませると討伐目標のいる地点に向かって歩き出す。
広域アナライズによると目標は近くにいるようだが。
若干進行方向がずれている。
いや……
「急ぎましょうか」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ」
「待ってパティ、声が聞こえる…これは」
進行方向に襲われている町人の姿が見える。
手には鉈を持ち子供を庇うように魔物に相対する男。
親子か? 俺はナイフの止め具を外すと6匹いるゴブリンの集団目掛けナイフを投擲する。
あれだけ密集してればどれかに当たるだろう、いや、注意を逸らすだけでいい。
(しまったな、銃を持ってくるべきだった)
「おぉぉぉぉっ!」
鬨の声を上げると 魔物達がこちらへと一斉に注目する。
ナイフは一体の腕を切りつけるもの の弾かれてしまった。
「にゃぁぁぁぁっ!」
「えっ、あっ……」
こちらの意図を汲んだのか、背後から気の抜けるパティの鬨の声が聞こえる。
にゃーってキミ。
先導する俺は背後にいる仲間にハンドサインで指示を出す。
パティと俺は左右に散開。ミュレーは弓の準備。何時もどおりの布陣だ。
「ふっ!」
ゴブリンの横っ面に俺の振るったメイスが直撃する。
親子が木陰に避難したのを横目で確認、良し。
パティは早速2体を仕留めている。
残り3体。
「撃てます!」
ミュレーの合図に合わせて俺達は射線を開ける。
風切り音と共に矢がゴブリンの頭蓋を突き破る。
残り2体。
「よっと!」
パティが回転しながら返す刃でゴブリンの首を刎ねる、ガントレットの重さを上手く利用した遠心攻撃だ。
ちなみに俺は攻めあぐねている。
掴みかかってくるゴブリンを上手いこと地面に転がすと倒れているゴブリンの頭部にメイスを振り下ろす。
泥仕合です。
「これで全部ですね」
「襲われてた人達は!?」
俺が注目のハンドサインを出すと、パティがその方向へ目を向ける。
中年の男の足元で1人の幼女が恐る恐るとこちらの様子を伺うのが見えると、パティは今まで見せた事のない笑顔で答えた。
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