ローマン・コンクリート
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慌しい足音で目覚める、野良猫の御到着だ。
俺がこの世界で目覚めて3ヶ月が経過しようとしていた。
最近は1日1日がやけに長く感じる。
だがベッドの硬さは相変わらずだ……俺が大きく伸びをして体を伸ばすと続いてドアのノック音が聞こえた。
「タウー? いくわよ」
「はいはいすぐにいきます、先に注文しといてください」
「昨日と同じでいいの? わかったー」
収納棚から軽装鎧の入った袋を取り出しメイスを腰にぶら下げる。
防具など無くとも自己再生機能で治癒できるが流石に致命傷を受けて全快するのも奇妙な光景なので、用心の為に身に着けている。
パティは今ではギルドで名の知れた新人冒険者となり、俺はその荷物持ちといったようなポジションに収まった。
「おはよう御座います」
「おう、おはようさん! 今日もガッチリ稼いでこいよ」
宿の主人と挨拶を交わし2階への階段に足をかける。
壁越しには金槌を叩く音が聞こえている。
宿の拡張工事が再開した音だ。
そんな雑音も気にならないほどに食堂は早朝から詰めかけた客でごった返している。
「タウ! こっちこっち料理もうきてるよ」
「おはようパティ、それとミュレーも」
「はい、タウさんおはよう御座います」
返事は返ってくるもののこちらに顔を向けることなくテーブルの上に置かれた料理をミュレーがガン見している。
2人はミートソーススパゲッティか……そして俺は。
「朝っぱらからお肉なんて食べて後からお腹もたれない?」
「ミートソースにも入ってますよ?」
「これはいいの! トマトは野菜だもん!!」
皿の上に切り分けられたミートパイを木製のフォークで一口サイズに削いでいく。
油の のった透明の肉汁が溢れ出し、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
やはり香辛料が決め手だな。
「お嬢ちゃんビールとチーズサンドな!」
「俺もビールおかわり!!」
「はいはーい!」
次々と客が着ては注文が飛び交う、流石に家族だけで切り盛りするのは急がしそうだな。
テーブルが足りずにサンドイッチとビールを手に持ち立食している客までいる。
(新メニューは工事が終わるまでやめておいた方がよさそうだな)
口の中に放り込んだミートパイの挽肉が噛み締める度に口内で崩れ、凝縮された肉汁の旨みが噴き出す。
(うーん、味が濃い)
テーブルのグラスに立てかけられた野菜スティックを一本取り歯を立て齧ると、その上からまたミートパイを掻き込む。
(だが、それがいい)
「また昨日より味が良くなってない?」
「香りがいいですね、タウさんが言っていたローリエかな?」
木製のフォークを慣れた手つきでパスタを絡め取ると口に運んでいく。
店内を見渡してもパスタを注文するのは女性客が多いようだ。
(料理に齧り付くのには抵抗があるのかな? おっと……)
「すみませんエリィさん、エール1杯お願いします」
「はい、只今ー」
「ちょっと、またお酒頼んでる」
不平を漏らすパティを尻目に俺は仕上げに入る。
パイ生地の残った部分を手に取り。
ゆっくりとサクサクの食感を楽しむ。
挽肉で口に残った油をパイ生地が吸い取り中和してくれる。
(たまに逆から食べる奴がいるが、邪道と言わざるを得ないな)
「タウさん、エールお待たせしました」
「どうも」
俺は待ってましたとばかりにエールを喉に掻っ込むと、ジョッキの半分ほどを一気飲みする。
テーブルにジョッキを置くと二人はまだ半分食べた程度だ。
女の買い物は時間がかかるというが食事をするのも時間がかかる。
「でさ、今日はどうする?」
「パティ、先にルースさんのお店に寄ってもいいかな? 先週頼んだ石鹸来てるって……」
「いいなー、今度は何の香り? あたしはツバキが好き。ね! タウも寄るわよね?」
「お嬢様方のご随意のままに」
大仰な言葉で提案を呑むとテーブルの下で繰り出されたパティの蹴りが向こう脛に当たる。
無言で攻撃とは次第に凶暴になってきたな……これがインテンションの恐るべき副作用か。
(あっ、元からだった)
「エリィちゃん、おいしかったよ ここに御代置いておくね」
「うん、またねー!」
俺が脳内一人コントを繰り広げている間に会計を済ませ、3人で宿を出る。
何 かヒモっぽいがそんなことは無い、毎日奢って貰ってるけど。
そうこうしている内に市場の一角にあるルースが開いた店が見えてくる。
現在は貸し店舗だが彼が自分で店を持つのも時間の問題だろう。
「ルースさん来たよー!」
「いらっしゃいませ……店長、タウ様がお越しです!」
奥でどたばたと物が崩れる音が聞こえる、店を持てばどうかと思ったがこういうところは変わらない。
やがてルースが片足立ちで指をさすりながら奥から顔を出した。
「ははは、すいませんタウさん今ちょっと検品中でして」
「ルースさんが御忙しそうなら、また後日にでも」
「いえいえ、暇がないなら作ります。 あぁ君、すまないけどミュレーさんに御注文の品をお出しして」
「はい、店長かしこまりました」
(人柄が良いから部下への教育も丁寧で行き届いてるな)
店員が2人を応対している間、俺は店舗の奥へと通される、積み上げられた土嚢の2袋を開け中身を確認する。
アナライズ情報によれば間違いなく生石灰、もう一方はポゾラン簡単に言えば火山灰だ。
「これはもう試してみました?」
「えぇ! 凄いですよこちらをどうぞ!」
(……これは)
白く固まった煉瓦を拳で叩くとこつこつと音を立てる、メイスを腰から抜き地面に置いた煉瓦を強打する……がびくともしない。
その強度にルースも流石に驚いた様子を見せた。
コンクリート、しかしこれはただのコンクリートじゃない、
共和政ローマ時代にコロッセオの建築に利用され2000年以上もの間、形を遺し続けた最高の建材。
「確かにローマン・コンクリートですね」
「へぇ、そんな名前なんですか?」
(こいつの使い道は色々ある……)
「しかしこれは、我々が用意できるだけでは全然足りないかもしれないです。重曹も飲み物の炭酸や石鹸など、利用の幅が広がって生産が追いつかない状態ですし……」
ルースはぶつぶつとつぶやきながら長考に入る。
今彼の頭の中では次から次に利用法が閃いているに違いない。
俺自身はピザを焼く為の釜の建材に使おうと思っていたことは黙っておこう。
「何やってんの、いい年した男が2人して?」
「遊んでるように見えます?」
「パティが行こうって言うこと聞かなくて……」
ストッパーのミュレーが申し訳なさそうに縮こまる、パティはルースを質問責めにし利用法のくだりに入ると、
ふふんと鼻を鳴らして自信満々に答えた。
「そんなの簡単じゃない、これで川を作るのよ!」
「へっ? 川ですか!?」
(むっ……)
「この街は川の上流から水を引いてるじゃない? その行程が長いから、川底の土から水を吸って段々川幅が狭くなるの。でもこのコンクリートを使って治水すれば、より多くの水量を飲料水に出来て利便性が増すわ」
驚いたな……こいつパティの偽者だろ。
何時の間に入れ替わったんだ?
「勿論それだけじゃないわよ、次は地面ね!」
「えぇっ!?」
「ほら、この街って都会のように石畳じゃないから、しょっちゅう穴が空くじゃない? 石畳でも石が抜けたりして度々補修工事が必要になるしね、でもこのコンクリートなら段差は少なく馬車の往来も容易になる……」
ルースはパティの話をメモに取りながら、こくこくと頷きながら熱心にメモを取っている。
まさかここまで精緻にインフラに言及するとは、貴族時代に受けた教育の賜物かな?
いや、違うな、こいつまさか……。
「そしてコンクリートで出来た道で全ての街を繋ぐのよ!!」
「おぉっ! す、素晴らしいっ!!」
「ところでパティ、何故そのアイデアを思いついたんだ?」
「だって川の水って汚いし! 毎日水浴びできないじゃない! それに道は水溜りばっかで泥が跳ねてお洋服が汚れるし!! 何より街道の凸凹道を馬車に乗って走ってるとお尻が痛いのよ!!!」
良かった……どうやらこいつは本物のパティだったようだ。
先ほどまで熱心に聞いていたルースも真顔になりながら、ペンを下ろすと生暖かい眼差しで彼女を見つめていた。
そんな目で彼女を見ないであげて、彼女は本気なんです。
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