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第三話 陸戦隊の兵士

 杉野を拾った小発は母船となる駆潜艇へ戻り、小発を収容後すぐに輸送船団船団を追った。すでに陽は西の水平線へ沈み始めている。

 駆潜艇の甲板には、杉野と同様に救出された兵士十数名が毛布にくるまって寝ていたり、座り込んだりしていた。負傷して腕を吊っている者もいる。どの顔も重油で所どころ黒く染まり、憔悴しきった表情を浮かべている。

 ちいさな駆潜艇は、外洋の波を乗り越え乗り越え船団を追いかける。



「君。伍長……で階級はあってるかな?」

 壁にもたれながら体育座りをしている杉野の目の前にマグカップが差し出される。

「はっ!第一一八連隊の杉野伍長であります。命拾いいたしました。海兵殿には感謝しきれません!ありがとうございます」

 杉野はサッと立ち上がると、両足をビシッと揃えて声を掛けた海兵に対して敬礼した。

 海兵の方も両手に持っていたマグカップをそばに置いて敬礼を返す。海軍式の敬礼だった。

「私は、海軍横須賀第一特別根陸戦隊の宮中だ。階級は上等兵曹。戦車兵だ」

 そう自己紹介して宮中は敬礼の手を下げ、同時に体勢を崩した。杉野もそれにならう。

「コーヒーはいるか? とは言っても代用コーヒーなんだが」

 マグカップを差し出してくる。カップからは少しの湯気と、代用コーヒー独特の香りがする。

 そういえば背嚢にも支給されたコーヒーが入っていたっけ。海水に浸かってもう飲めないけれど。背嚢は海水でずぶ濡れで中に入っていた食料は軒並み食べることができなくなっていた。ほかにも拳銃の弾は使い物にならないし。拳銃自体も飛び込んだ時に無くしてしまっていた。

 代用コーヒー戦争により、コーヒー豆の輸入が滞ってから登場した。中身はドングリやタンポポ、大豆といった入手しやすい食品で作られていた。味は本物には及ばないものの、決して飲めない代物ではなく

兵士の中には”癖になった”と愛飲している者が陸海軍問わずいる。

「いただきます」

「おう」

 受け取ったコーヒーを一口飲む。代用コーヒーの独特の苦みが口に広がる。……苦い。

「この苦みが代用コーヒーの醍醐味だよな、癖になるな」

 宮中が苦みを堪えた顔で話す。どうやら彼も代用コーヒー愛飲家らしい。

「そうですね。でも、やっぱ苦いですね」

「杉野伍長は苦手かね?」

「いえ。この苦みがわかってこその兵士ですから」

 どう見ても強がりなのだが、杉野はキッパリと言い放った。

「やっぱりそうだよな。最近の新米兵士はこの苦みが耐えらんらしい。軟弱者共め」

 宮中はどうやら相当な信者なようだ。

 それにしても横須賀陸戦隊? たしか、かなり前にサイパンに到着しているはずだが? しかもサイパン行きなのに輸送船へ乗り込んでいない?

「失礼ですが、海軍陸戦隊はすでにサイパンへ到着しているはずですが?」

 杉野は失礼だと思い控えめに質問をした。

「あぁ、部隊を離れて教官をしてたから、皆と一緒にサイパンには行けなかったんだよ。で、無理言って駆潜艇に厄介になってるわけさ。」

 どうりで駆潜艇に乗っているわけだ。

「すいません。上等兵曹殿、もう一つ質問があります。救出した兵士で、私の名前や三井少尉殿の名を出した者はおりませんか?」

 三井少尉とは、杉野の小隊長の名前だ。三井は別の分隊と行動を共にしていたので行方がわからない。

他にも自分の分隊員の顔が浮かんでくる。

「すまんが、聞いていないな。もう一隻の駆潜艇が救出へ向かっていたから、そっちへ拾われているかもしれん」

 杉野の不安そうな顔を見て、宮中も希望を持たそうと励ます。海軍式の呼び方は”殿”と敬称はつけてはならないのだが、あえて宮中は無視をした。

「明日にはサイパンに着く。汚れて寝にくいかもしれんが、そろそろ寝た方がいい」

そういって宮中はズボンのポケットから少量のカンパンを取り出した。

「ほら、これ食って寝ろ」

「ありがとうございます。上等兵曹殿」

 もうすっかり陽は落ちていた。



 

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