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第十四話 敵軍上陸

「ついに来たな」

 北沢軍曹は、海上を走るそれをじっと睨み付ける。もう双眼鏡は必要ない。なぜなら、それはこちらに迫ってくるのだから……。



 海岸線の付近の防風林内に構築された数か所の機関銃陣地。そこには、第三一六大隊所属の小隊が配置されていた。

「砲撃が始まるまで、絶対に射撃はするなよ」

 小隊長が注意を促す。

 敵の砲爆撃により連絡用の電話線が切断されてしまい、部隊間の連絡にはいちいち伝令に兵を割かなければならなくなってしまった。それで、その司令部から伝令に走ってきた兵士によると、ヒナシス山の砲台からの砲撃を合図に、攻撃を開始せよ。とのことだった。

「震えてるのか? しっかりしろ」

 小銃を構えながら、両手をガタガタ震わせている堀江一等兵を見かねて、隣の上等兵が声を掛ける。

「申し訳ありません、上等殿。震えが止まらんのです」

「初陣はみんなそうだ。引き金を引けさえすればよい」

 上等兵が、堀江の両手をさすってくれる。その温かいことに堀江は少し安堵した。

「あ、ありがとうございます。上等兵殿」

「うむ。さぁ、アメ公が上陸してきやがったぞ」

 上等兵の指差す方向を見て、堀江は強張った。

 浜には数えきれな程の上陸用の小型艦艇が乗り上げ、中から敵兵がぞろぞろと、これまた数えきれない程出てきた。たちまち浜辺はたくさんの米兵で溢れ、戦車の姿さえ確認できた。

「もうそろそろ、砲撃が始まるぞ……」

 隣で上等兵がつぶやく。そして、彼の言う通り、後ろから砲撃音が聞こえると、前方の敵集団に砲弾が襲い掛かった。

「射撃開始! 撃て!」

 砲撃音が聞こえるや否や、小隊長が攻撃命令を下し、兵士が一斉に射撃を開始した。堀江もしっかり小銃を構えて射撃する。

 パン! シャキン!

 タタタ! タタタ! タタタ!

 小銃の発砲音とボルトを引いて次弾装填する音。そこへ軽機関銃の発砲音が加わって三重奏を奏でる。

その三重奏に捉えられた敵兵が、胸から血しぶきをあげて倒れるのを堀江は見た。



「海岸の三一六大隊と、後ろの砲兵隊が攻撃を始めましたね」

 大井上等兵が、砲撃音や発砲音に身体を縮こまらせながら、北沢軍曹に誰でもわかる報告をした。

「俺らも本番に備えた方がいい。三一六が突破されたら、ここが最前線になるぞ」

「ふふふ……久しぶりの実戦ですねぇ」

 二人は同時に不敵な笑みを浮かべる。北沢の隣にいる一等兵が、二人の不気味な表情を横目で見て、すぐに目を別砲口へ反らした。

 すぐ近くで大きな銃声が響いた。

「全員、射撃用意!!」

 北沢はバッと反応して、部下に臨戦体制をとらせ、自らも機関銃を構える。やがて、木々の間から明らかに日本兵のものとは異なる鉄兜が、いくつも見え隠れし始めた。進撃中の米兵のようで、おそらく二個分隊、二十名はいるだろう。こちらへ向かってきているように思える。

「少尉殿。敵が二十名ほどあちらに見えます」

 北沢は、少尉のいる数メートル隣のタコツボ陣地まで身体を屈めて走って報告しに行き、射撃許可を乞うた。

「あそこだな。よ、よし軍曹の射撃号令で攻撃を始めよう」

 弱気な少尉の反応に、北沢は何じゃそらと少し落胆の色を目に浮かべた。

 この小隊長はやっぱり戦場向きではないな、と改めて認識する。もっとも、今更そんなことをいちいち気にするほど状況は軽くない。すでに実戦は始まっているのだ。北沢は軽く敬礼すると、来た時と同じように身体を屈めて自分のタコツボ陣地に戻り、見えている敵兵の一人に機関銃の照準を合わせた。その隣では大井が素早く再装填するため、替えのマガジンを持って攻撃に備えている。

「よし、撃て!!」

 北沢の号令で小隊が一斉に射撃を始める。敵兵の逃げ惑う姿がちらちらと木々の間から見え、北沢は得意になって機関銃を撃ち込み続ける。

 二分ほど撃ち続けていると、敵の方から小さな光が一瞬光る。何秒か後に自陣地の十数メートル手前で砲弾が爆発した。敵は体勢を立て直したのか、射撃がそれに続く。

「迫撃砲だ! 気を付けろ! 閃光が見えたら迷わず伏せろ!」

 大井が機関銃にマガジンを装着しながら分隊員に向かって注意を促す。

 激しい射撃の応酬になった。

「橋本! 大宮! こっちも反撃だ。擲弾筒用意しろ!」

 北沢は擲弾筒を装備している二人の部下に準備を命じた。

 擲弾筒は、日本軍が独自に運用した小型火砲だ。敵と接近戦となり、砲兵の砲撃支援が受けられない状況での擲弾筒の存在は、重火器の頼りなかった日本軍歩兵には非常に心強いものであった。

「ジャングルの中だ。どうせ狙った場所には当たらんから、気楽に撃っていけよ」

 普通の者はこの状況なら、よく狙え! とか、落ち着いて撃て! などと声を掛けるのだが、陽気な北沢らしく、まるっきり逆の言葉で擲弾筒要員の二人を励ました。

 擲弾筒から発射された砲弾が、北沢の頭上を放物線を描いて飛んでいく。しかし、砲弾は敵兵に届く前に木々によって阻まれ、対峙している両軍の間に落ちて爆発する。

「構うな。構うな。どんどん撃ち込めよ!」

 大井が北沢に代わって二人を励ます。

 十数分後、激しい撃ちあいの末に、米軍は陣地の突破が不可能と見たのか後退し始めた。

 後退する米兵の背中に、北沢が罵声を浴びせる。

「どうだ、アメ公! 次は倍の兵士で掛かって来いやーっ!!」

「おぉーっ!」

 それを小隊の兵士たちの歓声が追う。

 敵軍上陸初日の北沢らの部隊の損害は、迫撃砲の破片による軽傷一名のみであった。

 


 遠くに銃声、砲声響く中、近くに草をかき分ける音を聞いた杉野は、その方向に小銃を向けた。彼の陣地には、まだ敵は来てはいない。

「号令があるまで撃つなよ。誰かいるのか?」

 杉野は部下たちに勝手に射撃を開始しないように釘を刺してから、音のする方へ声を掛けた。

「第三一六大隊の……堀江一等兵です」

 草むらからは苦しそうな声が聞こえた。

「笹川、木田。連れてこい」

 杉野は部下二人を救助に行かせた。

「すいませ……ん。助かりました」

 笹川に右肩を、木田に腰を抱えられて陣地まで連れてこられた。堀江は荒い息で礼を述べた。彼の左肩に貫通銃創があり、持っていた小銃と軍服は赤黒い血の色に染まっていた。

「状況は話せるか?」

 連絡を受けた三井少尉もやってきて、杉野と二人で状況を聞く。手当は横井一等兵が行っている。横井は、堀江の背嚢から医薬品の入った布袋を取り出し、中から包帯包(消毒液付きガーゼと包帯のセット)を出した。銃弾の出入り口両方に消毒液を含ませたガーゼを当て、包帯できつく縛る。少し痛みが走ったのか、堀江が小さく唸る。

「私のいた小隊は、おそらく、私以外は……戦死されました」

 戦死……という単語を出したくなかったのだろう。少し言葉を詰まらせる。

「海岸線はすでに制圧されてしまいました。最初は頑張って抑えていたのですが、米兵共は卑怯にも艦砲射撃と、爆撃の助けを借りて反撃してきました」

 堀江は悔しそうに言った。その目には涙が滲んでいる。

 激しい事前砲爆撃によって情報網が寸断され、部隊間の連絡さえもままならなくなっていた日本軍とは対照的に、米軍は各部隊に無線機を背負った通信兵数名を配備し、無線機で支援要請一つすれば、海からは軍艦による艦砲射撃、空からは戦闘機や爆撃機がやってきては機銃掃射、爆撃を容赦なく加えた。

「小隊の陣地にも敵機の爆弾が直撃して、伝令から帰ってきた私の目の前で爆発したんです」

 それから二人は、堀江が負傷してから、隊に救助されるまでの事の顛末を簡単に聞いた。

「そうか。堀江一等兵、お前はうちの隊について戦友の仇討ちをしろ。杉野、お前の分隊で面倒見ろ」

 三井は堀江を小隊に組み込んだ。元の所属部隊の壊滅後、生き残った兵士が別の部隊に吸収され、戦闘を続けることは日本軍ではごくごく普遍的なものだ。

「堀江一等兵です。よろしくお願いします」

 堀江は杉野の分隊員に敬礼して隊に加わった。



 上陸初日、侵攻する米軍は事前砲爆撃から生き残っていた砲や、海岸陣地からの攻撃をまともに受け、約二千名が死傷する大損害を被ったが、空と海からの支援攻撃を皮切りに体勢を立て直し、夕方には海岸線にキャンプを設置、橋頭保ともいえる地点を確保した。

 防衛する日本軍は、防衛のため海岸線に張り付いていた部隊が善戦したものの、そのほとんどが反撃を受けて壊滅。隠蔽されていた砲兵隊も、海岸に砲撃を行ったことにより陣地が露呈、猛烈な艦砲射撃を食らって、こちらもほとんどが破壊されてしまった。

 水際での敵軍殲滅を企図した日本軍はその夜、夜襲による反撃を敢行すべく海軍陸戦隊を主力とした戦力を海岸付近に集結させた……。

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