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邪神転生外伝~地獄の食いだおれ街道~  作者: 01
第二章 マイカ共和国 討伐編
12/83

仲直りのお風呂

―――――



 宿に戻る頃には既に日が暮れていた。

 宿の主人は厨房の手伝いに行った模様だ。

 店番をしていた店員に軽く会釈すると、俺は階段のステップを踏みながら駆け上がっていく。


(とにかく飯が食いたい気分だ)


 ……今日は久しぶりにがっつり食うか。

 朝以上に混み合っているが、宿泊客には専用のテーブルが宛がわれている。

 いざとなれば部屋で食えば良いしな。

 それにしても、この時間帯だと酒目当ての客がほとんどだ。


(おっ、あそこの客はピラフか、俺も久々に米が食いたいな)


「注文いいですか?」


「タウさん、お帰りなさい! 御注文どうぞ!」


「ピラフに豚肉の焙り焼きを、それにエールを一杯お願いします」


 しばらくすると料理が運ばれてくる。

 おっと内陸では珍しい海老が乗っているぞ? なんだか得した気分だ。

 オニオンスープはサービスか……なんだか悪いな。 

 豚肉は一口大に切り揃えてあり、香辛料がこれでもかとかけられていて実に俺好みだ。


(さぁ、気合入れて食うぞ)


 早速、木製のスプーンを手に取りピラフを一口だけ含む。

 所謂インディカ米なので違和感があるが、炒めるならやはりこの米が旨い。

 バターの風味も良く効いている。


(まずは肉だ肉)


 俺専用の箸を使い続いて肉を口の中に放り込む噛み締める。

 舌を刺激するクローブが口内でピラフと混ざり合う。

 この食い合わせは中々だな。

 一旦スープで口の中をリセットしよう……うんシンプルな味だ。


「おい見ろよ、あれ」


「へぇ、器用だな」


(無視無視)


 箸で食う人間なんて俺ぐらいのものだからな、お次も肉。また肉を拾い上げ豚肉に齧り付く。

 噛み締める度に濃厚な味が広がる。流石に辛いな。


(ここで一気にエールを流し込む!)


 呷ったエールが喉を通り抜けていく、ちょっと親父臭い食い方だったかな。


「おーい! こっちも豚肉の焙り焼きとビール!」


「俺も頼むわ!」


 何か周囲に伝播しているが気にしない、気にしない。

 さて、海老なんて久しぶりに食うな。

 この世界に来てからは初めてかもしれない。

 スプーンに持ち替えてピラフを掬うと海老を乗せて口へ運ぶ。


(おっ甘い!?)


 この甘さは玉葱の甘さか? さっきはスパイスが効いていてよくわからなかったな。

 海老の弾力のある触感との相乗効果でまるでスナックを食べているようだ。

 この組み合わせは最高だな。

 一通りテーブルの上の食事を平らげると、なぜかエールが余ってしまった。


(ちょっとペース配分を間違えてしまったな)


 野菜スティックをぽりぽりと齧りながら残りのエールを呷っていると、階段から上がって来る見知った姿が見えた。


「あの、タウさん少し相談事があるんですがよろしいですか?」


「えぇどうぞ、パトリシアは一緒ではないんですか?」


「はい」


(女の子に相談事なんてされても、気の効いた事なんて言えないぞ?)


 ミュレーが同席すると、辺りの様子を気にしながらもとつとつと話し始めた。


「あの、私はタウさんから見てどうでしょう?」


「どうでしょう? とは?」


「あっ、戦闘の実力のことです……」


「少なくとも、私のような一般人よりは上の方だと思いますよ。何より弓というのは習熟が難しいものですから、真っ直ぐ撃てるだけでも大したものです」


 尤も、それは対人戦に限った事の話だが……確かに人間相手ならば一本の矢傷だけで戦闘不能には出来る。

 だが魔物は痛みで怯む事がない、更に言えば中型や大型の魔物だとサイズ比がある。

 大型の魔物に弓を当てても相手は爪楊枝に刺された程度にしか感じない。


「そんなことないです、タウさんは色々と知恵を貸してくださるし……でも私はパティに何もしてあげられなくて」


(あの野良猫にねぇ)


「それでいつか、パティ愛想尽かされるんじゃないかって、それにあの時あんな酷い事言ったし! それに……酷い事も」


 精神医学はよくわからん。

 大半そんなものは思い込みに過ぎないし、飯を食えば治る程度のものだ。

 だがしかし、以前のケースから類推して、ミュレーがパティを依存傾向にあるのは確かかもしれない。


 あれだけ啖呵切った翌日にギルドメンバーとして参加したのは、パティが現実を知って挫折するまでは手伝おうとしたからだろう。

 だが挫折するどころか、自分の手の届かない所までパティは行ってしまった。


「確かに我々は彼女の才能の足を引っ張っているのかもしれませんね」


 ミュレーの体が震え、目には涙が滲んでいるのがわかる。

 これではまるで俺が泣かしたみたいじゃないか、エリィさんの突き刺さる視線が痛い。


「ですが、数というのはそれだけで力になるんです。例えば魔物が我々と遭遇した時、必ず魔物は二手に分かれますよね」


「はい、たしかにそうです」


「魔物にはこちらの実力が見えませんから。パトリシアと一緒に戦場で肩を並べるだけ……そこにいるだけで、彼女の負担は少なくなっているんです。貴女に助けられているんです」


「……はい」


 若干声色は良くなったか? これでは駄目のようだな。そういえばさっきの言葉に違和感があった。


「過去に何かあったんですか?」


「それは、昔私達が二人で冒険者をやっていた頃に何度か戦闘に遭ったことがあるんです。それで私……焦って彼女を!」


 涙腺が決壊したのかついにボロボロと涙が溢れ出す。

 大体わかった。

 ミュレーは以前の戦闘で誤ってパティを弓矢で撃ってしまったのか。

 その罪悪感から余計に彼女を危険から遠ざけようと?

 パティは気にしてないと言っても無駄なんだろうな。

 こうなっては仕方がない……


「これはもう仲直りのお風呂ですね」


「……は?」


 ミュレーの顔が呆気に取られる。

 たしかに俺は今素っ頓狂な事を言っているかもしれない。

 だが俺は本気だ。


「私の故郷では不仲になった相手と共に入浴する事で親睦を深める風習があるのです」


(若干脚色はあるが嘘は言っていない)


「えっ!? あ……すいません突然の事で混乱してしまいました」


「まぁ、私如きの助言では、何の役にも立たないかもしれませんが」


 などと煽ってみる。現状、俺の評価からするとこれは逆に信憑性が増すだろう。

 少なくとも石をパンに入れるなどという、意味不明な儀式よりはまともに聞こえる筈だ。

 ミュレーが興奮した様子で立ち上がり……


「そんなことはありませんっ! 私……今からパティと一緒にお風呂に入ってきます!」


 と意を決したように走り去っていった。

 彼女が気にしているのはパティを傷付けた以上にその痕のことだろう。

 ならば彼女の迷いの素を取り去ればいいだけの話だ。



―――――

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